臓物少女

♯87 四天王その四①

　あ、ありえない！
　明は叫んだ。
　ばばばばばばかな！
　そう絶叫しないではいられなかった。

　石原さとみの母乳。

　その一連の語が、焼き印のごとく、網膜に焼き付いて離れない。
　それは衝撃的なフレーズだった。
　ネットのコラムでその一文を目にした明は、あまりの衝撃に凍りついてしまったのだ。
　ここで言う”石原さとみ”とは、むろん、あの美人女優の石原さとみである。
　特にファンというわけではない。
　しかし、明とてー。
　その石原さとみが結婚し、最近、第一子を出産したことは、風のうわさで聞いていた。
　ところがー。
　衝撃的だったのは、出産後初めての主演ドラマの撮影にあたり、かの石原さとみは現場に冷凍した自身の母乳を持参するのだという。
　美人女優の母乳。
　ヌード、いや、そこまでいかなくても乳房、おっぱい、乳首。
　そのイメージをはるかに凌駕する、いきなりすぎる”母乳”の破壊力。
　この前の戦いで膣ノイドに口で犯されるまでは完全童貞だった明が、石原さとみ母乳案件のショックでしばし痴呆状態に陥ってしまったのも、むべなるかな、であった。
　そもそも日本人という人種は、”いろはにほへとちりぬるを”が代表する、無常観に裏打ちされた国民性を遺伝子的に備えている。
　それはZ世代の端っこに位置する明ですら例外ではなく、石原さとみの母乳なる音感は、諸行無常の響きを彼のしわの少ない脳髄に響かせずにはいられないのだった。
　あのショッピングモールの死闘から一週間。
　明と紗英は秘密基地であるマンションの一室でこもり人的生活を送っていた。
　ただ膣ノイドの性玩具にされていただけの明はともかく、バイオノイド零式の正体を衆人環視の場に晒した紗英は、もう完全に身を隠すほかなかったのだ。
　あのように醜悪な世も末の化け物じみた姿をテレビやネットで全国に公表され、すでに女としての紗英の生きる道は閉ざされたとすら言ってよかった。
　だがー。
　そこまで窮地に追い込まれたことで、逆に紗英と明の間に新たな関係が生まれつつあったのだがー。
　それは少し先の話になる。
　何よりも今は石原さとみの母乳だった。
　尿漏れ！
　尿漏れ！
　ニョウ、モレ！
　NO LIMIT !
　テレビでは相変わらずUSJのCMでどこかのガキがそう叫び続け、映画館ではアニメが全盛だったその頃ー。
　しかし、日本の片隅では、バイオノイド紗英の生涯の仇敵ともいえる四人目の四天王、〇〇ノイドが、ついに稼働を始めていたのである…。