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第5部 慟哭のアヌビス

#6 おまえの中の愛

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 -うちら、人間とどこが違うんだ?
 以前、由羅は冬美にそうたずねたことがる。
 -たいして違いはないわ。ある一点をのぞけば、ね。
 冬美の答えは、由羅の理解を超えるものだった。
 -それは、ミトコンドリア。あなたたちは、『ミトコンドリア・イブ』を祖先に持つ私たちとは、別種のミトコンドリアを持っている。タナトス、パトス、ヒュプノスの能力に応じた、各々全く別のミトコンドリアをね。
 ミトコンドリア。
 それがいったい何なのか、中学2年生までの理科の知識しかない由羅には未だよくわからない。
 が、杏里の体を舐めるように丹念に愛撫しながら、由羅はおそらくこのやわらかで奇麗な肉体を構成する無数の細胞の中で、そのミトコンドリアなるものが、今まさに盛んに働いているのだろうと思った。
 実際、由羅の愛撫に対して杏里は驚くほど敏感だった。
 キスをしながら軽く肌に触れただけで、肌の表面から透明な液体がじっとりと滲み出てきた。
 由羅はそれを己の掌になすりつけると、杏里の乳を根元から乳首に向かって、やさしく揉んだ。
 目の前でピンク色の大きめの乳首が、見る間に硬く尖り始めるのがわかった。
 そっと前歯で甘噛みすると、杏里がすすり泣くような声を発してのけぞった。
 わき腹から腰、そして下腹へと愛撫の手を広げていく。
 太腿を立てさせ、そのあわいに開いた薄桃色の裂け目に人差指をあわせてみた。
 そこはすでに、恥ずかしいくらいにぐっしょりと濡れそぼってしまっていた。
 2本の指で襞を開き、中に溢れている愛液を掬い取る。
 それを自分の身体に塗りたくると、由羅は杏里の上に覆いかぶさった。
 身体を動かし、肌全体で杏里を愛撫する。
 乳房と乳房、乳首と乳首がこすれ合うたびに、杏里が痙攣したように身体を硬直させた。
 切なそうに喘ぎ、由羅の唇を求めてすすり泣く。
 股間を右手でいじってやりながら全身の愛撫を繰り返していると、やがて杏里の全身は内側から滲み出た体液で脂を塗ったかのように艶かしく光り始めた。
 その透明な液体を両の掌にまぶし、杏里の腕の付け根と足のつけ根にじっくりと掏り込んだ。
 由羅の裸の身体の下で、杏里が悩ましげに身を震わせる。
 硬く勃起した乳首を由羅の胸に押しつけてきては、勝手に感じて甘い吐息を漏らす。
 杏里が興奮すればするほど、体液の分泌は活発になるようだ。

 活性化したタナトスの治癒力はたいしたものだった。
 1時間もしないうちに、肩の蚯蚓腫れが引いていくのが見て取れた。
 体中にあったおびただしい痣や傷も、ほぼ消えかけている。
 それを見届けると、由羅は杏里の体の上から身を起こした。
 杏里の体液で、全身オイルマッサージを受けたようにべたついていた。
 全裸でベッドに横たわる杏里も、体中を液体で金色に光らせている。
 が、それは決して不快な感触ではなかった。
 杏里の体液は、さながら極上の乳液だった。
 皮膚にすうっと染み込んでいくと、さほど時間が経たないうちにさらさらになった。
「もう大丈夫だ」
 由羅は杏里の上に身をかがめると、唇を吸い、一瞬舌をからめた。
 杏里の舌を頬に含み、強く吸ってやる。
 離すと、
「あん」
 杏里がしどけなく唇を開いて、透明な唾液を滴らせた。
 それを指で救い、喉の傷口に塗ってやる。
 鉄の槍で串刺しにされた痕である。

「ありがとう」
 乱れて気を失ったかに見えた杏里が、意外にはっきりした口調でいった。
 見ると、ぱっちりと目を開いて由羅を見上げている。
「礼なら。おまえの中のミトコンドリアにいうんだな」
 冬美の言葉を思い出して、由羅はいった。
「ごめんね・・・。また、私だけ気持ちよくなっちゃって」
 杏里が顔をそむけた。
 目尻をひと筋、涙が伝う。
「気にすんなよ。うちはほら、ドMだからさ、普通のじゃ無理なんだよ」
 自嘲気味に、笑った。
「そうだね」
 顔を背けたまま、杏里がつぶやく。
「私も、冬美さんみたいに、あなたを喜ばせてあげられると、いいのに」
「冬美のことはいうな」
 由羅は少し声を荒げた。
「じゃ、うちはこれで帰るからな」
 ベッドから離れると、手早く下着と服を拾って身につけた。
「もう、いっちゃうの?」
 杏里も起き出してきた。
 さっきと比べて、動きがかなり滑らかになっている。
 四肢の違和感が消えたのだろう。
「おまえもいってたろう? うちは、あんまりべたべたしたりされたりするの、苦手なんだよ」
 杏里が悲しそうに微笑んだ。
「ごめん。そうだったね」
「また、来てやるから」
 キスしようとすると、杏里が手で押しとどめた。
「これ以上、誘惑しないで」
 真顔で睨んできた。
「おまえのそういうとこって、ほんとかわいいよな」
 由羅は強引に杏里を抱き寄せた。
「ばか」
 胸の中で、杏里がつぶやいた。

 自転車置き場まで、送っていった。
 由羅はミニスカートでマウンテンバイクに跨った。
「あ、そういえば、おまえも聞いてるだろ? 黒野零、まだ生きてるらしいって」
 漕ぎ出そうとして、ふと思い出したように振り返った。
「死体、なかったんだってね」
 小田切の言葉が脳裏に浮かび、杏里はうなずいた。
「気をつけろ。何かあったらすぐ連絡しろよな」
「ありがと」
 杏里は微笑んだ。
 もっと一緒に居て。
 そう叫びたかったが、ぐっとこらえて手を振った。
 由羅が立ち漕ぎでマウンテンバイクをスタートさせる。
「じゃな」
 今度は振り返らず、軽くを振って、去っていった。
 杏里はふうっと大きくため息をついた。
 身体の調子は悪くない。
 由羅のいう通りだった。
 本来はパトスの傷を癒すための治癒能力が、由羅と肌を合わせることで活性化され、己の身体を修復してしまったのだ。
 放っておけば何日もかかるであろう治癒の過程が、一気に短縮されてしまったのである。
 杏里は軽やかな足取りで階段を登り始めた。
 エレベーターを使わず4階まで登れるか、試してみようと思ったのだ。
 2階の踊り場まで苦もなく辿り着いたときだった。
 誰かに見られているような気がして、杏里は階段の下を振り返った。
 男が立っていた。
 角刈りの、たくましい体つきの男だった。
 蛇のような眼で杏里を凝視している。
 杏里はあわててミニスカートの裾を押さえた。
 男がそこに立って、杏里のスカートの中を覗き込んでいたことに気づいたからだった。
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