204 / 249
第6章 アンアン魔界行
#107 アンアン、地獄をめくる①
しおりを挟む
それほど阿修羅王の熱波が強力だったのだろう。
ここへ来る時に通ったサーフィンのビッグウェーブが凍りついてできたような通路は、今や半ば溶け出していた。
ナイアルラトホテップを先頭に、ぐずぐず崩れかけていく通路の中を、僕らは必死で駆けた。
やがて前方に丸い出口が見えてきた。
その向こうは、薄暗い教会の礼拝堂の中である。
「急げ」
アンアンに手を引っ張られ、僕は頭から教会の床に転げ落ちた。
続いて玉が現れ、しんがりの一ノ瀬が穴から転げ出すのと同時に、水流が逆巻いた。
「おっと、時間切れです」
ナイアルラトホテップが、空間に開いた扉をばたんと締めて杖で印を描いた。
陸地に戻ったというのに、まだ足元が揺れている。
地震か?
いや、そうじゃない。
おそらく、このルルイエ自体が地盤ごと海底に沈みかけているのだ。
「ヤバいね、時間、なさそうだよ」
焦りのにじむ口調で、阿修羅が言った。
「轟天号はすぐそこだ。みんな、全力で突っ走れ!」
アンアンの号令で、運動会の徒競走よろしくダッシュする6人。
教会の両開きの扉を飛び出し、長い坂をひたすら駆け下る。
あちこちに黒い影、ショゴスがいるけど、なんだかさっきより数が増えているようだ。
それだけでなく、僕らに合わせるかのように、わらわらと路地からわき出してくると、何のつもりか後をついてきた。
坂を曲がって、再び平地に出た時である。
「あれ? 轟天号は?」
急ブレーキをかけたかのように阿修羅が立ち止まり、素っ頓狂な声を上げた。
それもそのはずである。
轟天号があったはずの位置に鎮座しているのは、見上げるほどもある巨大な肉の塊なのだ。
ずんぐりとした毛深い身体。
その上の眠たげな眼。
似ているものを挙げるとすれば、ヒキガエルとナマケモノのキメラだろうか。
「うへ、また変なのが出てきたし」
一ノ瀬が情けない声を出す。
「なんだ、あいつは。邪魔なやつだな。轟天号の上に乗っかってるぞ」
アンアンが、忌々しげに舌打ちをする。
「ああ見えても、あれで旧支配者のうちの1柱、ツァトグアです」
誰も頼んでいないのに、ナイアルラトホテップが、得意そうに解説を始めた。
「ツァトグアは、元はと言えば土星からやってきた神。愚鈍に見えますが、意外に智慧が深く、腹が減ると人間を取って食うと言われています。ただ、何事にもヤル気がないのが玉に傷でして」
「ヤル気がないのに、あたしらの邪魔をするわけか」
「ほかにも来てますよ。ほら、後ろをごらんなさい」
振り向くと、あのショゴスたちが合体して、こちらもアメーバ状の巨大生物に成長していた。
「あっちはウボ=サスラ。地球で最初に生まれた単細胞生物です。そうそう、あらかじめ警告しておきますが、ウボ=サスラの身体に触ると、細胞が腐って壊死してしまいますので、くれぐれもご注意を」
ナイアルラホテップは、なんだかこの事態を面白がっているようである。
2柱の邪神と僕らを見比べては、うれしそうにニヤニヤ笑っている。
「どうすんだよ、前にも後ろにも邪神かよ! これじゃ、挟み撃ちじゃないかよ!」
一ノ瀬は、今にもちびらんばかりに青ざめてしまっている。
「アンアン、頼んだわ」
と、その場に座り込んで、投げやりな口調で、阿修羅が言った。
「私、今、ほとんどガス欠状態なのよ」
無理もない、と思う。
なんせ、阿修羅ときたら、ついさっき、ルルイエを沈めるほどのパワーを炸裂させたばかりなのだ。
「しようがない。やるか」
アンアンが腰に手を当てて形のいい胸を張り、大きくひとつ、深呼吸をした。
きりりとした横顔が、かっこいい。
「みんな、ここはあたしに任せて、安全な場所まで下がってろ」
ここへ来る時に通ったサーフィンのビッグウェーブが凍りついてできたような通路は、今や半ば溶け出していた。
ナイアルラトホテップを先頭に、ぐずぐず崩れかけていく通路の中を、僕らは必死で駆けた。
やがて前方に丸い出口が見えてきた。
その向こうは、薄暗い教会の礼拝堂の中である。
「急げ」
アンアンに手を引っ張られ、僕は頭から教会の床に転げ落ちた。
続いて玉が現れ、しんがりの一ノ瀬が穴から転げ出すのと同時に、水流が逆巻いた。
「おっと、時間切れです」
ナイアルラトホテップが、空間に開いた扉をばたんと締めて杖で印を描いた。
陸地に戻ったというのに、まだ足元が揺れている。
地震か?
