聖獣大戦

戸影絵麻

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 ドーム型の巨大な空間だった。僕はその底の真ん中あたりに尻もちをついていた。あたりは薄暗く、ひんやりとしたカビ臭い空気に満ちている。想像していた古墳の内部とは相当違っていた。こんなナゴヤドーム並みの地下空間が、あの地味な古墳の中にあっていいものか。だいたい、化け物犬の大群からは逃れられたものの、ここからどうやって出ればいいのだろう?
頭上を見上げて目をいくら凝らして見ても、僕が今通り抜けてきた穴(?)は影も形も見えやしないのだ。
 半ばやけになってついに煙草に火をつけた。煙を肺いっぱいに吸い込んだとき、軽い着地の音がして、秋津さんが僕の前に立った。
「ほんと、豊原君は、度胸あるわね」
 あきれ顔で言った。褒め言葉ではなさそうだった。
「少しニコチンを入れないと、やってられないですよ、こんなの」
 僕はなんだか不機嫌になってきていた。空腹が耐えがたくなってきている。落ちた時思いっきり打った腰も痛い。
「怒らないで。もうすぐ済むから」
 秋津さんが、珍しくなだめるような口調で言った。
しばらく四方を見回していたが、やがて、
「こっち」
 と、ドーム状空間の一角を指さして歩き出す。かなりの距離を歩いて突きあたりまで行くと、正面の壁に文様が描かれていた。近くまで行ってわかったのは、壁自体がぼうっと発光していることだった。ぼんやりとだが、あたりの様子が見えるのはそのせいだったのだ。
 文様は、名駅のガード下で見たあの渦巻きとほぼ同じものだった。まるで岩盤の中に走る血管のようだ。
「この奥がたぶん玄室。霊魂がたくさん集まってきてるから多少気味悪いけど、あなたには危害は加えないと思う。わたしのときもそうだったから」
「霊魂?」
 僕は顔をしかめた。またそんな嫌なことを言う。
「さあ、行くのよ。仲間がほしいの。私ひとりでは、これ以上…」
 言いかけて、秋津さんがふいに身をこわばらせた。
 背中からおもむろに鎌をおろし、胸の前に構える。
「どうしたんです?」
来た方を振り返って、僕はハッと息をのんだ。
僕らが落ちてきたあたり、ドーム状空間の真ん中に人影が二つ、立っていた。猫耳の細身の女性的なシルエットと、三頭身くらいの、幼児体型の変な奴だ。二人とも真黒な作務衣みたいなコスチュームに身を包んでいるのだが、異様なのはそれ以外が全部真っ白なところだった。髪も白なら肌も白、しかも目まで黒眼がなく真っ白ときているのだ。
 二人は音楽に合わせてリズムを取るように、ゆらゆら体を揺らしている。猫耳は右手に長い銀色の槍を持ち、チビ助は魔法使いみたいな三角帽子をかぶり、背中に変なふうにねじ曲がった杖を背負っていた。二人が呼吸を合わせるようにゆっくり武器を構え、僕らの方を見た。
 「秋津さん、あれってひょっとして、本物の…」
 地底人?
 そう言いかけた時、猫耳が動いた。長い槍を突き出し、猛然と走り出す。
「早く行って!」
 秋津さんが叫んだ。猫耳が跳躍した。一気にドームのてっぺんくらいの高さにまで飛び上がった。あきらかに人間業ではなかった。槍を頭の上に振り上げ、すごい勢いで秋津さんめがけて落下してくる。串刺しにするつもりなのだ。
 が、秋津さんも負けてはいなかった。すくいあげるように、素早く朱雀鎌を下から上へと跳ね上げた。鎌の先が猫耳の足元をかすめ、猫耳が空中でバランスを崩す。だが、まさに猫そのものの敏捷さで、トンボを切って少し先の地面に着地した。秋津さんの息が荒くなっているのが傍で見ていてもわかった。ウツボーズにもゾンビ犬にも顔色一つ変えなかったタフな彼女が、今は明らかに動揺している。嫌な予感がした。限りなく嫌な予感だった。そしてそれは的中した。
だしぬけに秋津さんの全身が硬直した。金縛りにあったように、奇妙にねじれた姿勢のまま動かなくなった。そのまま、あろうことか、見えない糸で釣りあげられた魚のようにに、空中に少しずつ浮かび上がっていく。
―キャハハハ
と、近くから子供の笑い声が聞こえた。あの三頭身が、いつのまにか猫耳の隣に立って、宙づりになっていく秋津さんを見上げていた。杖を秋津さんの方に突き出し、呪文みたいなものを唱え始める。まるで、念力か何かでこのチビが秋津さんを拘束しているかのようだった。
「行って!」
秋津さんがまた叫んだ。悲鳴に近かった。その声に我に返った。こうしてはいられない。なんとかしなくては。
できることは一つしかない。僕はあの文様めがけてダッシュした。古墳に入った時と同じだった。肩が触れる瞬間、壁が消え、僕は《向こう側》に転がりこんだ。そしてー・
激しく後悔した。

