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第6章 アンアン魔界行
#111 アンアン、地獄をめくる⑤
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「でもさ、あれじゃん。ラスが一番下の層にいるとは限らないんじゃね? ひょっとしてさ、あの閻魔様のお城に捕まってたりしてさ。だったら何も、わざわざ地獄に下りて行かなくてもいいんじゃね? 閻魔様に事情を話せばさ、素直に返してくれるんじゃね?」
尚も言い募る一ノ瀬だったが、アンアンはその軽い口調が気に入らないらしく、苛々とかみついた。
「ラスが近くに居れば、あたしにはすぐにわかるんだよ。少なくとも、この同一平面上にはいない。それは確実だ。だったら、下に降りていくしかないだろう」
というわけで、第1階層である。
すり鉢を滑り降りたそこは、白い靄に覆われただだっ広い平地だった。
靄の向こうにおびただしい人影が見えるけど、何をやっているのか、わからない。
時折悲鳴や絶叫が聞こえるのは、ここが地獄だから仕方ないのかもしれないが、それにしても薄気味悪い。
「ここは等活地獄といってね、比較的罪が軽い者が落とされるところなの」
沸き起こる悲鳴にも眉ひと筋動かさず、阿修羅は靄の中をずんずん進んでいく。
ちなみに今の彼女は、裸同然の恰好から、轟天号の中にあったボディスーツに着替えている。
黒いエナメル製のライダースーツみたいな、やたら胸を強調したスタイルだ。
ボトムは小股の切れ上がった短パンになっていて、膝まである頑丈そうなブーツを履いている。
阿修羅に続いておっかなびっくり歩いていると、靄が薄れ、ようやく周囲の様子が見えてきた。
それは、見るからに悲惨な光景だった。
あろうことか、刃物を持った半裸の人間たちが、何事かわめきながら、互いに切りつけ合っているのだ。
刀やナイフ、包丁や斧。
とにかく、老若男女誰もが、ありとあらゆる得物を駆使して、近くの亡者に容赦なく襲いかかっているのである。
あちこちで腕が飛び、頭蓋が割れ、血がしぶき、はらわたが引きずり出されている。
断末魔の悲鳴が幾重にも重なり合って、わんわんとこだまを伴い、周囲一帯に反響する。
その様子を、頭が雄牛で上半身裸の屈強な男たちが、歩き回って監視している。
「な、何これ? むしろ殺し合いっていうか、なんか、みんなムチャクチャ殺気立ってるんですけど」
一ノ瀬はすでに、ビビりまくって玉の楽器ケースにしがみついている。
「野蛮だ、野蛮すぎる。とっても見ちゃいられない」
さすがのナイアルラトホテップも、この凄惨な地獄絵図には、心底うんざりとしているらしい。
「まあ、地獄ですからねえ。亡者さんたちも、のんびりお茶飲んで談笑してるわけにはいかないと思いますよ」
玉だけは、元がアンドロイドだからか、意外にケロリとした表情だ。
「それに、ここで殺されて死ねるのなら、苦痛が早く終わってむしろ大歓迎なんじゃないですかあ」
「それが、そうはいかないのよねえ」
阿修羅が肩をすくめ、今しも首を切断されて地面に転がった死体を指さした。
「ほら、見ててごらん」
死体のそばに、雄牛頭がかがみこむ。
きっとこいつらが、地獄の獄卒というわけなのだろう。
「活きよ、生き返りやがれ! このくそったれ亡者めが!」
そう獄卒が叫んだとたんである。
ぴくぴくと首無し死体が動き出し、ぎこちない動作でよろりと起き上がった。
「もう一丁、気張ってこい!」
その生ける死体に、獄卒が地面から頭を拾い上げて、親切にも持たせてやっている。
「うへ、ど、どういうこと?」
一ノ瀬が泣き出しそうな顔で訊く。
「ここでは、亡者たちは絶対に死ねないの。殺し合いが嫌で逃げ出そうとした者は、あの獄卒に瞬殺されるけど、それもすぐに生き返る。話によると、500年間は殺し合いを続けなきゃいけないんだって」
そう、気の毒そうに阿修羅が答えた時だった。
「おい、そこの亡者ども!」
ふいに、背後から銅鑼を打ち鳴らすような怒声が響いてきた。
