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第6部 淫蕩のナルシス

#51 栗栖重人

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 ヤチカの屋敷の近くのバス停まで迎えに行くと、常夜灯の下にぽつんと重人が佇んでいた。
「なんだよ、こんな時間に呼び出したりして。それに、冬美に内緒ってどういうこと?」
 杏里の顔を見るなり、不満げに少年は言った。
 栗栖重人は杏里と同い年にもかかわらず、見た目は小学生だ。
 保護者同伴でないと、補導されそうな外見である。
 夜の9時を過ぎていた。
 あれからヤチカ、正一とともに、杏里はヤチカの家に向かった。
 正二が車で送ってくれたのだが、それでももうこんな時間である。
「由羅が見つかったのよ。黒野零に囚われてるの。明日、みんなで助けに行くつもり」
 ヤチカの屋敷に向かって歩きながら、杏里は説明した。
「みんなって?」
「画家の七尾ヤチカさん、それから人形師の沼正一さん、それから私とキミだよ」
「なにそれ? だって相手は零なんだろう? じゃあ、尚更冬美や小田切さんに話して、委員会の力を借りなきゃダメじゃない」
 呆れ顔で杏里を見る重人。
「それがそうはいかないのよね」
 杏里はため息をついた。
 小田切たちの助けを借りられない理由は、ヤチカである。
 ヤチカは外来種なのだ。
 原種薔薇保存委員会が彼女の存在を知れば、真っ先に抹殺しようと動き出すに決まっている。
 ひょっとしたら杏里たちとは別の”ユニット”が派遣されてきて、仲間同士戦うことにもなりかねないのだ。
 屋敷への道すがら、杏里はこれまでのいきさつを重人にすべて打ち明けた。
「ふーん」
 聞き終えると、重人が感に耐えぬ様な口調で、つぶやいた。
 話し終えたのは、ヤチカの家の門が見えてきた頃のことである。
「ドールズ・ネットワーク、堤英吾かあ…。またずいぶんと話の規模が大きくなってきたもんだなあ」
「感心してる場合じゃないでしょ。由羅が危ないんだから。重人にも手伝ってもらわなきゃ」
「まあ、それはいいけどさ、でも、その七尾ヤチカって画家、両性具有の外来種なんだろ? 本来は僕らの敵じゃないか。本当に信用できるのかい?」
「ヤチカさんなら大丈夫。零たちみたいに狂ってもいないし、狂暴じゃない。私たちとどこも変わらない、やさしい人だよ。外来種だからっていたずらに敵視するのは、おかしいと思う。ほら、この前の呉秀樹君だって、本当は、やさしい、いい子だったんだから」
 ムキになって言い募る杏里の手を、ふいに重人が握ってきた。
「ちょっと止まって」
 杏里を立ち止まらせると、軽く目を閉じた。
 頭の中に、何かが入ってくるような感触。
 重人が”意識の触手”を伸ばしてきたのである。
「ふうん、なるほどね」
 しばらくして目を開けると、しげしげと杏里の顔を見つめながら、重人が言った。
「嘘じゃなさそうだね。ヤチカさん、過去はどうあれ、案外まともな人みたいだ」
「でしょ?」
 杏里は自分が褒められたようにうれしくなった。
 が、次の重人のひと言は、相変らず痛烈だった。
「しかし、呆れたなあ。杏里、その人と寝ちゃったんだ。見境がないというか、節操のかけらもないっていうか、なんというか…。由羅が聞いたら、きっと怒るんじゃないかなあ」
「ちょっと、人を淫乱みたいに言わないでよ!」
 杏里は真っ赤になって、こぶしで重人の胸を叩いた。
「由羅には絶対内緒だよ! 変なことしゃべったら、ただじゃ置かないから!」
「やれやれ」
 首をすくめて、重人が言った。
「タナトスなんて、恋人にすべきじゃないね。浮気性にもほどがある」




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