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第3部 凶愛のエロス

♯1 試験

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 一週間前のあの日。
 榊由羅に呼び出されてホテルの部屋に赴いた杏里は、そこで衝撃的な光景に遭遇した。
 全裸で磔にされ、鞭打たれる由羅。
 攻めているのは、杏里たちのサポーターであるはずの、水谷冬美だった。
 由羅は自分に好意を抱いているのではないか。
 それまで杏里は、漠然とだが、そう思い込んでいた。
 態度は冷たいが、それは好意の裏返しなのではないか、と。
 そんな淡い期待を抱いていたのが裏目に出た。
 ショックと嫉妬で、杏里は己を見失った。
 また、目の前に展開される光景は、あまりに扇情的でありすぎた。
 いつのまにか杏里は、寝室のドアの陰に座り込み、無意識のうちに自分の股間をいじっていた。
 生地の上から触るだけでは飽き足らず、パンティをずらし、性器を剝き出しにする。
 充血した襞と襞の間に人差し指を滑り込ませ、愛液を指先に塗りつけて割れ目に沿って撫でさする。
 親指でクリトリスを探り当てると、それはすでに硬く膨らみ、充分に勃起していた。
 右手で膣をいじりながら、左手は服の下から乳房をまさぐっていた。
 掌で揉むと同時に、指先で乳首をつまみ、ひっぱり、ひねる。
 クリトリス同様、ふたつの乳首も痛いほど勃起していた。
 目を閉じた。
 杏里は由羅が時折上げる悦びの声だけを聞きながら。行為に没頭した。
 そうしてどれほどの間、自慰に我を忘れていたのか・・・。
 ふと気がつくと、寝室の明かりは消え、目の前に由羅が立っていた。
 細い体を真っ赤な革のビスチェがしめつけている。
 小ぶりな乳房が押し上げられ、薄桃色の乳首が見えていた。
 下も同じく赤い革製の赤い小さなパンティを身につけている。
 腰まわりが紐だけになった、異様にエロチックな極小のTバックだ。
 蝙蝠の翼のように左右に広がった髪。
 黒い縁取りのある吊りあがった眼。
「ざまあ、ねえな」
 せせら笑うように、いった。
 杏里はしばらくの間、ぼんやりと由羅のハート型の顔を見上げていた。
 が、やがて事態の滑稽さに思い至ると、耳朶まで赤くなった。
 そそくさとタンクトップを引き下ろして乳房を隠し、下着とスカートを元通りにした。
「ど、どういうことなの・・・?」
 かろうじて、声を絞り出す。
 恥ずかしくてならなかった。
 またオナニーの現場を由羅に見られてしまったのだ。
 これで二回目だった。
 しかも、今回は他ならぬ由羅の姿に欲情して、悶えていたのである。
 それを本人に目撃されてしまったという屈辱感は、もう生半可なものではなかった。
「いっぺん、釘刺しといたほうがいいと思ってさ」
 口許に薄笑いを浮べながら、由羅がいった。
「おまえはうちに欲情している。常に抱かれたいと思ってる。でも、ごらんの通りでね」
 由羅が、外人のように両手を広げるポーズをしてみせた。
「うちにはちゃんと恋人がいるのさ」

 その後のことは、ほとんど覚えていない。
 我に返ると、ホテルのロビーのソファに腰かけて、迷子の子供のように震えていた。
 頭の中が真っ白になり、何も考えられなかった。
 ただ、深い喪失感だけがあった。

 冬美から小田切のところに、
 -1週間後、由羅の最終試験を行うから、杏里と一緒に来て欲しいー
 そう連絡があったのは、その日の夜のことである。

 冬美が告げた研修センターの場所は、塩見が丘市からいちばん近い政令指定都市、東雲市の東雲国際空港に隣接していた。
 平日だったので杏里は学校を休み、小田切と一緒に飛行機でやってきたのだが、正直、あんなことがあった後でなぜ自分が呼ばれるのか、さっぱり理解できなかった。
 人の心をさんざん弄んでおいて・・・。
 その思いが消えない。
 立ち直るのに、どれだけ苦労したと思っているの?
 杏里が曲がりなりにも平静を取り戻すことができたのは、ヒュプノスである栗栖重人のおかげだった。
 あれから杏里は毎日のように重人を家に呼び、催眠療法を施してもらっていたのである。

 シャトルバスで滑走路を渡ると、そこからは徒歩だった。
 その建物はなんだか不時着したUFOのような外観をしていた。
 回転ドアをくぐってフロアに足を踏み入れる。
 正面にU字型をした受付のカウンターがあり、受付嬢がふたり坐っている。
 見た感じ、ごくふつうのコンベンションホールのような印象である。
 小田切は受付嬢に二言三言話しかけると、すぐに杏里の許に戻ってきて、いった。
「訓練場は地下だそうだ」
 奥のエレベーターを指差した。
 近づくと、
『会員専用』
 のプレートが、扉の横にかかっていた。
 ほかに人気はなく、小田切とふたりきりでエレベーターに乗る。
 外観からは想像がつかないが、建物は地下5階まであった。
 最深層でエレベーターを降りると、メタリックな色合いの壁に囲まれた通路に出た。
 目の前にまた受付があり、今度は自衛隊員のような制服を着た男がふたり、その後ろに陣取っていた。
 小田切が運転免許証みたいなものを手にかざして、見せる。
 杏里たちタナトスや、由羅たちパトスを管理する機関、小田切の言葉を借りると"上”の身分証明証なのだろう。
「通路を奥へ進んで、突き当りを右へ」
 男のひとりがいった。
 いわれた通りに進むと、スチール製の大きな扉にぶつかった。
 脇にまた自衛隊員ぽい身なりの男が立っている。
 小田切が証明証を見せる。
「どうぞ」
 男がドアを開けた。
 中は、吹き抜けの空間だった。
 杏里たちはコの字型の通廊の端っこに立っていた。
 手すりから身を乗り出して覗くと、10mほど下方に格納庫のように殺風景な床が広がっていた。
「いらっしゃい」
 声がしたので振り向くと、ドアのひとつが開いて、水谷冬美が出てきたところだった。
 髪をポニーテールに束ね、白衣を着ている。
 一瞬、あのときの冬美の姿が脳裏をかすめ、杏里は目をそらした。
 ボンテージ風の衣装。
 ひきしまったたくましい尻。
 そして、由羅の幼い唇を貪るように吸ったあの横顔・・・。
「もうすぐ始まるわ」
 いつもの、感情を殺したクールな口調で、冬美がいった。
「お手並み拝見といくかな」
 小田切がうなずいた。
 視界の隅で何かが動いた。
 杏里はもう一度、手すりから身を乗り出し、下を見た。
 真下の扉が開いて、由羅が出てきた。
 黒いノースリーブの革製のベスト。
 歩くだけで下着が見えそうになるくらい短い、真っ赤な革のスカート。
 髪の毛は相変らず、羽ばたこうとする蝙蝠の翼の形のままだ。
 声をかけるべきかどうか、杏里はためらった。
 あれだけの屈辱を味あわされて、いったい何をいえばいいというのだ。
 そう思わずにはいられない。
 そのとき、何かを感じたように由羅が顔を上げた。
 目が合った。
 黒く縁取られた、驚くほど切れ長の目。
 吸い込まれそうになるくらい、その瞳は黒い。
「よォ」
 右手を軽く上げて、由羅が笑った。

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