いや、そうじゃない。
おそらく、このルルイエ自体が地盤ごと海底に沈みかけているのだ。
「ヤバいね、時間、なさそうだよ」
焦りのにじむ口調で、阿修羅が言った。
「轟天号はすぐそこだ。みんな、全力で突っ走れ!」
アンアンの号令で、運動会の徒競走よろしくダッシュする6人。
教会の両開きの扉を飛び出し、長い坂をひたすら駆け下る。
あちこちに黒い影、ショゴスがいるけど、なんだかさっきより数が増えているようだ。
それだけでなく、僕らに合わせるかのように、わらわらと路地からわき出してくると、何のつもりか後をついてきた。
坂を曲がって、再び平地に出た時である。
「あれ? 轟天号は?」
急ブレーキをかけたかのように阿修羅が立ち止まり、素っ頓狂な声を上げた。
それもそのはずである。
轟天号があったはずの位置に鎮座しているのは、見上げるほどもある巨大な肉の塊なのだ。
ずんぐりとした毛深い身体。
その上の眠たげな眼。
似ているものを挙げるとすれば、ヒキガエルとナマケモノのキメラだろうか。
「うへ、また変なのが出てきたし」
一ノ瀬が情けない声を出す。
「なんだ、あいつは。邪魔なやつだな。轟天号の上に乗っかってるぞ」
アンアンが、忌々しげに舌打ちをする。
「ああ見えても、あれで旧支配者のうちの1柱、ツァトグアです」
誰も頼んでいないのに、ナイアルラトホテップが、得意そうに解説を始めた。
「ツァトグアは、元はと言えば土星からやってきた神。愚鈍に見えますが、意外に智慧が深く、腹が減ると人間を取って食うと言われています。ただ、何事にもヤル気がないのが玉に傷でして」
「ヤル気がないのに、あたしらの邪魔をするわけか」
「ほかにも来てますよ。ほら、後ろをごらんなさい」
振り向くと、あのショゴスたちが合体して、こちらもアメーバ状の巨大生物に成長していた。
「あっちはウボ=サスラ。地球で最初に生まれた単細胞生物です。そうそう、あらかじめ警告しておきますが、ウボ=サスラの身体に触ると、細胞が腐って壊死してしまいますので、くれぐれもご注意を」
ナイアルラホテップは、なんだかこの事態を面白がっているようである。
2柱の邪神と僕らを見比べては、うれしそうにニヤニヤ笑っている。
「どうすんだよ、前にも後ろにも邪神かよ! これじゃ、挟み撃ちじゃないかよ!」
一ノ瀬は、今にもちびらんばかりに青ざめてしまっている。
「アンアン、頼んだわ」
と、その場に座り込んで、投げやりな口調で、阿修羅が言った。
「私、今、ほとんどガス欠状態なのよ」
無理もない、と思う。
なんせ、阿修羅ときたら、ついさっき、ルルイエを沈めるほどのパワーを炸裂させたばかりなのだ。
「しようがない。やるか」
アンアンが腰に手を当てて形のいい胸を張り、大きくひとつ、深呼吸をした。
きりりとした横顔が、かっこいい。
「みんな、ここはあたしに任せて、安全な場所まで下がってろ」
0
お気に入りに追加
85
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる