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第8部 妄執のハーデス
#121 逆襲①
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どさり。
青黒く変色した零の左腕が、落ちた。
腕の抜け落ちた左肩を右手で押さえ、零がゆっくりと顔を上げる。
押さえた指の間から真紅の血があふれ出し、ぽたぽたと床に血だまりをつくっていく。
「よくも…」
零の切れ長の眼は、その血だまりを映したかのように、憤怒で真っ赤に染まっている。
長い髪が風もないのに波打ち始め、白い顔の周りにさあっと広がった。
黒いレースの下着の上下だけを身に着けた零の全身から、陽炎のように何かが立ち上っていた。
その何かが、ほとんど物理的な圧力を伴って、杏里の顔に吹きつけてきた。
身の凍るような恐怖が、腹の底から突き上げてきた。
毒に冒されるのは免れたとはいえ、片腕を失っては、さすがの零も弱っているはずである。
そのはずなのだが、何かが違っていた。
目に見えぬ怒りのオーラを身にまとい、零はひと回り大きくなったかのように見える。
薄い唇の両端から突き出た八重歯が、今は剣歯虎の牙のように、長く鋭く変貌している。
いつのまにか、杏里は床に尻もちをついていた。
零に外された両肩と股関節はほぼ元に戻り、一応動けるところまでは回復してきていた。
が、恐怖にすくんで、指一本動かせない。
杏里から数メートル離れたところに、やはり由羅が倒れていた。
零の猛撃をまともに食らったせいで、再び顔面が血まみれになっている。
特にひどいのは潰された右目からの出血だ。
左の目蓋も紫色に膨れ上がっていて、あれでは由羅の目は、もうほとんど見えていないに違いない。
「どうやら、先にバラバラにしなきゃならないのは、杏里じゃなく、おまえのほうみたいだね」
その由羅を見下ろして、零が言った。
底冷えのするような、冷たい声だった。
「できるならやってみろ」
吐き出すように言うと、由羅が跳ね起きた。
どこにそんな力が残っていたのか。
身体を弓のようにたわめると、強靭な腰のばねを利かせ、高々と跳躍した。
零の頭上にまでジャンプして、両足を開き、その首を挟みにかかった。
が、片腕を失ってすらも、零の動きは由羅のそれを上回っていた。
残った右手でとっさに由羅の左足のくるぶしあたりを鷲掴みにすると、ハンマーを振り回すかのように、ものすごい力で由羅の身体を壁にぶち当てた。
「くっ」
全身を壁に叩きつけられ、ぼろ布のように床に崩れ落ちる由羅。
そこに、悪鬼と化した零が襲いかかった。
ガードのために上げた由羅の右腕に、肉食獣さながらの口でかみついた。
「うわあああっ!」
絶叫する由羅。
零が獲物の肉を食いちぎるライオンのように、激しく首を振った。
異様な音が長く尾を引き、由羅の右腕がつけ根から噛みちぎられた。
あまりのことに、杏里は頬を張り飛ばされたように呆然となった。
零は、明らかに”進化”していた。
怒りで以前より、確実に強く、そして凶暴になっている。
こうしてはいられなかった。
「やめて! やめなさい!」
杏里は飛び起きると、零の背中にしがみついた。
だが、零は攻撃の手を緩めようとしなかった。
瞬く間に由羅の左肩が血しぶきを上げ、もう一本の腕が噛みちぎられた。
「あうっ!」
床に転がった由羅の腕に足を取られ、バランスを崩して転がる杏里。
「ぐあああああっ!」
零にもみくちゃにされながら、由羅は喉も嗄れよとばかりに絶叫し続けている。
由羅のいるあたりから驟雨のように血が噴き出し、杏里の頭上に降りかかってきた。
どれだけそれが続いたのか。
気がつくと、あたりがしんと静まり返っていた。
目の前に、背の高い零の立ち姿があった。
杏里に背を向け、じっと足元を見下ろしている。
そして、開いたその長い脚の間から、それが見えた。
手足を失い、胴体と頭部だけになった由羅。
身体中が赤いペンキをかぶったように、真っ赤に染まっている。
そのあまりのむごたらしさに、杏里は悲鳴を上げた。