見ると、雄牛男のひとりが大股で僕らのほうへと近づいてくるところだった。
「貴様ら、そんなところで何をさぼっている! ぼやぼやしてやがると、この俺様が八つ裂きにしてくれるぞ!」
尚も言い募る一ノ瀬だったが、アンアンはその軽い口調が気に入らないらしく、苛々とかみついた。
「ラスが近くに居れば、あたしにはすぐにわかるんだよ。少なくとも、この同一平面上にはいない。それは確実だ。だったら、下に降りていくしかないだろう」
というわけで、第1階層である。
すり鉢を滑り降りたそこは、白い靄に覆われただだっ広い平地だった。
靄の向こうにおびただしい人影が見えるけど、何をやっているのか、わからない。
時折悲鳴や絶叫が聞こえるのは、ここが地獄だから仕方ないのかもしれないが、それにしても薄気味悪い。
「ここは等活地獄といってね、比較的罪が軽い者が落とされるところなの」
沸き起こる悲鳴にも眉ひと筋動かさず、阿修羅は靄の中をずんずん進んでいく。
ちなみに今の彼女は、裸同然の恰好から、轟天号の中にあったボディスーツに着替えている。
黒いエナメル製のライダースーツみたいな、やたら胸を強調したスタイルだ。
ボトムは小股の切れ上がった短パンになっていて、膝まである頑丈そうなブーツを履いている。
阿修羅に続いておっかなびっくり歩いていると、靄が薄れ、ようやく周囲の様子が見えてきた。
それは、見るからに悲惨な光景だった。
あろうことか、刃物を持った半裸の人間たちが、何事かわめきながら、互いに切りつけ合っているのだ。
刀やナイフ、包丁や斧。
とにかく、老若男女誰もが、ありとあらゆる得物を駆使して、近くの亡者に容赦なく襲いかかっているのである。
あちこちで腕が飛び、頭蓋が割れ、血がしぶき、はらわたが引きずり出されている。
断末魔の悲鳴が幾重にも重なり合って、わんわんとこだまを伴い、周囲一帯に反響する。
その様子を、頭が雄牛で上半身裸の屈強な男たちが、歩き回って監視している。
「な、何これ? むしろ殺し合いっていうか、なんか、みんなムチャクチャ殺気立ってるんですけど」
一ノ瀬はすでに、ビビりまくって玉の楽器ケースにしがみついている。
「野蛮だ、野蛮すぎる。とっても見ちゃいられない」
さすがのナイアルラトホテップも、この凄惨な地獄絵図には、心底うんざりとしているらしい。
「まあ、地獄ですからねえ。亡者さんたちも、のんびりお茶飲んで談笑してるわけにはいかないと思いますよ」
玉だけは、元がアンドロイドだからか、意外にケロリとした表情だ。
「それに、ここで殺されて死ねるのなら、苦痛が早く終わってむしろ大歓迎なんじゃないですかあ」
「それが、そうはいかないのよねえ」
阿修羅が肩をすくめ、今しも首を切断されて地面に転がった死体を指さした。
「ほら、見ててごらん」
死体のそばに、雄牛頭がかがみこむ。
きっとこいつらが、地獄の獄卒というわけなのだろう。
「活きよ、生き返りやがれ! このくそったれ亡者めが!」
そう獄卒が叫んだとたんである。
ぴくぴくと首無し死体が動き出し、ぎこちない動作でよろりと起き上がった。
「もう一丁、気張ってこい!」
その生ける死体に、獄卒が地面から頭を拾い上げて、親切にも持たせてやっている。
「うへ、ど、どういうこと?」
一ノ瀬が泣き出しそうな顔で訊く。
「ここでは、亡者たちは絶対に死ねないの。殺し合いが嫌で逃げ出そうとした者は、あの獄卒に瞬殺されるけど、それもすぐに生き返る。話によると、500年間は殺し合いを続けなきゃいけないんだって」
そう、気の毒そうに阿修羅が答えた時だった。
「おい、そこの亡者ども!」
ふいに、背後から銅鑼を打ち鳴らすような怒声が響いてきた。
見ると、雄牛男のひとりが大股で僕らのほうへと近づいてくるところだった。
「貴様ら、そんなところで何をさぼっている! ぼやぼやしてやがると、この俺様が八つ裂きにしてくれるぞ!」
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