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第7部 蹂躙のヤヌス
#38 美里という女
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どうやって運ばれたのだろう。
小田切のことだから、車で来たことは間違いないのだが、音楽室を出たあたりから、さっぱり記憶にない。
目覚めると、そこは見慣れた自分の部屋で、杏里はベッドに裸で横たえられているのだった。
部屋の中はまだ明るく、日が暮れるには間がある時間であることが見て取れる。
窓が開いているのか、エアコンの冷気ではなく、外から吹き込む風が汗ばんだ肌にさわやかだ。
そう。
全裸だというのに、杏里は実際ぐっしょりと汗をかいていた。
深い胸の谷間に、宝石をちりばめたように汗の粒が光っているのがその何よりの証拠だった。
意識は戻ってきたものの、全身の肌は過敏になったままだ。
赤剥けになった乳首は海綿体でできているかのように固く突っ立っているし、股間の疼きも消えていない。
いつもならすぐにでも四つん這いになり、尻を高く掲げて膣とアナルに指を挿入するところだが、間近に迫ったクールな表情が、杏里の暴走をかろうじて押し留めた。
セミロングの髪に覆われた無機質な顔。
水谷冬美である。
冬美は由羅と重人のトレーナーで、年の頃は小田切と同じ20代後半。
中学校の理科教師をしながら、ふたりの後見人役を務めている。
自分がタナトスであることを自覚する前からの付き合いだから、杏里との関係もそれなりに長いのだが、杏里は今ひとつこの女性に心を許せないでいる。
それは、小田切以上に冬美が”委員会”側の人間であることを感じさせるからだった。
原種薔薇保存委員会にとって、タナトスやパトスはある意味道具に過ぎない。
人間社会の軋轢を円滑にする潤滑油の働きと、外来種駆除の使命を持たせた生体兵器のようなものである。
冬美の言葉の端々には、その”委員会”の意向がにじみ出る時がある。
それが以前から、どうにも杏里には気に入らないのだった。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
劣勢に立たされているのは、杏里のほうなのだ。
自分でも、おかしいのはこっちだということぐらい、わかりすぎるほどわかっている。
だが、身体が言うことを聞かないのだから仕方がない。
杏里の思考は今や完全に肉体のほうに主導権を握られてしまっていた。
肌と”穴”が美里を求めて泣き叫ぶ。
そうすると、思考も磁石に引き寄せられるようにして、その方向に雪崩れ込んでいってしまうのだ。
冬美は杏里の身体を子細に調べているようだった。
そのことに気づいて杏里はぞっとなった。
大人しそうで清楚な顔をしているが、その実冬美はかなりハードなサディストである。
反抗的な由羅を抑え込むために、彼女を真正のマゾヒストに調教してしまったのはこの女だった。
そのことも、硬いしこりとなって杏里の心の隅にこびりついている。
「目が覚めたかしら?」
杏里が首を起こして自分をにらみつけているのに気がつくと、持ち前の淡白な口調で冬美が言った。
こんなところは、冬美と美里はよく似ている。
ただ、幸いなことに、冬美には美里が発散するあの濃厚な性的オーラが欠けていた。
「何ですか? 私なら別に、大丈夫なんですけど」
「そう?」
冬美は杏里の股間から顔を上げたところのようだ。
「このリングはなあに? 陰核の根元に食い込んで、取ろうとしてもびくともしないんだけど」
「やめてください!」
杏里は真っ赤になった。
「ひとの身体を勝手に弄り回さないで!」
「ふうん。あの先生に弄り回されるのはいいわけなんだ」
冬美の口調は、どこか面白がっているようでもある。
馬鹿にされたような気がして、杏里は尚更かっとなった。
「そんなの、よけいなお世話です。冬美さんには関係ない」
「それがね」
冬美が絡むような調子に変わって言った。
「そうはいかないのよ。色々、過去のデータを調べてみたんだけど、あの丸尾美里というタナトスはかなり危険」
「先生が、危険?」
