夜通しアンアン

戸影絵麻

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第2章 蠅の王

#11 アンアンと二人目の貴公子⑦

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 バスを降り、家の前に立つなり、僕はその異変に気づいてぎょっとなった。

 1階から2階まで、外壁が真っ黒に塗りつぶされているのである。

 しかも、ただ黒いだけではなく、よく見ると、壁の表面がぞわぞわ蠢いている。

 そして、この音。

 可聴域ぎりぎりのブーンという振動音が、僕の家を中心にして、周囲一帯に響き渡っているのだ。

「マジか」

 僕は天を仰ぐ思いで、アンアンを振り返った。

「蠅だ。大量の蠅が、家を押し包んでるぞ」

「予想以上にしぶといな」

 アンアンは怒ったように眉を吊り上げている。

「ベルゼブブのやつ、確かに魔界に送り返してやったはずなんだが」

「どうするんだ? このままじゃ、家に入れない。ていうか、間違いなく近所からクレームが来る」

「待ってろ」

 アンアンが前へ進み出た。

 何をするつもりかと見ていると、すっと右手を伸ばし、手のひらを立てた。

「悪霊退散! デビルストーム!」

 グォォォォォーン!

 巻き起こったのは、小型の竜巻というか、つむじ風だった。

 つむじ風は周りの空気を巻き込み、たちまちのうちに電柱ほどの高さに成長すると、その尻尾で我が家を包みこんだ。

 抜群の吸引力がおびただしい数の蠅たちを吸い上げ、宙でめりめりと押しつぶしていく。

 家が元の外観に戻るのに、2分とかからなかった。

「これでどうだ」

 アンアンが言い、何の迷いもない足取りで、玄関の戸を開けた。

「お、おい、もしかして、中に」

 慌てて呼び止めたが、

「その時はその時さ」

 アンアンは振り向きもせず、三和木でスニーカーを脱ぎ、ずんずん家の中に上がっていってしまう。

「ま、待てよ」

 急いで後を追ったところで、僕は猛烈な尿意に襲われた。

 バスに乗っているあいだじゅう、がまんしていたのを忘れていたのだ。

 トイレは1階の廊下に面している。

 まっすぐ行くと、アンアンが使っている二間にぶつかり、トイレの向かい側が浴室である。

 自分の部屋に入ってしまったのか、廊下にアンアンの姿はない。

 カラオケボックスでの口論が後を引いているのだろう。

 アンアンのやつ、珍しくふさぎこみ気味なのだ。

「しょうがないな」
 
 まずはトイレだ。

 僕の家のトイレは、手前が洋式で、奥が和式である。

 男子用というものはなく、個室がふたつ並んでいるだけだ。

 洋式のほうのドアを開けた時だった。

 僕は文字通り、ぎゃっと悲鳴を上げ、5センチほど飛び上がった。

 便座に、ありえないものが座っている。

「な、ななななんだ? おまえは」

 口をわななかせ立ちすくんでいると、便座に座っているものー。

 等身大のそいつが、つぶらな瞳を僕に向けて訊いてきた。

「見ての通り、ただのミジンコですが、何か?」





 
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