いつまでもやまないその悲鳴に、やがて零がおもむろに振り返った。
青黒く変色した零の左腕が、落ちた。
腕の抜け落ちた左肩を右手で押さえ、零がゆっくりと顔を上げる。
押さえた指の間から真紅の血があふれ出し、ぽたぽたと床に血だまりをつくっていく。
「よくも…」
零の切れ長の眼は、その血だまりを映したかのように、憤怒で真っ赤に染まっている。
長い髪が風もないのに波打ち始め、白い顔の周りにさあっと広がった。
黒いレースの下着の上下だけを身に着けた零の全身から、陽炎のように何かが立ち上っていた。
その何かが、ほとんど物理的な圧力を伴って、杏里の顔に吹きつけてきた。
身の凍るような恐怖が、腹の底から突き上げてきた。
毒に冒されるのは免れたとはいえ、片腕を失っては、さすがの零も弱っているはずである。
そのはずなのだが、何かが違っていた。
目に見えぬ怒りのオーラを身にまとい、零はひと回り大きくなったかのように見える。
薄い唇の両端から突き出た八重歯が、今は剣歯虎の牙のように、長く鋭く変貌している。
いつのまにか、杏里は床に尻もちをついていた。
零に外された両肩と股関節はほぼ元に戻り、一応動けるところまでは回復してきていた。
が、恐怖にすくんで、指一本動かせない。
杏里から数メートル離れたところに、やはり由羅が倒れていた。
零の猛撃をまともに食らったせいで、再び顔面が血まみれになっている。
特にひどいのは潰された右目からの出血だ。
左の目蓋も紫色に膨れ上がっていて、あれでは由羅の目は、もうほとんど見えていないに違いない。
「どうやら、先にバラバラにしなきゃならないのは、杏里じゃなく、おまえのほうみたいだね」
その由羅を見下ろして、零が言った。
底冷えのするような、冷たい声だった。
「できるならやってみろ」
吐き出すように言うと、由羅が跳ね起きた。
どこにそんな力が残っていたのか。
身体を弓のようにたわめると、強靭な腰のばねを利かせ、高々と跳躍した。
零の頭上にまでジャンプして、両足を開き、その首を挟みにかかった。
が、片腕を失ってすらも、零の動きは由羅のそれを上回っていた。
残った右手でとっさに由羅の左足のくるぶしあたりを鷲掴みにすると、ハンマーを振り回すかのように、ものすごい力で由羅の身体を壁にぶち当てた。
「くっ」
全身を壁に叩きつけられ、ぼろ布のように床に崩れ落ちる由羅。
そこに、悪鬼と化した零が襲いかかった。
ガードのために上げた由羅の右腕に、肉食獣さながらの口でかみついた。
「うわあああっ!」
絶叫する由羅。
零が獲物の肉を食いちぎるライオンのように、激しく首を振った。
異様な音が長く尾を引き、由羅の右腕がつけ根から噛みちぎられた。
あまりのことに、杏里は頬を張り飛ばされたように呆然となった。
零は、明らかに”進化”していた。
怒りで以前より、確実に強く、そして凶暴になっている。
こうしてはいられなかった。
「やめて! やめなさい!」
杏里は飛び起きると、零の背中にしがみついた。
だが、零は攻撃の手を緩めようとしなかった。
瞬く間に由羅の左肩が血しぶきを上げ、もう一本の腕が噛みちぎられた。
「あうっ!」
床に転がった由羅の腕に足を取られ、バランスを崩して転がる杏里。
「ぐあああああっ!」
零にもみくちゃにされながら、由羅は喉も嗄れよとばかりに絶叫し続けている。
由羅のいるあたりから驟雨のように血が噴き出し、杏里の頭上に降りかかってきた。
どれだけそれが続いたのか。
気がつくと、あたりがしんと静まり返っていた。
目の前に、背の高い零の立ち姿があった。
杏里に背を向け、じっと足元を見下ろしている。
そして、開いたその長い脚の間から、それが見えた。
手足を失い、胴体と頭部だけになった由羅。
身体中が赤いペンキをかぶったように、真っ赤に染まっている。
そのあまりのむごたらしさに、杏里は悲鳴を上げた。
いつまでもやまないその悲鳴に、やがて零がおもむろに振り返った。
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