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第6章 アンアン魔界行
#23 アンアン、百鬼夜行⑭
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「ヤバいよ、俺、しょんべんちびっちまったよ」
内股でもじもじしながら、一ノ瀬がぼやいた。
「汚いやつだな。何びびってんだ。こんなの魔界じゃ日常茶飯事だぞ。喧嘩もレイプも暴力沙汰も、どうせどっちか食われておしまいだから、警察もよほどの大事件でない限り、介入しないで放置なんだ。ここへ来た以上、早く魔界のルールに慣れるんだな」
片手を上げてタクシーを止めながら、アンアンが言う。
「む、無理…」
一ノ瀬のひょろ長い顔はすでに蒼白である。
それはおそらく僕も同じで、救いなのはまだ失禁までは至っていないことくらいだった。
「親父に見つかると面倒だ。先を急ぐぞ」
目の前にタクシーが停まると、アンアンが真っ先に乗りこんだ。
「どちらまで?」
運転手は制帽に制服姿のコモドオオトカゲだ。
なのにちゃんと日本語をしゃべるから不思議である。
「シャフト」
短くアンアンが答えた。
「おや? そのお顔と声はひょっとして」
アンアンの正体に気づいたのか、運転手の縦長の瞳がきらりと光った。
「それ以上言うな。もちろん、王宮にたれこんだりしようものならお前の命はない」
「ふふっ、相変わらずだね。お姫様」
帽子を目深にかぶると、運転手のトカゲがにやりと笑った。
助手席に阿修羅、後部座席にアンアンと僕。
一ノ瀬は臭いという理由でトランクの中だった。
「おまえの家、つまり、魔王の宮殿って、どこにあるんだ?」
車が走り出すと、僕は小声でアンアンに耳打ちした。
「魔宮の所在地はネオ東京だから、ここからかなり遠い。どうせあたしが舞い戻ったことはすぐにバレるだろうけど、距離があるから追手が来る前にシャフトには乗れるだろう」
「ネオシャンハイの次は、ネオ東京か。なんでみんな人間界の地名に”ネオ”をつけただけなんだ?」
「知らない。きっと、名前を考えるのが、面倒だったからだろう」
「そんな、いい加減な」
アンアンの言葉通りだとすると、魔界はほとんどの部分で人間界のものをちゃっかり拝借していることになる。
テレビ番組もそうだし、ネット回線も、自動車も…。
そのしたたかさは、ある意味、中華圏のコピー文化に似ているといえなくもない。
「ガネーシャの言ってた餓鬼の件はどうなのかしら? ねえ、運転手さん、餓鬼って見たことある?」
過ぎ行く車窓の風景を眺めながら、阿修羅が訊いた。
「ああ、餓鬼ね。最近滅茶苦茶増えてるよ。昼間はまだいいが、日が沈んだら裏通りには行かないことだ。下手すると、大群に襲われて骨まで喰われちまう」
バックミラーの中のトカゲ顔が、いやそうにひきつった。
「うーん、やっぱ、本当だったんだね」
いつも余裕しゃくしゃくの阿修羅の横顔も、今度ばかりは少し強張っているようだ。
「年末の格闘技選手権で鬼が優勝しちまっただろ? あれで地獄界のやつら、自信をつけちゃったみたいでさ。餓鬼だけじゃない、街中で羅刹を見かけたって噂もあるほどさ」
「羅刹かあ。それが本当なら、笑い事じゃ済まないね」
「そのべっぴん顔、あんた、ミドルバベルの阿修羅王ちゃんだろ? できればアンアン王女さまとあんたのタッグで出てほしかったなあ。格闘技選手権」
「それは無理でしょ。あたしたち未成年だもん」
などという会話を聞くとはなしに聞いていると、前方に巨大なボイラーみたいなものが見えてきた。
ビル群に囲まれた広場のど真ん中に、途方もなくでかい灰色の円柱がそびえ立っている。
「あれがシャフトだ」
