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第1章 転校生

#17 襲撃

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 階段を降りてすぐ右手にあるその部屋は、理科準備室だった。
 体育の授業の時、うちのクラスの男子が着替えに使っているあの部屋である。
 理科の実験自体、授業であまり行われないため、使用頻度は低い。
 だから、この時間なかに誰かいることは珍しい。
 なのに、足音を忍ばせて扉に近づいてみると、確かに人の気配がした。
 腕時計で時間を確認する。
 始業まで後10分足らず。
 杏里はこんなところで、誰と何をしているのだろう。
 どうしよう。
 中に入るべきか、あるいはもう少し聞き耳を立てて、なかの様子を窺うべきか。
 が、私にためらいを捨てさせたのは、引き続き聞こえてきた衣ずれの音だった。
 思い切って引き戸に手をかけ、5センチほど引いた。
 すき間からなかを覗いてみると、異様な光景が視界に飛び込んできた。
 薬品やら実験器具やらが並んだ2本の棚。
 その間の狭い空間に、こちらを向いて杏里が立っていた。
 私は危うく声を上げそうになった。
 背後から伸びた2本の腕が、杏里の身体を抱きしめている。
 それだけでなく、片方の手はセーラー服のえり元から胸をまさぐり、もう片方の手は短いスカートを臍のあたりまでたくし上げ、下着の中に半ば掌を突っ込んでいるのだ。
「やめて…」
 杏里は眉間に縦じわを寄せ、背後の誰かに向かって話しかけている。
「もうすぐ授業が、始まっちゃう。こんなことしてちゃ、だめだよ」
「うるさい」
 杏里の後ろから声がした。
 どこかで聞いたことのある声だった。
「おまえが悪いんだ。そんな挑発的な格好して、これみよがしに尻を振って歩きやがって。ほんとはおまえこそ、こうしてほしかったんだろ? 欲求不満で、してほしくてたまんないんだろ?」
「そんなこと…」
 セーラー服の上からでも、5本の指が杏里のふくよかな乳房を鷲掴みにしているのがわかる。
 パンティのほうも同じだった。
 ”唇”を探り当てようとしているのか、局部のあたりでしきりに指が動いている。
「だめ…。指を、入れないで」
 目をいっぱいに見開き、懇願するように杏里が言った。
「そこ、きたないったら。私、さっきトイレに行ったばかりなのに」
 囁くような声だった。
 杏里は単に事実を述べているだけのつもりなのだろうが、それは聞きようによってはとてつもなく淫靡な言葉だった。
「だ、だからいいんじゃないか」
 杏里の右肩の上に、男の顔が現れた。
「どうせなら、脱げよ。脱いで、俺に舐めさせろよ。おまえの汚れたあそこをさ」
 顏を出したのは、黒縁眼鏡をかけた真面目そうな少年だった。
 ただ、ふだんとは人が変わったように目をぎらつかせ、興奮に我を忘れているようだ。
 長い舌を伸ばし、しきりに杏里の首筋を舐めている。
 うちのクラスの、梶井康彦。
 梶井は目立たない、いわゆる陰キャラ的な生徒である。
 勉強も運動も中くらい。
 授業中はいつも窓から外の景色を眺めている。
 正直いるかいないかわからないほど、存在感の薄いやつ。
 その梶井が、杏里を襲っているのだ。
 許せない。
 胸の底から暗い怒りが沸き上がった。
 が、私は動けなかった。
 同時に、その光景に魅了されてしまっていたのである。
 少年の手で胸と局部を弄り回され、苦痛に顔を歪める杏里の姿はたまらなく煽情的だった。
 本来なら、私は梶井を阻止すべく、マスクを外して真っ先に飛び出すべきだったろう。
 だが、そうする代わりに、私はポケットの中からスマホを取り出していた。
 音が響くのも忘れて、夢中でシャッターを切る。
 撮れた。
 小躍りする思いだった。
 すごい。
 私の杏里コレクションのこれからの方向性を示す、珠玉の一枚だ。
 幸い、緊迫した雰囲気のふたりの耳には、そのシャッター音は届かなかったようだ。
「な? いいだろ? 脱げよ。おまえもほんとは、舐めてほしいんだろ?」
 鼻息も荒く、梶井が言った。
 右手がパンティにかかり、下に引きずり下ろそうとしている。
 杏里のなめらかな下腹があらわになり、もう少しで割れ目が見えそうになっていた。
 予想外のことが起こったのは、その時である。
「その必要はないよ」
 杏里がひどく醒めた声でそうつぶやくと、やにわに両手を腰の後ろに回したのだ。
「あふ」
 数秒遅れて、杏里の肩の上で、梶井の童顔が真っ赤に脹れ上がった。
「くう」
 子犬のような声で鳴くと、杏里から身体を離し、よろよろとあとじさる。
 ズボンの前を押えていた。
 つんと鼻を突く匂いが漂った。
 これ…。
 私は茫然とした。
 この匂い…。
 嗅いだことがある。
 これまでに母の生贄になった男はふたり。
 10代の少年と20代の市職員。
 母にアナルと性器を同時に責められて、ふたりが放ったものの匂いが、これと同じなのだ。
 床にうずくまった梶井には眼もくれず、水を切るように杏里が汚れた両手を振った。
 そして、引き戸の隙間から覗いている私を正面から見据えると、にっこり笑ってこう言った。
「ごめんね、よどみ、待たせちゃって。今手を洗うから、もう少しだけ、待っててくれる?」
「う、うん」
 私はつられて、ついそう返事をしてしまっていた。
 ショックで頭が真っ白になっていた。
 杏里は、知っていたのだ。
 初めから。
 私の覗き行為と…。
 そしておそらく、盗撮も。
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