53 / 288
第6部 淫蕩のナルシス
#51 栗栖重人
しおりを挟む
ヤチカの屋敷の近くのバス停まで迎えに行くと、常夜灯の下にぽつんと重人が佇んでいた。
「なんだよ、こんな時間に呼び出したりして。それに、冬美に内緒ってどういうこと?」
杏里の顔を見るなり、不満げに少年は言った。
栗栖重人は杏里と同い年にもかかわらず、見た目は小学生だ。
保護者同伴でないと、補導されそうな外見である。
夜の9時を過ぎていた。
あれからヤチカ、正一とともに、杏里はヤチカの家に向かった。
正二が車で送ってくれたのだが、それでももうこんな時間である。
「由羅が見つかったのよ。黒野零に囚われてるの。明日、みんなで助けに行くつもり」
ヤチカの屋敷に向かって歩きながら、杏里は説明した。
「みんなって?」
「画家の七尾ヤチカさん、それから人形師の沼正一さん、それから私とキミだよ」
「なにそれ? だって相手は零なんだろう? じゃあ、尚更冬美や小田切さんに話して、委員会の力を借りなきゃダメじゃない」
呆れ顔で杏里を見る重人。
「それがそうはいかないのよね」
杏里はため息をついた。
小田切たちの助けを借りられない理由は、ヤチカである。
ヤチカは外来種なのだ。
原種薔薇保存委員会が彼女の存在を知れば、真っ先に抹殺しようと動き出すに決まっている。
ひょっとしたら杏里たちとは別の”ユニット”が派遣されてきて、仲間同士戦うことにもなりかねないのだ。
屋敷への道すがら、杏里はこれまでのいきさつを重人にすべて打ち明けた。
「ふーん」
聞き終えると、重人が感に耐えぬ様な口調で、つぶやいた。
話し終えたのは、ヤチカの家の門が見えてきた頃のことである。
「ドールズ・ネットワーク、堤英吾かあ…。またずいぶんと話の規模が大きくなってきたもんだなあ」
「感心してる場合じゃないでしょ。由羅が危ないんだから。重人にも手伝ってもらわなきゃ」
「まあ、それはいいけどさ、でも、その七尾ヤチカって画家、両性具有の外来種なんだろ? 本来は僕らの敵じゃないか。本当に信用できるのかい?」
「ヤチカさんなら大丈夫。零たちみたいに狂ってもいないし、狂暴じゃない。私たちとどこも変わらない、やさしい人だよ。外来種だからっていたずらに敵視するのは、おかしいと思う。ほら、この前の呉秀樹君だって、本当は、やさしい、いい子だったんだから」
ムキになって言い募る杏里の手を、ふいに重人が握ってきた。
「ちょっと止まって」
杏里を立ち止まらせると、軽く目を閉じた。
頭の中に、何かが入ってくるような感触。
重人が”意識の触手”を伸ばしてきたのである。
「ふうん、なるほどね」
しばらくして目を開けると、しげしげと杏里の顔を見つめながら、重人が言った。
「嘘じゃなさそうだね。ヤチカさん、過去はどうあれ、案外まともな人みたいだ」
「でしょ?」
杏里は自分が褒められたようにうれしくなった。
が、次の重人のひと言は、相変らず痛烈だった。
「しかし、呆れたなあ。杏里、その人と寝ちゃったんだ。見境がないというか、節操のかけらもないっていうか、なんというか…。由羅が聞いたら、きっと怒るんじゃないかなあ」
「ちょっと、人を淫乱みたいに言わないでよ!」
杏里は真っ赤になって、こぶしで重人の胸を叩いた。
「由羅には絶対内緒だよ! 変なことしゃべったら、ただじゃ置かないから!」
「やれやれ」
首をすくめて、重人が言った。
「タナトスなんて、恋人にすべきじゃないね。浮気性にもほどがある」
「なんだよ、こんな時間に呼び出したりして。それに、冬美に内緒ってどういうこと?」
杏里の顔を見るなり、不満げに少年は言った。
栗栖重人は杏里と同い年にもかかわらず、見た目は小学生だ。
保護者同伴でないと、補導されそうな外見である。
夜の9時を過ぎていた。
あれからヤチカ、正一とともに、杏里はヤチカの家に向かった。
正二が車で送ってくれたのだが、それでももうこんな時間である。
「由羅が見つかったのよ。黒野零に囚われてるの。明日、みんなで助けに行くつもり」
ヤチカの屋敷に向かって歩きながら、杏里は説明した。
「みんなって?」
「画家の七尾ヤチカさん、それから人形師の沼正一さん、それから私とキミだよ」
「なにそれ? だって相手は零なんだろう? じゃあ、尚更冬美や小田切さんに話して、委員会の力を借りなきゃダメじゃない」