 人が二人並んでやっと通れるほどの通路が、目の前に伸びている。あたりは青白い光に満たされ、なぜかぼうっと煙っていた。気温は相当低い。冷凍庫に放り込まれたみたいに寒かった。だが、僕が後悔したのは寒さのせいではない。通路の両脇は材質不明の半透明な壁なのだが、その中にびっしりと、さまざまな角度にねじくれた人体がひしめいているのに気づいたからだった。
互いに絡み合った人体の群れは壁の中をずっと先まで果てることなく続いている。それは死蝋化した死体の蓄積だった。そして無念の形相で開いた無数の口元から、それが次から次へと空中に放出されていた。ぼおっと燐光を放つふわふわしたもの、よく見ると中に人の顔らしきものを宿したそれーたぶん、霊魂である。
霊魂は宙に無数に浮かび、冷え冷えとした冷気を放っていた。気力の萎える光景だった。触ると背筋が凍るほどの悪寒を感じた。せめて霊魂を吸い込むことがないように、と僕は片手で口を覆って通路を急いだ。
どれほど進んだのか、気が遠くなりかけた頃、だしぬけにおぞましい死者の道は終点に至り、祭壇みたいなところに出た。目の前に古びた棺があった。棺の蓋に、色あせた龍の絵が描かれている。触れると、砂でできていたかのように蓋の部分が崩れ落ち、中が見えた。ひと振りの大きな青い剣が入っていた。刃の部分が広く、長さは一・五メートルほどもある。青龍ときたら、やっぱり青龍刀だろうとは予想していた。しかし、いくらなんでもこれは、でかすぎやしないか?
ええい、ままよ!
迷っている暇などなかった。
秋津さんが危ない。その感じはますます強くなり、ほとんど強迫観念と化してしまっていた。
僕は刀の柄を両手でつかんだ。
とたんに電撃が走った。
ざざっと髪の毛が逆立つのがわかった。刀に触れている両手を中心にして、体中熱くなってきた。しばらく、動けなかった。半袖の服から伸びた腕に、鱗めいた模様が現れたかと思うと、見る間にそれは固そうに光沢を放つ本物の鱗になった。僕は茫然と自身の変化に見入るしかなかった。超能力ではなかったが、たしかに異変は起こっていた。怖かった。たまらなく怖かった。が、僕は刀をつかみ出すと両腕に抱え、もと来た方へと駆けだした。驚くほど足が軽い。体中に力がみなぎってくるのがわかる。一気に駆け抜けると、ドーム状空間に飛び出した。
秋津さんが、空中に大の字になってはりつけにされていた。その真下にいるチビの杖から細い糸のような光の筋が伸び、彼女の手足を絡め取っているのが見えた。僕が刀を振りかぶるのと、槍を構えた猫耳が跳躍するのとがほとんど同時だった。秋津さんが絶叫した。血潮がしぶいた。僕は悲鳴を上げた。秋津さんの左腕が、肩の付け根から叩き切られて宙を舞っていた。全身をけいれんさせ、血まみれになって地面に落ちた秋津さんは、もうピクリとも動かない。そこへ、猫耳が槍を振り回しながら踊るような足取りで近づいていく。真っ白な顔に満面の笑みをたたえていた。どうやら、人を切り刻むのがうれしくてたまらない様子だった。
「きさまぁ」
 活火山のマグマ並みの勢いで怒りが込み上げてきた。僕は我を忘れていた。絶望と悲しみで頭の中が空白になっていた。むちゃくちゃに青龍刀を振り回しながら猫耳に突進した。右に、左に、と大刀を思い切り振った。チビがキャッと叫んで両手で頭を覆って転がった。ジャックランタンがかぶるような三角帽子が青龍刀の一撃で吹っ飛んで、おかっぱ頭があらわになっていた。逃げる猫耳を追った。猫耳も速かったが、信じられないことに僕の方がスピードでは上だった。すぐに追いつくと、背後から敵の足を狙って刀を繰り出した。手ごたえがあった。猫耳はもんどりうって転がると、槍を掲げて立ち上がった。右の太ももから血が流れている。地底人のくせに、血は赤い。
「気をつけて!」
突然、秋津さんの声がドームに響き渡った。
生きていたのだ!
と、喜んだのもつかの間、
振り返った僕は、見た。
憤怒の形相でこちらをにらみつけているあのチビがやおら両手を突き出したかと思うと、その十本の指先から激しい稲妻を放ったのだ。うねる電撃のシャワーがあたりに降り注ぐ。僕は盲滅法飛び跳ね、直撃を防いだ。バリバリと音を立てて電撃が古墳の外壁を引き裂いていく。空間全体が軋み始めるのがわかった。
「出ましょう」
 気がつくと、横に秋津さんが立っていた。
「これ、持ってて」
 と、棒のようなものを僕に渡してくる。
「う」
僕はうめいた。
それは、綺麗に切断された彼女の左腕だった。生温かく、しかも官能的なほどやわらかい。
ガラガラと大音響を発して天井が崩れ始めた。目の前の外壁に大きな亀裂が走っていた。その向こうに明け始めた群青色の空が見えた。僕は秋津さんに肩を貸し、片手に青龍刀、片手に秋津さんの左腕を持って、その穴に向かって走り出した。大声をあげて泣きたい気分だった。どうしてこんなことにー何が間違ったんだ…。
ふと、石川君の顔が脳裏に浮かんだ。
今度会ったら。ぶん殴ってやる、
 真剣に、そう思った。
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