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8. 目覚める本能
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「いつもここで何してんの?考え事?」
「まぁ……プリント作ったり、考え事したり?」
「その手、いつ治りそうなの?」
「1ヶ月ちょっとでギプスは取れるみたいだけど……どうして?」
「んー、手治ったら私の絵描いてって頼んだでしょ?それまでは死ねないなぁと思って」
背伸びをしながら腕を上げた武井さんのブラウスの裾から、ちらっと傷のようなものが見えた。
気付けば私は武井さんに近寄って腕を掴んでいた。
「……どうしたの?」
驚いたようにというより、少し怯えた感じで武井さんの目が泳いでいる。
怖がらせるつもりはなかったのだけれど。
掴んだ腕のブラウスをゆっくりと捲った。
武井さんは抵抗しなかった。
痛々しいリストカットの痕が無数にあり、彼女の白い肌をより一層際立たせていた。
私は彼女の腕を撫でた。
「色、白いね」
彼女は下を向きながら、声を押し殺すようにして涙を流し始めた。
そんな彼女を抱きしめて頭を撫でてあげたら、彼女は私に抱きつくようにして号泣した。
その時、普段抑え込んでいる『本来の私』が少し目覚めたのを自覚した。
人間、生きていれば誰にだって悩みや辛いことなんて山ほどある。
今まで通り、見て見ぬふりをして放っておくべきなのに。
「ごめん……もう大丈夫」
一通り泣いた後、武井さんは謝った。
全然大丈夫じゃないようなか細い声だった。
普段の大人びた澄ました顔も、私に向ける笑顔も自分を守るための強がりなのかもしれない。
「大丈夫じゃなくなったら、いつでも連絡して」
放っておけばいいものを。
また私の悪い癖が出てしまっている。
武井さんは何も言わずに頷いて、また抱きついてきた。
しばらく頭を撫でてあげながら、昔の自分を思い出していた。
あの時こうして抱き締めてくれる誰かがいたら、何か違ったかもしれない。
……そうでもないか、とすぐに思い直した。
私は良くも悪くも頑固だから、誰かに心配されようと結局我が道を突き進んでいただろうな。
授業を終えるチャイムが鳴った。
そんなにも長い時間、彼女を抱き締めていたのかと一瞬時間の感覚が分からなくなった。
「先生、ありがと」
武井さんはいつもの笑顔だった。
その日以降、しばらく武井さんを見かけなくなった。
それとなく大沢先生に聞くと、学校自体には登校しているらしかった。
私の心配が取り越し苦労だったのであれば、それはそれで問題ない。
生徒に深入りするべきでもない。
これで良かったのだと自分に言い聞かせる。
そんなタイミングに限って、深夜に差し掛かる頃に武井さんからメールが入った。
たった一言。
『たすけて』
と。
「まぁ……プリント作ったり、考え事したり?」
「その手、いつ治りそうなの?」
「1ヶ月ちょっとでギプスは取れるみたいだけど……どうして?」
「んー、手治ったら私の絵描いてって頼んだでしょ?それまでは死ねないなぁと思って」
背伸びをしながら腕を上げた武井さんのブラウスの裾から、ちらっと傷のようなものが見えた。
気付けば私は武井さんに近寄って腕を掴んでいた。
「……どうしたの?」
驚いたようにというより、少し怯えた感じで武井さんの目が泳いでいる。
怖がらせるつもりはなかったのだけれど。
掴んだ腕のブラウスをゆっくりと捲った。
武井さんは抵抗しなかった。
痛々しいリストカットの痕が無数にあり、彼女の白い肌をより一層際立たせていた。
私は彼女の腕を撫でた。
「色、白いね」
彼女は下を向きながら、声を押し殺すようにして涙を流し始めた。
そんな彼女を抱きしめて頭を撫でてあげたら、彼女は私に抱きつくようにして号泣した。
その時、普段抑え込んでいる『本来の私』が少し目覚めたのを自覚した。
人間、生きていれば誰にだって悩みや辛いことなんて山ほどある。
今まで通り、見て見ぬふりをして放っておくべきなのに。
「ごめん……もう大丈夫」
一通り泣いた後、武井さんは謝った。
全然大丈夫じゃないようなか細い声だった。
普段の大人びた澄ました顔も、私に向ける笑顔も自分を守るための強がりなのかもしれない。
「大丈夫じゃなくなったら、いつでも連絡して」
放っておけばいいものを。
また私の悪い癖が出てしまっている。
武井さんは何も言わずに頷いて、また抱きついてきた。
しばらく頭を撫でてあげながら、昔の自分を思い出していた。
あの時こうして抱き締めてくれる誰かがいたら、何か違ったかもしれない。
……そうでもないか、とすぐに思い直した。
私は良くも悪くも頑固だから、誰かに心配されようと結局我が道を突き進んでいただろうな。
授業を終えるチャイムが鳴った。
そんなにも長い時間、彼女を抱き締めていたのかと一瞬時間の感覚が分からなくなった。
「先生、ありがと」
武井さんはいつもの笑顔だった。
その日以降、しばらく武井さんを見かけなくなった。
それとなく大沢先生に聞くと、学校自体には登校しているらしかった。
私の心配が取り越し苦労だったのであれば、それはそれで問題ない。
生徒に深入りするべきでもない。
これで良かったのだと自分に言い聞かせる。
そんなタイミングに限って、深夜に差し掛かる頃に武井さんからメールが入った。
たった一言。
『たすけて』
と。
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