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#10 壁の落書き
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「そんなこと、あるわけないだろ? 卒業前に、期限だなんて」
恐怖で声が裏返るのがわかった。
頭の隅に、さっき見た風景が浮かんだ。
壺を抱えて集会室に入って行く小夜子のお母さん…。
「だって、傷の治りも遅くなってるんでしょ? 隠したって駄目。ちゃんと見ちゃったんだから」
佳世の眼はギラギラしている。
まるで僕の秘密をすべて暴こうとでもいうかのように。
しまった。
僕は唇を噛んだ。
治りかけの尻の傷。
そしてきのう新たにつけられた内腿の傷。
隠したつもりだったけど、ズボンと下着を脱いだ時、見られてしまったに違いない。
「別に責めてるわけじゃないんだよ。あたしだって、そうなんだから」
声のトーンを落として佳世が見せたのは、半袖のシャツから出た右腕の内側だった。
二の腕のちょうど裏側の部分に、半月型のひきつれたような痕がある。
「あたしは躰が小さいせいで、隔週で済んでるんだけど、これが最近、なかなか治らなくて」
僕は反射的に目を逸らした。
が、佳世はなおもしゃべり続けている。
「治りが悪いのは、成長して、シンチンタイシャってのが弱まってきた証拠なんだって。つまり、もう…」
「やめろよ。だって、俺らがいなくなったら、困るのはママたちじゃないか」
言葉を叩きつけるように、僕は叫んだ。
目を逸らした先、倉庫の内壁にチョークで書きなぐった文字が見えている。
大書された”豚”の一文字に、少し離れて小さな”児”の文字。
”豚”は教科書に出てこない難しい漢字だが、うちの小学校には書ける生徒が多いのだ。
「知ってるくせに」
吐き捨てるように、佳世がつぶやいた。
「豚はいくらでも買えるんだよ。お金さえ出せばね」
-最近、高くなったわよねえ。犬や猫の倍なんだってー
どこかで聞いた会話が、ふいに耳の奥で再生された。
「じゃあ、小夜子は…」
無意識のうちにそう口に出していた。
と、思い出したように体操着を下ろし、胸を隠して佳世が顔を輝かせた。
「あ、いいこと思いついた」
「い、いいことって?」
今度は何を言い出すつもりなのだろうか。
おそるおそる聞いてみた。
「今から小夜子の家に行ってみない? うちの隣だから、ベランダから、中、のぞけるんだよ。うまくいくとさ、”あれ”を見られるかもしれないよ」
「”あれ”って?」
「わかってるくせに。”あれ”は”あれ”に決まってるじゃないの」
恐怖で声が裏返るのがわかった。
頭の隅に、さっき見た風景が浮かんだ。
壺を抱えて集会室に入って行く小夜子のお母さん…。
「だって、傷の治りも遅くなってるんでしょ? 隠したって駄目。ちゃんと見ちゃったんだから」
佳世の眼はギラギラしている。
まるで僕の秘密をすべて暴こうとでもいうかのように。
しまった。
僕は唇を噛んだ。
治りかけの尻の傷。
そしてきのう新たにつけられた内腿の傷。
隠したつもりだったけど、ズボンと下着を脱いだ時、見られてしまったに違いない。
「別に責めてるわけじゃないんだよ。あたしだって、そうなんだから」
声のトーンを落として佳世が見せたのは、半袖のシャツから出た右腕の内側だった。
二の腕のちょうど裏側の部分に、半月型のひきつれたような痕がある。
「あたしは躰が小さいせいで、隔週で済んでるんだけど、これが最近、なかなか治らなくて」
僕は反射的に目を逸らした。
が、佳世はなおもしゃべり続けている。
「治りが悪いのは、成長して、シンチンタイシャってのが弱まってきた証拠なんだって。つまり、もう…」
「やめろよ。だって、俺らがいなくなったら、困るのはママたちじゃないか」
言葉を叩きつけるように、僕は叫んだ。
目を逸らした先、倉庫の内壁にチョークで書きなぐった文字が見えている。
大書された”豚”の一文字に、少し離れて小さな”児”の文字。
”豚”は教科書に出てこない難しい漢字だが、うちの小学校には書ける生徒が多いのだ。
「知ってるくせに」
吐き捨てるように、佳世がつぶやいた。
「豚はいくらでも買えるんだよ。お金さえ出せばね」
-最近、高くなったわよねえ。犬や猫の倍なんだってー
どこかで聞いた会話が、ふいに耳の奥で再生された。
「じゃあ、小夜子は…」
無意識のうちにそう口に出していた。
と、思い出したように体操着を下ろし、胸を隠して佳世が顔を輝かせた。
「あ、いいこと思いついた」
「い、いいことって?」
今度は何を言い出すつもりなのだろうか。
おそるおそる聞いてみた。
「今から小夜子の家に行ってみない? うちの隣だから、ベランダから、中、のぞけるんだよ。うまくいくとさ、”あれ”を見られるかもしれないよ」
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