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第4章 魔獣地帯

action 5 猿王

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「しょうがねーなあ、おいらも手伝ってやるよ」

 へっぴり腰で車を降りると、屋根の上から一平が飛び降りてきた。

「いくら恋のライバルでも、ゴリラに食われたんじゃ、寝覚めが悪いもんな」

 ガキのくせに、何が恋のライバルだ。

 言い返してやりたかったが、ぐっとこらえた。

 あまり認めたくないが、この一平、僕なんかよりずっとサバイバル能力が高いのだ。

 その証拠に、車を襲ったニホンザルたちは、みんなあの殺人ゴマの一撃を食らって頭蓋をかち割られ、あちこちに屍をさらしている。

 僕が一匹退治する間にこれだけのことをやってのける戦闘能力の高さは、やはり侮れない。

 本当はあずみが手伝ってくれるといいんだが…。

 しかし、そう思って門の向こうに目をやると、あずみはオラウータン&チンパンジー連合軍と大太刀回りの真っ最中だった。

 地面に立てたポールの上で華麗に体を躍らせながら、まるでそれ自体を楽しんでいるかのように、生き生きと戦っているのである。

「こういうの、なんて言ったっけ。あ、そうそう、敵に塩を送るってやつ?」

 一平はときたら、僕より優位に立てたのがよほど嬉しいのか、ひどくご満悦顔である。

「何ぶつぶつ言ってるんだよ。急がないと、来るぞ」

「ありがたいと思えよな。ちゃんとあずみにも言っとけよ。一平君のおかげで助かりました。だから先に乳を揉ませてやってくださいって」

「揉むのか。触るだけじゃなくって」

「そりゃ、おっぱいって、ふつう、揉むもんだろ」

「そうなのか」

「ハタチにもなって、そんなことも知らねーのかよ。女は乳を揉まれたらもうイチコロなんだよ」

 呆れるにもほどがある。

 最近の小学校は、子どもに何を教えているのだろう。

 そうこうしているうちに、ドラミングの音が耳を聾せんばかりに響いてきたかと思うと、あずみが蹴り開けた鉄扉の間から、ぬうっと真っ黒な巨体が姿を現した。

 見上げるほどたくましいゴリラである。

 筋骨隆々の厚い胸板。

 太くて長い腕と短い脚。
 
 とんがり頭の下の顏は、首がなく、直接肩にめり込んでいる。

 僕らとの距離はおよそ10メートル。

 もう逃げる暇はないだろう。

「見てろよ」

 にやりと笑って一平がレールガンを構え、撃った。

 ギュイイイイイイン!

 放物線を描いて、独楽が飛んだ。

 が、次の瞬間、信じがたいことが起こった。

 丸太のような右腕をひと振りして、ゾンビゴリラがそれをはたき落としたのだ。

「あれれ?」

 一平の眼が、点になった。

「マジか。ガチやべえ」

「お、おい、話が違うぞ」

 僕は焦った。

「いちぬーけた」

 一平が言った。

「アキラ、がんばれ。後は任せた」

「ま、待て」

 捕まえようとしたが、もういなかった。

 振り向くと、車の屋根に戻って、へらへら笑いながら手を振っている。

 なんてすばしこいやつ。

 薄情なところは姉貴譲りか。

 仕方なく、M19を構えた。

 幸い、弾はまだ5発残っている。

 ガルルルルッ!

 ゴリラはもう目の前だ。

 丸太ん棒みたいな両腕を振り上げ、掴みかかってくる。

 うあわっ!

 トリガーを引く瞬間、思わず目をつぶってしまった。
 
 銃声に続いて、チンと金属が鳴る音がした。

 まずい。

 怖くて目を開けられない。

 獣臭い息が顔にかかった。

 はずれたのだ。

 こんな近距離なのに、

 カアアアアアアッ!

 ゴリラの雄叫びで鼓膜が破れそうになった、その時である。

「お兄ちゃん、お待たせ」

 鈴を振るようにさわやかなあずみの声がした。

 どす。

 ぐさ。

 どしん。

 鈍い音が、連続して響いた。

「もういいよ」

 あずみが言った。

 おそるおそる目を開けてみた。

 小山のように巨大なゴリラが仰向けにひっくり返っている。

 その腹の上に右足を乗せて、あずみがポールを首の後ろに抱え、ポーズを取っていた。

「やれやれ」

 僕はつぶやいた。

 結局、こうなるわけだ。

 光が僕を試そうとしたのなら、十中八九失格に違いない。

「無理しなくていいよ」

 あずみが優しい口調で、ささやいた。

「お兄ちゃんは、あずみのこと、ただそばで見ててくれるだけでいいんだから」







 



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