20 / 58
第1部 激甚のタナトス
#18 死と再生の儀式
しおりを挟む
自分がなぜそこまでして生きようとするのか、理解できなかった。
いや、その前に、なぜこんな状態になっても死ねないのか、それがそもそもわからなかった。
とにかく、気がつくと杏里は床にぶちまけられた己の臓物を拾い集め、腹腔につめこんでいたのだった。
表面を血と粘液で覆われた臓物の塊は、ぬるぬる滑ってなかなかつかめなかった。
特に腸はどこがどうつながっているのか皆目見当がつかず、順番も何もわからないので、はみ出さないようにぎゅうぎゅうに詰め込むのが精一杯だった。
残り物がないかどうかを確かめ、作業が終了すると腹の裂け目を両手でしっかり押さえて、しばらくソファに横になった。
10分もすると、皮膚と皮膚が癒着し始めたのがわかった。
一度歩いてみようとしたら、臓器の重みで裂目が開いて腸の一部が飛び出してきたので、もうしばらく休むことにした。
あずさはすっかり眠ってしまっており、いっこうに目を覚ます気配がなかった。
自分はいったい何をやったのだろう、と杏里は思った。
なぜこの人は、こんなに幸せそうな顔をしているのだろう・・・。
1時間後、杏里は腹を押さえて自宅への道を歩いていた。
いつまでもあずさの家に居るわけにも行かなかった。
というより、もうあずさと一緒に居る必要性自体、なくなっていた。
杏里にも、結局、彼女も萌たちと同じだったのだ、ということだけは、なんとなく理解できたのである。
歩くと振動で腹の中の臓器が不自然に蠢いた。
ときには足を止めて蠢動が収まるのを待たねばならなかった。
が、いつもの倍以上の時間をかけてゆっくり歩いていると、次第に不自然な感じは収まっていった。
玄関の鍵は開いたままだった。
父と顔を合わせるのはできれば避けたかった。
体調が普通であれば、家出も可能だったかもしれない。
が、そんな元気はなかった。
死にこそしなかったものの、大量の血液を失って、杏里は今や立っているのがやっとの状態だった。
そうなるともう、杏里にとって帰る場所はここしかなかったのだ。
玄関口に、男物の靴があった。
杏里は顔をしかめた。
父のものだった。
戻っていたのだ。
一瞬、回れ右して逃げようかと考えた。
が、すぐにどうでもよくなった。
ふと、この体で父に犯されたらどうなるだろう、と思った。
内臓が全部飛び出して、今度こそ死ねるかもしれない。
そう考えると、自虐的な笑いがこみ上げてきた。
それならそれでいい。
私に、生きる意味なんて、ない。
どうせなら、父に殺してもらうのだ。
「ただいま」
つい習慣的にそう口にしていた。
「お父さん、ご飯食べてきた?」
いいながら靴を脱ぎ、四畳半に上がった杏里は、そこで固まった。
奥の六畳間の酸で、何か大きなものが揺れていた。
初め、また良子の幻を見ているのかと思った。
だが、今度のそれはいつまでも消えなかった。
首を吊っているのは、父だったからである。
首吊り死体であるにもかかわらず、なぜか父は安らかな死に顔をしていた。
どれだけそうして父の死体と向き合っていたのか。
ふと、杏里は後ろから肩を叩かれて、びくっと体を硬直させた。
「ごくろうさま」
振り向くと、ぼさぼさ頭の青年と、スーツに身を固めた美しい女が立っていた。
「ごくろうさま、杏里。合格だよ」
ぼさぼさ頭を掻きながら、白衣姿の小田切がいった。
いや、その前に、なぜこんな状態になっても死ねないのか、それがそもそもわからなかった。
とにかく、気がつくと杏里は床にぶちまけられた己の臓物を拾い集め、腹腔につめこんでいたのだった。
表面を血と粘液で覆われた臓物の塊は、ぬるぬる滑ってなかなかつかめなかった。
特に腸はどこがどうつながっているのか皆目見当がつかず、順番も何もわからないので、はみ出さないようにぎゅうぎゅうに詰め込むのが精一杯だった。
残り物がないかどうかを確かめ、作業が終了すると腹の裂け目を両手でしっかり押さえて、しばらくソファに横になった。
10分もすると、皮膚と皮膚が癒着し始めたのがわかった。
一度歩いてみようとしたら、臓器の重みで裂目が開いて腸の一部が飛び出してきたので、もうしばらく休むことにした。
あずさはすっかり眠ってしまっており、いっこうに目を覚ます気配がなかった。
自分はいったい何をやったのだろう、と杏里は思った。
なぜこの人は、こんなに幸せそうな顔をしているのだろう・・・。
1時間後、杏里は腹を押さえて自宅への道を歩いていた。
いつまでもあずさの家に居るわけにも行かなかった。
というより、もうあずさと一緒に居る必要性自体、なくなっていた。
杏里にも、結局、彼女も萌たちと同じだったのだ、ということだけは、なんとなく理解できたのである。
歩くと振動で腹の中の臓器が不自然に蠢いた。
ときには足を止めて蠢動が収まるのを待たねばならなかった。
が、いつもの倍以上の時間をかけてゆっくり歩いていると、次第に不自然な感じは収まっていった。
玄関の鍵は開いたままだった。
父と顔を合わせるのはできれば避けたかった。
体調が普通であれば、家出も可能だったかもしれない。
が、そんな元気はなかった。
死にこそしなかったものの、大量の血液を失って、杏里は今や立っているのがやっとの状態だった。
そうなるともう、杏里にとって帰る場所はここしかなかったのだ。
玄関口に、男物の靴があった。
杏里は顔をしかめた。
父のものだった。
戻っていたのだ。
一瞬、回れ右して逃げようかと考えた。
が、すぐにどうでもよくなった。
ふと、この体で父に犯されたらどうなるだろう、と思った。
内臓が全部飛び出して、今度こそ死ねるかもしれない。
そう考えると、自虐的な笑いがこみ上げてきた。
それならそれでいい。
私に、生きる意味なんて、ない。
どうせなら、父に殺してもらうのだ。
「ただいま」
つい習慣的にそう口にしていた。
「お父さん、ご飯食べてきた?」
いいながら靴を脱ぎ、四畳半に上がった杏里は、そこで固まった。
奥の六畳間の酸で、何か大きなものが揺れていた。
初め、また良子の幻を見ているのかと思った。
だが、今度のそれはいつまでも消えなかった。
首を吊っているのは、父だったからである。
首吊り死体であるにもかかわらず、なぜか父は安らかな死に顔をしていた。
どれだけそうして父の死体と向き合っていたのか。
ふと、杏里は後ろから肩を叩かれて、びくっと体を硬直させた。
「ごくろうさま」
振り向くと、ぼさぼさ頭の青年と、スーツに身を固めた美しい女が立っていた。
「ごくろうさま、杏里。合格だよ」
ぼさぼさ頭を掻きながら、白衣姿の小田切がいった。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる