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第6部 淫蕩のナルシス
#65 残虐の魔女
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「ひさしぶりね」
それでも糸に引かれたように振り向くと、戸口に零が立っていた。
冬服の黒いセーラー服に、黒のミニ丈ひだスカート、そして黒いハイソックス。
全身黒で統一した零は、露出した部分の肌だけ、相変らず死人のように青白い。
「来てくれると思ってた。待ってたよ、笹原杏里。あたしの可愛いお人形」
そこだけ赤い唇を笑いの形にゆがめると、零が歌うような口調で言った。
どこか調子がはずれたように甲高い声だった。
この子、こんな声、してたんだ。
長身の美少女を見つめて、改めて杏里は思った。
背が高く、手足の長い零はとても同い年には見えなかった。
ぱっと見、零は18歳以上に見えるのだ。
老練の政治家を骨抜きにするぐらいだから、その成熟した色気は半端ない。
が、杏里が感じているのは、純粋な恐怖だった。
断頭台で首を切り落とされても蘇る魔女。
残虐行為に異常な執着を示す、生まれながらのサイコパス。
そして、おそらく地球の生態系の最上位に君臨する最強生物、メス外来種の女王。
それがこの少女、黒野零の正体なのだ。
全身から吹き出す瘴気に、部屋の気温がどんどん下がっていくのが分かる。
零は杏里しか見ていなかった。
ヤチカも、重人も、正一も、2頭の犬すらも目に入らぬかように、まっすぐ杏里に向かって歩いてくる。
「可愛がってあげる」
舌なめずりするように言った。
「杏里。あなたはそこの出来損ないとは違う。何をされても復元するあなたのその体が、あたしは好きよ。杏里、あなたはあたしの理想なの」
出来損ないとは、気を失って倒れている由羅のことだろう。
気押されたように、杏里はあとじさった。
その時だった。
零の背後で、指笛が鳴った。
正一だった。
それを合図にうなりを上げて、2頭の猛犬が飛びかかった。
瞬間、零の右腕がすっと上がった。
続けてスカートがぎりぎりまでめくれ、左足が床と水平になった。
真上から振り下ろされた手刀が、空中でドーベルマンの頭蓋を粉砕した。
それとほとんど同時に、凄まじい回し蹴りをあばらに食らって、土佐犬が壁際まで吹っ飛んだ。
あっという間の出来事だった。
あまりの衝撃に、杏里は放心したように、死んだ2頭の犬を見た。
何という力…。
これが、メス外来種…?
人間をはるかに超える身体能力だ。
「重人君、正一、逃げるんだ!」
鋭く叫ぶように、ヤチカが言った。
「ここは私たちに任せて」
カクカクと重人がうなずいた。
「悪いけど、そうさせてもらうよ。僕は暴力は苦手なんでね」
正一の作務衣の袖を引いて、そそくさと部屋の外に出て行った。
「でも、ヤチカさん…」
途方に暮れて、杏里はヤチカを振り返った。
「こんな怪物相手に、わたしたちに何が…?」
近接戦闘のエキスパート、由羅でさえ倒せなかった相手である。
非力な杏里にできることは何もない。
それはヤチカとて同じだろう。
たとえ男性形態をとっていても、ヤチカには人間並みの力しかないのだから。
「自分に何ができるか、思い出すんだよ」
励ますようにヤチカが言った。
「杏里、君はタナトスだ。だったら、できることはただひとつ」
そうだった。
やはり、それしかないのだ。
杏里はボディスーツのファスナーに手をかけた。
下腹のあたりで止まっていたファスナーを首まで引き上げると、そこで外れてスーツが二つに割れた。
脱皮するように脱ぎ捨てて、全裸になる。
「ああ…」
その裸身に目を当てて、零が感に耐えぬようにつぶやいた。
「いいわ…とっても。夢にまで見た、杏里の身体…」
「好きにして」
釣り鐘型の乳房を突き出すと、声の震えを抑えて杏里は言った。
