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日差しは強いが、風に秋の気配が混じり始めている。
8月下旬。
夏休みも最後の週に入り、私は図書室で宿題の追い込みに大わらわだった。
隣の席では、翔ちゃんが数学の参考書を広げている。
私と違い、宿題などとうの昔に終わらせてしまった翔ちゃんは、すでに受験勉強モードである。
2学期になれば、いよいよ高校受験も近い。
あーあ、こんなんで、ほんとに彼女と同じ県立高校に進めるだろうか。
私はシャーペンを置くと、机に頬杖を突き、窓から見える田舎の風景にぼんやり視線を投げた。
この街を震撼させたゾンビ騒動は、一応の鎮静化を迎えていた。
実際にゾンビ化したのが、遺跡近くに駐留していたSATの隊員たちだけで、政府が情報管制を敷いてしまったせいもある。
あとは、ゾンビ化を引き起こす寄生虫、新種ロイコの弱点が早々に判明したのも大きかった。
流伽と虎次郎氏の推測通り、ロイコは桃に含まれるクエン酸や果糖などの成分に弱かったのである。
私たちが取り調べを受けた翌日には、科捜研がすでに分析を終えており、町の周りには非常線が張られ、住民はひとり残らず寄生虫検査を受けることになった。
どこから情報がもれたのか、町なかにはあちこちに桃の直売所が出現し、自動販売機の飲み物はピーチジュース一色に埋め尽くされた。
ロイコ入りナメクジが大量発生している里山の前の湿地帯は自衛隊の火炎放射器で焼き尽くされ、野犬たちは猟友会のおじさんたちの手によって狩り尽くされた。
里山のふもとで見つかった例の遺跡は、あまりに危険ということで、コンクリートで全体を固められ、リニア新幹線の軌道敷設も大幅な変更を余儀なくされたようだ。
これも虎一郎氏の指摘通り、地底の玄室から新種ロイコの卵を含んだ水を詰めた甕がいくつも発見されたからである。
「ねえ、ちょっと休憩しない?」
翔ちゃんの声に、私は顔を上げた。
校庭では、男子に混じってなぜか由羅がバッターボックスに立っている。
あの子、高校生のくせに何やってんの?
そう思うと、笑いが込み上げてきた。
「いいよ。もう英文なんて、見るのもうんざり」
私は大きく伸びをした。
校庭に出て、水飲み場に向かう。
水道の蛇口をひねると、出て来たのは100%果汁入りのピーチジュースである。
甘ったるいけど、おいしい。
喉を鳴らしておなかいっぱい飲み干すと、
「絵麻、知ってる?」
陽射しに目を細め、遠くの山々の稜線に目をやりながら、翔ちゃんが訊いてきた。
「何?」
ゲップをひとつ漏らして、翔ちゃんの隣に座る。
ベンチは木陰にあるので、風がよく通って、涼しいのだ。
「最近、旧墓地の近くのトンネルでね、よく出るんだって」
旧墓地?
トンネル?
どっかで聞いたような…。
「出るって、ひょっとして、噛み子のこと?」
思い出した。
いつか、天草君が話してくれた、口だけの妖怪だ。
「うん。で、私、思うんだ」
翔ちゃんは遠い眼をしている。
なんだか、過去を見通すような、そんな静かに澄んだまなざしだ。
「古墳から蘇ったのは、古代の寄生虫だけじゃなかったのかもしれないって」
「こ、こわいこと、言わないでよ」
私は思わず翔ちゃんの半袖の制服にしがみついた。
その時だった。
目の前をすっと光が横切って、何かが水飲み場に舞い降りた。
8月下旬。
夏休みも最後の週に入り、私は図書室で宿題の追い込みに大わらわだった。
隣の席では、翔ちゃんが数学の参考書を広げている。
私と違い、宿題などとうの昔に終わらせてしまった翔ちゃんは、すでに受験勉強モードである。
2学期になれば、いよいよ高校受験も近い。
あーあ、こんなんで、ほんとに彼女と同じ県立高校に進めるだろうか。
私はシャーペンを置くと、机に頬杖を突き、窓から見える田舎の風景にぼんやり視線を投げた。
この街を震撼させたゾンビ騒動は、一応の鎮静化を迎えていた。
実際にゾンビ化したのが、遺跡近くに駐留していたSATの隊員たちだけで、政府が情報管制を敷いてしまったせいもある。
あとは、ゾンビ化を引き起こす寄生虫、新種ロイコの弱点が早々に判明したのも大きかった。
流伽と虎次郎氏の推測通り、ロイコは桃に含まれるクエン酸や果糖などの成分に弱かったのである。
私たちが取り調べを受けた翌日には、科捜研がすでに分析を終えており、町の周りには非常線が張られ、住民はひとり残らず寄生虫検査を受けることになった。
どこから情報がもれたのか、町なかにはあちこちに桃の直売所が出現し、自動販売機の飲み物はピーチジュース一色に埋め尽くされた。
ロイコ入りナメクジが大量発生している里山の前の湿地帯は自衛隊の火炎放射器で焼き尽くされ、野犬たちは猟友会のおじさんたちの手によって狩り尽くされた。
里山のふもとで見つかった例の遺跡は、あまりに危険ということで、コンクリートで全体を固められ、リニア新幹線の軌道敷設も大幅な変更を余儀なくされたようだ。
これも虎一郎氏の指摘通り、地底の玄室から新種ロイコの卵を含んだ水を詰めた甕がいくつも発見されたからである。
「ねえ、ちょっと休憩しない?」
翔ちゃんの声に、私は顔を上げた。
校庭では、男子に混じってなぜか由羅がバッターボックスに立っている。
あの子、高校生のくせに何やってんの?
そう思うと、笑いが込み上げてきた。
「いいよ。もう英文なんて、見るのもうんざり」
私は大きく伸びをした。
校庭に出て、水飲み場に向かう。
水道の蛇口をひねると、出て来たのは100%果汁入りのピーチジュースである。
甘ったるいけど、おいしい。
喉を鳴らしておなかいっぱい飲み干すと、
「絵麻、知ってる?」
陽射しに目を細め、遠くの山々の稜線に目をやりながら、翔ちゃんが訊いてきた。
「何?」
ゲップをひとつ漏らして、翔ちゃんの隣に座る。
ベンチは木陰にあるので、風がよく通って、涼しいのだ。
「最近、旧墓地の近くのトンネルでね、よく出るんだって」
旧墓地?
トンネル?
どっかで聞いたような…。
「出るって、ひょっとして、噛み子のこと?」
思い出した。
いつか、天草君が話してくれた、口だけの妖怪だ。
「うん。で、私、思うんだ」
翔ちゃんは遠い眼をしている。
なんだか、過去を見通すような、そんな静かに澄んだまなざしだ。
「古墳から蘇ったのは、古代の寄生虫だけじゃなかったのかもしれないって」
「こ、こわいこと、言わないでよ」
私は思わず翔ちゃんの半袖の制服にしがみついた。
その時だった。
目の前をすっと光が横切って、何かが水飲み場に舞い降りた。
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