夜通しアンアン

戸影絵麻

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第4章 海底原人

#14 アンアンと海底原人①

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「で、出たあ!」
 一ノ瀬が腰を抜かしたのも無理はない。
 プールの真ん中あたりで、異変が起こっていた。
 水中から踊り出したおびただしい数の魚たちがらせんを描き、次第に何者かの姿を形作っていく。
 銀色の腹を見せてぴちぴち跳ねる魚の大群が融合すると、そこに不気味な生物が現れた。
 身体中から鋭角のひれが突き出し、全身を青緑色の鱗に覆われた二足歩行の巨大生物である。
「は、半魚人…」
 一ノ瀬の言う通りだった。
 それは、子供の頃モンスター図鑑で見た半魚人にそっくりだった。
 ただ、サイズが違い過ぎる。
 やたらでかいのだ。
 身長20メートルは優にありそうだ。
「来やがったな、ダゴン」
 アンアンの切れ長の目がきらりと光った。
「ここは危険だ。元気、そのアメンボを連れて阿修羅のところに行け。あれはあたしがカタをつける」
「わ、わかった」
 相手があんなにも大きくては、とても僕などの出る幕はない。
 アメンボ呼ばわりされて呆然とする一ノ瀬を引きずって、階段から下に下りた。
 周囲の悲鳴がどよめきに変わり、ふと見上げると早くもアンアンが巨大化していた。
 プールの客たちにとってはまさに青天の霹靂、目の保養といってよかったろう。
 なんせ、露出度80パーセントの真紅の紐水着の巨大美少女が、突然プールの真ん中に立ち現れたのである。
 誰もが女神の降臨をそこに幻視したとしても、ちっとも不思議はない。
 プールサイドに駆けあがると、阿修羅がちょうど、巨大フナムシの軍団を蹴散らし終えたところだった。
「ダゴンのやつ、やっとお出ましだね」
 ピッと両手を振ってフナムシの体液を振り払いながら、あまり緊迫感の感じられない口調で阿修羅が言った。
「あれがダゴンか」
 アンアンと対峙する半魚人を遠目に見て、僕はつぶやいた。
「それにしてもあいつ、今まで何やってたんだろう? 水槽の中に入り込んで魚を喰ったりオルカショーに出てみたり、いちいち行動が謎過ぎる」
「わたしが思うに、あれは色々な生き物を吸収して、対アンアン用の武器になるものを探してたんじゃないかな。だってほら、ダゴンのあの恰好。身体中から、いろんなものが生えてるでしょ?」
 阿修羅が指さした。
「ほんとだ」
 僕は目を見張った。
 よくよく見ると、ダゴンはただの半魚人ではなかった。
 肩からはタコの触手、右手はシオマネキのハサミ、わき腹からはタカアシガニの脚、口はサメのそれと、何種類もの海棲生物のキメラになっているようなのだ。
「ヤバいな、アンアン、触手に弱かったからな」
 この前のサマエル戦を思い出して、僕は言った。
「二度も同じ手に引っかかるほど、アンアンはマヌケじゃないと思うけど…でも、油断は禁物だね」
 パラソルの下のチェアに寝そべると、気持ちよさそうに背筋を伸ばして阿修羅が言った。
「あれ? 助けに行かないの?」
 意外に思ってたずねると、
「最初に言ったでしょ。今回はわたし、見てるだけ。アンアンは手を出すなって言い張るしさ。それに、いざとなったらゲストの玉がいるしね」
 僕は眉をひそめた。
 玉だって?
 あの眼鏡っ子が、こんな時に何の役に立つっていうのだろう?

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