「私はどうなってもいいから。その代わり、由羅とヤチカさんを逃がしてあげて」
それでも糸に引かれたように振り向くと、戸口に零が立っていた。
冬服の黒いセーラー服に、黒のミニ丈ひだスカート、そして黒いハイソックス。
全身黒で統一した零は、露出した部分の肌だけ、相変らず死人のように青白い。
「来てくれると思ってた。待ってたよ、笹原杏里。あたしの可愛いお人形」
そこだけ赤い唇を笑いの形にゆがめると、零が歌うような口調で言った。
どこか調子がはずれたように甲高い声だった。
この子、こんな声、してたんだ。
長身の美少女を見つめて、改めて杏里は思った。
背が高く、手足の長い零はとても同い年には見えなかった。
ぱっと見、零は18歳以上に見えるのだ。
老練の政治家を骨抜きにするぐらいだから、その成熟した色気は半端ない。
が、杏里が感じているのは、純粋な恐怖だった。
断頭台で首を切り落とされても蘇る魔女。
残虐行為に異常な執着を示す、生まれながらのサイコパス。
そして、おそらく地球の生態系の最上位に君臨する最強生物、メス外来種の女王。
それがこの少女、黒野零の正体なのだ。
全身から吹き出す瘴気に、部屋の気温がどんどん下がっていくのが分かる。
零は杏里しか見ていなかった。
ヤチカも、重人も、正一も、2頭の犬すらも目に入らぬかように、まっすぐ杏里に向かって歩いてくる。
「可愛がってあげる」
舌なめずりするように言った。
「杏里。あなたはそこの出来損ないとは違う。何をされても復元するあなたのその体が、あたしは好きよ。杏里、あなたはあたしの理想なの」
出来損ないとは、気を失って倒れている由羅のことだろう。
気押されたように、杏里はあとじさった。
その時だった。
零の背後で、指笛が鳴った。
正一だった。
それを合図にうなりを上げて、2頭の猛犬が飛びかかった。
瞬間、零の右腕がすっと上がった。
続けてスカートがぎりぎりまでめくれ、左足が床と水平になった。
真上から振り下ろされた手刀が、空中でドーベルマンの頭蓋を粉砕した。
それとほとんど同時に、凄まじい回し蹴りをあばらに食らって、土佐犬が壁際まで吹っ飛んだ。
あっという間の出来事だった。
あまりの衝撃に、杏里は放心したように、死んだ2頭の犬を見た。
何という力…。
これが、メス外来種…?
人間をはるかに超える身体能力だ。
「重人君、正一、逃げるんだ!」
鋭く叫ぶように、ヤチカが言った。
「ここは私たちに任せて」
カクカクと重人がうなずいた。
「悪いけど、そうさせてもらうよ。僕は暴力は苦手なんでね」
正一の作務衣の袖を引いて、そそくさと部屋の外に出て行った。
「でも、ヤチカさん…」
途方に暮れて、杏里はヤチカを振り返った。
「こんな怪物相手に、わたしたちに何が…?」
近接戦闘のエキスパート、由羅でさえ倒せなかった相手である。
非力な杏里にできることは何もない。
それはヤチカとて同じだろう。
たとえ男性形態をとっていても、ヤチカには人間並みの力しかないのだから。
「自分に何ができるか、思い出すんだよ」
励ますようにヤチカが言った。
「杏里、君はタナトスだ。だったら、できることはただひとつ」
そうだった。
やはり、それしかないのだ。
杏里はボディスーツのファスナーに手をかけた。
下腹のあたりで止まっていたファスナーを首まで引き上げると、そこで外れてスーツが二つに割れた。
脱皮するように脱ぎ捨てて、全裸になる。
「ああ…」
その裸身に目を当てて、零が感に耐えぬようにつぶやいた。
「いいわ…とっても。夢にまで見た、杏里の身体…」
「好きにして」
釣り鐘型の乳房を突き出すと、声の震えを抑えて杏里は言った。
「私はどうなってもいいから。その代わり、由羅とヤチカさんを逃がしてあげて」
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