せっかちにシートベルトをはずしながら、アンアンが言った。
「ガーディアンに見つかると鬱陶しいから、気をつけろ」
内股でもじもじしながら、一ノ瀬がぼやいた。
「汚いやつだな。何びびってんだ。こんなの魔界じゃ日常茶飯事だぞ。喧嘩もレイプも暴力沙汰も、どうせどっちか食われておしまいだから、警察もよほどの大事件でない限り、介入しないで放置なんだ。ここへ来た以上、早く魔界のルールに慣れるんだな」
片手を上げてタクシーを止めながら、アンアンが言う。
「む、無理…」
一ノ瀬のひょろ長い顔はすでに蒼白である。
それはおそらく僕も同じで、救いなのはまだ失禁までは至っていないことくらいだった。
「親父に見つかると面倒だ。先を急ぐぞ」
目の前にタクシーが停まると、アンアンが真っ先に乗りこんだ。
「どちらまで?」
運転手は制帽に制服姿のコモドオオトカゲだ。
なのにちゃんと日本語をしゃべるから不思議である。
「シャフト」
短くアンアンが答えた。
「おや? そのお顔と声はひょっとして」
アンアンの正体に気づいたのか、運転手の縦長の瞳がきらりと光った。
「それ以上言うな。もちろん、王宮にたれこんだりしようものならお前の命はない」
「ふふっ、相変わらずだね。お姫様」
帽子を目深にかぶると、運転手のトカゲがにやりと笑った。
助手席に阿修羅、後部座席にアンアンと僕。
一ノ瀬は臭いという理由でトランクの中だった。
「おまえの家、つまり、魔王の宮殿って、どこにあるんだ?」
車が走り出すと、僕は小声でアンアンに耳打ちした。
「魔宮の所在地はネオ東京だから、ここからかなり遠い。どうせあたしが舞い戻ったことはすぐにバレるだろうけど、距離があるから追手が来る前にシャフトには乗れるだろう」
「ネオシャンハイの次は、ネオ東京か。なんでみんな人間界の地名に”ネオ”をつけただけなんだ?」
「知らない。きっと、名前を考えるのが、面倒だったからだろう」
「そんな、いい加減な」
アンアンの言葉通りだとすると、魔界はほとんどの部分で人間界のものをちゃっかり拝借していることになる。
テレビ番組もそうだし、ネット回線も、自動車も…。
そのしたたかさは、ある意味、中華圏のコピー文化に似ているといえなくもない。
「ガネーシャの言ってた餓鬼の件はどうなのかしら? ねえ、運転手さん、餓鬼って見たことある?」
過ぎ行く車窓の風景を眺めながら、阿修羅が訊いた。
「ああ、餓鬼ね。最近滅茶苦茶増えてるよ。昼間はまだいいが、日が沈んだら裏通りには行かないことだ。下手すると、大群に襲われて骨まで喰われちまう」
バックミラーの中のトカゲ顔が、いやそうにひきつった。
「うーん、やっぱ、本当だったんだね」
いつも余裕しゃくしゃくの阿修羅の横顔も、今度ばかりは少し強張っているようだ。
「年末の格闘技選手権で鬼が優勝しちまっただろ? あれで地獄界のやつら、自信をつけちゃったみたいでさ。餓鬼だけじゃない、街中で羅刹を見かけたって噂もあるほどさ」
「羅刹かあ。それが本当なら、笑い事じゃ済まないね」
「そのべっぴん顔、あんた、ミドルバベルの阿修羅王ちゃんだろ? できればアンアン王女さまとあんたのタッグで出てほしかったなあ。格闘技選手権」
「それは無理でしょ。あたしたち未成年だもん」
などという会話を聞くとはなしに聞いていると、前方に巨大なボイラーみたいなものが見えてきた。
ビル群に囲まれた広場のど真ん中に、途方もなくでかい灰色の円柱がそびえ立っている。
「あれがシャフトだ」
せっかちにシートベルトをはずしながら、アンアンが言った。
「ガーディアンに見つかると鬱陶しいから、気をつけろ」
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