呆れ顔で杏里を見る重人。
「それがそうはいかないのよね」
杏里はため息をついた。
小田切たちの助けを借りられない理由は、ヤチカである。
ヤチカは外来種なのだ。
原種薔薇保存委員会が彼女の存在を知れば、真っ先に抹殺しようと動き出すに決まっている。
ひょっとしたら杏里たちとは別の”ユニット”が派遣されてきて、仲間同士戦うことにもなりかねないのだ。
屋敷への道すがら、杏里はこれまでのいきさつを重人にすべて打ち明けた。
「ふーん」
聞き終えると、重人が感に耐えぬ様な口調で、つぶやいた。
話し終えたのは、ヤチカの家の門が見えてきた頃のことである。
「ドールズ・ネットワーク、堤英吾かあ…。またずいぶんと話の規模が大きくなってきたもんだなあ」
「感心してる場合じゃないでしょ。由羅が危ないんだから。重人にも手伝ってもらわなきゃ」
「まあ、それはいいけどさ、でも、その七尾ヤチカって画家、両性具有の外来種なんだろ? 本来は僕らの敵じゃないか。本当に信用できるのかい?」
「ヤチカさんなら大丈夫。零たちみたいに狂ってもいないし、狂暴じゃない。私たちとどこも変わらない、やさしい人だよ。外来種だからっていたずらに敵視するのは、おかしいと思う。ほら、この前の呉秀樹君だって、本当は、やさしい、いい子だったんだから」
ムキになって言い募る杏里の手を、ふいに重人が握ってきた。
「ちょっと止まって」
杏里を立ち止まらせると、軽く目を閉じた。
頭の中に、何かが入ってくるような感触。
重人が”意識の触手”を伸ばしてきたのである。
「ふうん、なるほどね」
しばらくして目を開けると、しげしげと杏里の顔を見つめながら、重人が言った。
「嘘じゃなさそうだね。ヤチカさん、過去はどうあれ、案外まともな人みたいだ」
「でしょ?」
杏里は自分が褒められたようにうれしくなった。
が、次の重人のひと言は、相変らず痛烈だった。
「しかし、呆れたなあ。杏里、その人と寝ちゃったんだ。見境がないというか、節操のかけらもないっていうか、なんというか…。由羅が聞いたら、きっと怒るんじゃないかなあ」
「ちょっと、人を淫乱みたいに言わないでよ!」
杏里は真っ赤になって、こぶしで重人の胸を叩いた。
「由羅には絶対内緒だよ! 変なことしゃべったら、ただじゃ置かないから!」
「やれやれ」
首をすくめて、重人が言った。
「タナトスなんて、恋人にすべきじゃないね。浮気性にもほどがある」
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
MARENOL(公式&考察から出来た空想の小説)
ルーンテトラ
ホラー
どうも皆さんこんにちは!
初投稿になります、ルーンテトラは。
今回は私の好きな曲、メアノールを参考に、小説を書かせていただきました(๑¯ㅁ¯๑)
メアノール、なんだろうと思って本家見ようと思ったそこの貴方!
メアノールは年齢制限が運営から付けられていませんが(今は2019/11/11)
公式さんからはRー18Gと描かれておりましたので見る際は十分御気をつけてください( ˘ω˘ )
それでは、ご自由に閲覧くださいませ。
需要があればその後のリザちゃんの行動小説描きますよ(* 'ᵕ' )
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
(完)そこの妊婦は誰ですか?
青空一夏
恋愛
私と夫は恋愛結婚。ラブラブなはずだった生活は3年目で壊れ始めた。
「イーサ伯爵夫人とし全く役立たずだよね? 子供ができないのはなぜなんだ! 爵位を継ぐ子供を産むことこそが女の役目なのに!」
今まで子供は例え産まれなくても、この愛にはなんの支障もない、と言っていた夫が豹変してきた。月の半分を領地の屋敷で過ごすようになった夫は、感謝祭に領地の屋敷に来るなと言う。感謝祭は親戚が集まり一族で祝いご馳走を食べる大事な行事とされているのに。
来るなと言われたものの私は王都の屋敷から領地に戻ってみた。・・・・・・そこで見たものは・・・・・・お腹の大きな妊婦だった!
これって・・・・・・
※人によっては気分を害する表現がでてきます。不快に感じられましたら深くお詫びいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる