背徳の獣たちの宴

戸影絵麻

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第4章 連鎖する殺意

#15 ブルマ探偵、走る②

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 俊が母を殺した。

 翔ちゃんに指摘されるまでもなく、潜在意識のどこかで、それは私にもわかっていたことだった。

 梶浦刑事の言葉を聞いた瞬間、脳裏に閃いたのがそれだったのだ。

 動機はもちろん、おなかの子の抹殺。

 俊は自分と母との間にできた子どもの存在など、許すことができなかったに違いない。

 俊が私に「母さんの自転車に勝手に乗るな」と注意したのは、母の妊娠が発覚した翌日のことである。

 おそらくあの時にはもう、今回のことを計画していたというわけなのだろう。

「私にもうすうすわかってるんだ」

 ”探偵”の表情に変わった翔ちゃんの前で、私はため息をついた。

「でも、翔ちゃんには話すね。もう、これ以上ひとりで抱え込むのは耐えられないもん」

 母の死で、せっかく記憶の底に封印できたかに見えたあの一連の出来事。

 それが、新たな疑惑の芽生えとともにまた意識の表層に浮かび上がってきていた。

 私は、ぽつりぽつりと話し始めた。

 連休前に俊が戻ってきてから、これまでに起きたさまざまなこと。

 夜な夜な俊の部屋に通う母。

 ベッドの上で全裸にされた俊。

 その股間に顔を伏せてうずくまる母。

 快感にあえぐ俊。

 そして更に、お風呂場での出来事。

 絡み合うふたりを盗み見して、自慰にふける父。

 私の知らない間にも繰り返されたに違いない、穢れた行為の数々。

 やがて、母が妊娠。

 それを知った俊の冷たい態度。

 母に聞かされた俊の秘密。

 そして、母の意図。

 寝室から聞こえてきた会話。

 産むと言い張る母の声…。

「重いね」

 すべて話し終えると、翔ちゃんがぽつりとつぶやいた。

「絵麻、よく今まで頑張ったよ。私なら、とっくの昔に家出してるところだな」

 私の頭に手のひらを置き、ゆっくりなでてくれた。

 眼鏡の奥の瞳の色は、限りなく優しく、そしてちょっぴりうるんでいる。

「そうしたいと、何度も思ったよ。でも、こんな田舎、家を出ても行くとこなんてないし…」

「うちに来ればいい」

 あっけらかんとした口調で、翔ちゃんが言った。

「え?」

 思わず目を丸くしてしまう。

「農家を改造した古い一軒家に、私と父のふたり暮らしでしょう? 部屋ならいくらでも余ってるし」

「あ、ありがとう…」

 急に目の前が明るくなった気がした。

 すごい。

 それが実現するなら、どんなにか幸せなことだろう。

「でも、その前に決着をつけておかないとね」

 私の目をのぞき込むようにして、翔ちゃんが言った。

「確かに俊君の直接の動機は、お母さんの妊娠かもしれない。だけど、まだ背景に何かありそうな気がする」

「背景?」

「うん。腑に落ちないことがいくつかある」

「腑に落ちない?」

「きょうは、何時に帰るって言って出てきたの?」

 突然翔ちゃんが話題を変えた。

「部活で遅くなるとは言ってきたけど…。どうして?」

「やっぱり、そうか」

「何が、やっぱり、なの?」

「これから、絵麻んちに行ってみよう」

 翔ちゃんが立ち上がり、身長170センチ超えの高みから私を見下ろして言った。

「チャンスかもしれない」

「チャンス?」

「絵麻、自転車でしょう? 着替えてくるから、ちょっと待ってて」

「着替えるって…ちゃんと制服着てるじゃない」

「だって、これじゃ、走れないでしょう? いいから待ってて」

 そう言い置いて、校舎のほうに駆け足で戻っていってしまった。

 翔ちゃんが帰ってきたのは、5分ほど経ってからのことである。

「そう来たか」

 その雄姿をひと目見るなり、つい笑みがこぼれた。

 例の白い体操着に真っ赤なブルマ。

 額には必勝ハチマキ。

 その足の長さと胸の立派さに、羨望の念が沸き起こる。

 着替えた制服はおそらく背中のリュックの中なのだろう。

「ブルマ探偵翔ちゃんだね」

 私は言った。

「それ、いいかも」

 翔ちゃんがニッと笑う。

「でも、絵麻、何を見ても驚かないでね」

 真顔に戻ると、また私の目をのぞき込んで言った。

「驚くなというのは無理にしても、自暴自棄にだけはならないで。ただ、あなたには真実を知る権利があると思うんだ」

「わかった」

 私はうなずき返した。

「もう大丈夫だよ。今更何を見ても驚かない。それに私、やっと行き先のあてができたから」

 私は本気で家出する気になっていた。

「父には私から話しとく。どうせあの人、自分の研究以外には関心ないから、反対なんてしないと思うけど」

「ほんと、ありがとう」

「じゃ、行こうか」

 翔ちゃんが私の肩に手をかけた。

「もう一匹の蛇を、巣穴からあぶり出すために」








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