「そう。あなたも知ってる通り、ふつうタナトスは受け身の存在。攻撃機能は由羅みたいなパトスが一手に引き受けている。それには理由があってね。ふたつの能力をひとつの個体に負わせると、齟齬が生じるのがわかったからなのよ。初期の実験で、脳機能がオーバーヒートして狂い死にしてしまう検体が続出したらしいの」
「オーバーヒート?」
「そう。本来なら、外来種を検出できるタナトスがそのまま敵を殲滅するのが理想でしょう? わざわざパトスの力を借りなくて済むもの。だから、最初、人類はそうした生体兵器を開発しようとした。でも、さっきいった理由で、それは不可能だった。ところが、どうやら初期の実験体の中で、狂い死にしないで生き延びた者が何体かいたらしいの。攻撃と防御の両方の機能を備えたタナトスの試作品が。そのひとりが、あの女、丸尾美里というわけ」
「美里先生が…攻撃能力を?」
杏里は2、3度目をしばたたいた。
そんな…。
とても、そんなふうには見えないけど…。
「だとしたら、どういうことかわかるわよね? おそらく、曙中のパトスを殺したのもあの女。あの女には、それをやってのけるだけの力がある。さらに言えば、丸尾美里はおそらく狂っている。暴走し始めているといってもいい。重人にもう少し調べさせて尻尾をつかんだら、委員会としては早急に手を打つつもり。だから、杏里ちゃん、あなたがこんなふうでは困るのよ」
冬美の言葉は情けのかけらもなかった。
「…手を打つって、どうするつもりなの?」
その上から目線の言い方に反感を覚えて、杏里もタメ口になっていた。
「決まってるでしょ。全力で排除する。それだけのことよ」
美里先生が、殺される…?
杏里は冬美とにらみ合うのをやめて、元のように仰向けになった。
そんなの、ひどい。
一方的過ぎる。
悔しさがこみあげてきた。
先生は、確かにどこかおかしい。
タナトスとしては失格だろう。
でも、だからといって、壊れた家電みたいに、ただ排除するだなんて…。
「とにかく、このリングを外す方法を考えないとね。あなたの身体は大方洗浄しておいたけど、まだ性感帯の異常は治まっていないんでしょう? 興奮が治まらない限り、このリングを外すのは難しそう」
うんざりしたように、ため息をつく冬美。
「仕方ないわね。重人の力を借りるかな」
そうひとりごちると、部屋の外に向かって呼びかけた。
「重人、いずなちゃん、入ってらっしゃい」
小田切のことだから、車で来たことは間違いないのだが、音楽室を出たあたりから、さっぱり記憶にない。
目覚めると、そこは見慣れた自分の部屋で、杏里はベッドに裸で横たえられているのだった。
部屋の中はまだ明るく、日が暮れるには間がある時間であることが見て取れる。
窓が開いているのか、エアコンの冷気ではなく、外から吹き込む風が汗ばんだ肌にさわやかだ。
そう。
全裸だというのに、杏里は実際ぐっしょりと汗をかいていた。
深い胸の谷間に、宝石をちりばめたように汗の粒が光っているのがその何よりの証拠だった。
意識は戻ってきたものの、全身の肌は過敏になったままだ。
赤剥けになった乳首は海綿体でできているかのように固く突っ立っているし、股間の疼きも消えていない。
いつもならすぐにでも四つん這いになり、尻を高く掲げて膣とアナルに指を挿入するところだが、間近に迫ったクールな表情が、杏里の暴走をかろうじて押し留めた。
セミロングの髪に覆われた無機質な顔。
水谷冬美である。
冬美は由羅と重人のトレーナーで、年の頃は小田切と同じ20代後半。
中学校の理科教師をしながら、ふたりの後見人役を務めている。
自分がタナトスであることを自覚する前からの付き合いだから、杏里との関係もそれなりに長いのだが、杏里は今ひとつこの女性に心を許せないでいる。
それは、小田切以上に冬美が”委員会”側の人間であることを感じさせるからだった。
原種薔薇保存委員会にとって、タナトスやパトスはある意味道具に過ぎない。
人間社会の軋轢を円滑にする潤滑油の働きと、外来種駆除の使命を持たせた生体兵器のようなものである。
冬美の言葉の端々には、その”委員会”の意向がにじみ出る時がある。
それが以前から、どうにも杏里には気に入らないのだった。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
劣勢に立たされているのは、杏里のほうなのだ。
自分でも、おかしいのはこっちだということぐらい、わかりすぎるほどわかっている。
