キチママ

戸影絵麻

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#2 下校時の風景

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 夏休みが近いので、学校は午後までだった。
 給食を食べ、教室の掃除を済ませると、僕はひとりで校門を出た。
 よく晴れた、風のさわやかな午後だった。
 僕の住む団地は、学校から徒歩で10分ほどのところにある。
 運河沿いの道を歩いて、工場地帯の前で右折すればすぐだ。
 A棟からF棟まである団地は、そこそこ大きく、同じ学校の生徒もたくさん住んでいる。
 だが、きょうは昼から部活動だから、こんなに早い時間に帰ってくるのは、帰宅部の僕ぐらいなものだ。
 僕がママと住むC棟は、敷地のちょうど真ん中あたりに位置していて、小さな児童公園に面していた。
 3つある入口のなかで、一番左手のものが僕の住まいに一番近い。
 真ん中の入り口では、お母さんたちが固まって井戸端会議に花を咲かせていた。
 ーうちも困ってるのよー
 初夏の風に乗って、会話が僕の耳にも届いてきた。
 -新しいの買うっていっても、あれ、けっこう高いでしょ?-
 -そうね。最近また値上がりして、犬の値段の倍くらいなんだってー
 -それじゃ、中古車一台分だよねー
 -トータルで見れば、安上がりだっていうことはわかってるんだけどー
 -せめて、もう少し長持ちしてくれるといいのにねえー
 聞くとはなしに聞いていると、うなじの産毛がぞわぞわと立ってきた。
 小走りに主婦集団の横を駆け抜ける。
 通り過ぎる瞬間、主婦たちの会話がぴたりと止まり、意味ありげな視線が僕のほうへと向けられた。
 顔を伏せ、最後の10メートルをダッシュで逃げた。
 3番目の入口に駆けこもうとした時である。
 猛烈な臭気に、僕は思わず脚を止めた。
 入り口の向かい側に、コンクリート製の囲いがある。
 コンクリートの塀だけで仕切られたそこは、C棟のごみ置き場だ。
 可燃物のスペースは空いているのに、その隣の不燃物のスペースに、パンパンに膨らんだゴミ袋がいくつも転がっていた。
 ごみ袋には真っ黒に蠅がたかっていて、間違いなく匂いはそこから来ているようだ。
 透明な袋を通して、いろいろなものがごちゃごちゃ詰め込まれているのが見えた。
 ぬいぐるみ類に混じって、筆箱やカバンなどの学用品も多い。
 その隙間に挟まった白い物体の正体がわかると、胃袋の底からすっぱいものがこみあげてきた。
 無性に怖くなった。
 ふと、佳世の言葉が耳の奥によみがえる。
 罪悪感と恐怖で息ができなかった。
 エレベーターを待つのももどかしく、2段飛びで階段を駆け上がった。
 5階まで一度も休むことなく駆け上がると、見慣れた鋼鉄の扉の前に立った。
「ただいま」
 インターホンを押す指が震えた。
「純なの?」
 鈴の転がるような声がして、通路に面した台所の窓にすらりとした影が映った。
 僕はほっと肩で息をした。
 ママが家にいるのだ。


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