キチママ

戸影絵麻

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#6 晩餐

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 カチャリ。
 ママがナイフとフォークを置く音に、僕はびくりとした。
 夕食のテーブル。
 昼の間からママが仕込んだ料理の数々が、その上に所狭しと並んでいる。
 ママは裸の上に薄物を羽織っていて、僕の対面の席についていた。
 下着を身に着けていないのは、いつもの通り。
 透明に近い薄絹を通して、豊かで形のいい乳房が透けて見えることからそれとわかる。
「おかしいわね」
 ママは不機嫌そうに、皿の上に乗ったステーキを見つめている。
「いつもよりお肉が硬いし、変な苦みがあるわ」
 冷たい汗が腋の下を伝い、僕は自分の皿に視線を落とした。
 きょうのメインディッシュは、この100グラムのステーキだ。
 1週間に一度、金曜の夜にママがふたりのために用意する、貧しい我が家にとってのスペシャルディナーである。
 ママのものと同じく、僕の皿のステーキも、ほとんど減っていない。
 でも、僕がこれを食べる気になれないのは、おそらくママとは理由が違う。
 1週間に一度のこのディナーが、僕には苦痛でならないのだ。
 小夜子もそうだっただろう。
 ふとそんなことを思うと、よけい食欲がなくなった。
「部活、してなかったわよね?」
 切れ長の目を上げて、ママが訊く。
「う、うん」
 ぎこちなくうなずく僕。
「じゃあ、食べさせたものが悪かったのかしら?」
「そ、そうだね」
 とっさに僕はうそをつくことをした。
「先々週、遠足があったでしょ? あの時、友だちにお弁当のおかず、いろいろわけてもらったりしたから」
「ふうん、それで」
 軽くうなずき、母がサイコロ状に切った肉を口に運び始めた。
「これからは気をつけてね。ママのつくったもの以外は絶対に食べちゃだめ。純ももう11歳なんでしょ。卒業まで、あと1年もないんだから」
 卒業。
 残酷な言葉だった。
 急にどうしようもない悲しみが込み上げてきて、僕はママの顔を見つめた。
 アーモンド型の、顎の尖った可愛らしい顔。
 どの女優やアイドルと比べても、素晴らしい。
「あ、そうそう。明日の夜は大丈夫? お薬塗って、少しはよくなった? でも、変よね。1週間経っても、まだ治らないなんて。お薬自体が古くなってきたのかしらね。まあでも、今度は太腿の内側にするから、あまり心配しないで。きっとそのほうがお肉自体も柔らかいと思うし」
 まずそうに肉を咀嚼し、ワインで喉に流し込むと、気を取り直したように母が言った。
「さ、だから純も食べなさい。明日のためにも、栄養つけなきゃ、でしょ?」


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