だが、身体が言うことを聞かないのだから仕方がない。
杏里の思考は今や完全に肉体のほうに主導権を握られてしまっていた。
肌と”穴”が美里を求めて泣き叫ぶ。
そうすると、思考も磁石に引き寄せられるようにして、その方向に雪崩れ込んでいってしまうのだ。
冬美は杏里の身体を子細に調べているようだった。
そのことに気づいて杏里はぞっとなった。
大人しそうで清楚な顔をしているが、その実冬美はかなりハードなサディストである。
反抗的な由羅を抑え込むために、彼女を真正のマゾヒストに調教してしまったのはこの女だった。
そのことも、硬いしこりとなって杏里の心の隅にこびりついている。
「目が覚めたかしら?」
杏里が首を起こして自分をにらみつけているのに気がつくと、持ち前の淡白な口調で冬美が言った。
こんなところは、冬美と美里はよく似ている。
ただ、幸いなことに、冬美には美里が発散するあの濃厚な性的オーラが欠けていた。
「何ですか? 私なら別に、大丈夫なんですけど」
「そう?」
冬美は杏里の股間から顔を上げたところのようだ。
「このリングはなあに? 陰核の根元に食い込んで、取ろうとしてもびくともしないんだけど」
「やめてください!」
杏里は真っ赤になった。
「ひとの身体を勝手に弄り回さないで!」
「ふうん。あの先生に弄り回されるのはいいわけなんだ」
冬美の口調は、どこか面白がっているようでもある。
馬鹿にされたような気がして、杏里は尚更かっとなった。
「そんなの、よけいなお世話です。冬美さんには関係ない」
「それがね」
冬美が絡むような調子に変わって言った。
「そうはいかないのよ。色々、過去のデータを調べてみたんだけど、あの丸尾美里というタナトスはかなり危険」
「先生が、危険?」
「そう。あなたも知ってる通り、ふつうタナトスは受け身の存在。攻撃機能は由羅みたいなパトスが一手に引き受けている。それには理由があってね。ふたつの能力をひとつの個体に負わせると、齟齬が生じるのがわかったからなのよ。初期の実験で、脳機能がオーバーヒートして狂い死にしてしまう検体が続出したらしいの」
「オーバーヒート?」
「そう。本来なら、外来種を検出できるタナトスがそのまま敵を殲滅するのが理想でしょう? わざわざパトスの力を借りなくて済むもの。だから、最初、人類はそうした生体兵器を開発しようとした。でも、さっきいった理由で、それは不可能だった。ところが、どうやら初期の実験体の中で、狂い死にしないで生き延びた者が何体かいたらしいの。攻撃と防御の両方の機能を備えたタナトスの試作品が。そのひとりが、あの女、丸尾美里というわけ」
「美里先生が…攻撃能力を?」
杏里は2、3度目をしばたたいた。
そんな…。
とても、そんなふうには見えないけど…。
「だとしたら、どういうことかわかるわよね? おそらく、曙中のパトスを殺したのもあの女。あの女には、それをやってのけるだけの力がある。さらに言えば、丸尾美里はおそらく狂っている。暴走し始めているといってもいい。重人にもう少し調べさせて尻尾をつかんだら、委員会としては早急に手を打つつもり。だから、杏里ちゃん、あなたがこんなふうでは困るのよ」
冬美の言葉は情けのかけらもなかった。
「…手を打つって、どうするつもりなの?」
その上から目線の言い方に反感を覚えて、杏里もタメ口になっていた。
「決まってるでしょ。全力で排除する。それだけのことよ」
美里先生が、殺される…?
杏里は冬美とにらみ合うのをやめて、元のように仰向けになった。
そんなの、ひどい。
一方的過ぎる。
悔しさがこみあげてきた。
先生は、確かにどこかおかしい。
タナトスとしては失格だろう。
でも、だからといって、壊れた家電みたいに、ただ排除するだなんて…。
「とにかく、このリングを外す方法を考えないとね。あなたの身体は大方洗浄しておいたけど、まだ性感帯の異常は治まっていないんでしょう? 興奮が治まらない限り、このリングを外すのは難しそう」
うんざりしたように、ため息をつく冬美。
「仕方ないわね。重人の力を借りるかな」
そうひとりごちると、部屋の外に向かって呼びかけた。
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