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#27 殺人

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 男の身体から急速に力が抜けていく。
 まるで全身の骨がなくなったようにぐったりしている。
 その下から這い出すと、芙由子は狂おしくあたりを見回した。
 いったい誰が…?
 誰が、こんなことを…?
 が、狭いベランダの中には、芙由子のほか、誰もいない。
 コンクリートの床にも、男を刺したと思われる凶器の類いも落ちていない。
 舗道のほうにも目をやった。
 街灯に照らされたアパートの前の道にも、やはり人の姿はない。
 うそでしょ…?
 もう一度、足元を見降ろした。
 うつぶせに倒れた男のうなじに穴が開き、だらだらと血が流れ出している。
 死んだのだろうか?
 何が起こったのか、さっぱりわからない。
 とにかく、救急車を…。
 割れた窓ガラスがギザギザに飛び出した窓枠をまたぎ越え、部屋の中に入った。
 一歩歩くと、カーペットに血の足跡がついた。
 それが自分の血なのか、男の血なのか、芙由子にはわからなかった。
 女が戻ってきていた。
 真っ青な顔で冬子を睨んでいる。
「あんた、何したの?」
 紫色になった唇をわななかせて、言った。
「あんた、あの人に、何したの?」
「私は、何も…」
 答えながら、芙由子は、我ながら説得力がない、と思った。
 芙由子自身、血まみれなのだ。
 それに、ベランダにも外の歩道にも、誰もいなかった…。
 黒い影が転がるように走ってきて、芙由子の裸の脚にしがみついた。
 比奈だった。
「それより、早く、救急車を…」
 腰をかがめ、比奈を抱きしめながら、芙由子は言った。
「人殺し…」
 女がつぶやいた。
「来ないでよ! この人殺し!」




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