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第6章 アンアン魔界行
#106 アンアンとアンダーバベルの恐怖⑳
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ルルイエ全土をその赤い舌で舐め尽くすと、1時間ほどして炎は下火になった。
規模の割に鎮火が早かったのは、おそらく都市全体が石でできていて、燃えるものが少なかったからに違いない。
安全を確認して、地上に降りたアンアンが肩から僕を下ろして等身大に戻ると、がれきの下から楽器ケースを背負った玉と灰で頭を真っ白にした一ノ瀬が、仲良く這い出してきた。
「ふええ、マジ死ぬかと思ったっす」
「あーあ、阿修羅さまったら、ああなるともう手がつけらないですから」
その阿修羅はといえば、こちらも等身大モードに戻り、石畳の広場の真ん中にちょこんと正座している。
ただでさえチリチリだった髪の毛はよりいっそう短くなり、あれじゃまるでパンチパーマである。
セーラー服とスカートは完全に塵埃と化し、白いスポーツブラと木綿のパンツしか身に着けていないようだ。
「あ、みんな」
振り向いた顔は、幸いなことに、第1人格の美少女阿修羅に戻っていた。
エネルギーを使い果たして、第3人格である阿修羅王は眠ってしまったのかもしれなかった。
「これは何だ?」
阿修羅の前に鶏の卵のようなものが転がっている。
その球体を指さして、アンアンがたずねた。
「さあ、何かしら」
うわのそらで阿修羅が応えた時である。
パリンと殻が割れて、中からくちばしのある青黒いタコの子どもみたいな生き物がニョロっと這い出してきた。
タコは僕らを見上げて、ひと声、「きゅう」と鳴くと、驚くべきすばしっこさで倒れた塔の残骸の中に消えていってしまった。
「クトゥルフですよ。力を使い果たして、極限まで縮んでしまったのでしょう」
玉と一ノ瀬の間から顔をのぞかせたのは、あのナイアルラトホテップである。
「さあ、早く陸に戻りましょう。さっきの戦いで、海面の温度が急上昇し、あちこちで氷河が溶け始めています。このままでは、いずれルルイエは海中に沈んでしまう。その前に退散しないと」
「それはいいけど、まさかおまえもついてくる気じゃないだろうな?」
不審者を見るような眼で、アンアンがイケメン邪神をにらみつけた。
「え? いけませんか? こう見えて、私、まだまだみなさんのお役に立てると思いますよ」
いかにも心外そうな顔で、アンアンを見返すナイアルラトホテップ。
「だっておまえも旧支配者じゃないか」
「それはそうですが、はっきり言って、そのクリスタルを奪われたらこの世界は滅びます。熱源を失って、元の凍てついた氷の世界に戻ってしまうのです。そんな無味乾燥な所に、未練などこれっぽっちもありません」
「なら、力ずくで奪えばいいじゃないか」
豊満な胸の間にはさんだ宝石を指さして、アンアンが挑発するように言った。
「ご冗談を。今の戦いを見て、そんな気は一切失せてしまいましたよ。どうやら、あなた方の敵に回るくらいなら、水先案内人として行動を共にしたほうがよさそうだ。そう私は判断したのです」
ナイアルラトホテップは、トリックスター的なキャラだと何かで読んだ記憶がある。
なるほど、その通り、調子のいいやつである。
「案内人なんていらないぞ。あとは地獄界に殴りこむだけなんだから」
「そう簡単にはいきませんよ。邪神はなにもクトゥルフ1匹ではないのです。そのクリスタルを取り返すために、すでにほかの者たちが動き出している頃です。無事、あなた方の乗り物に辿り着くためには、どうしたって私の協力が必要不可欠でしょう」
「まだ邪神がいるのか。やれやれだな」
アンアンが、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「いいじゃないですかあ。イケメンがひとりぐらい居たほうが、パーティの士気も上がるってものですよぉ」
「た、玉ちゃん」
玉のはしゃいだ声に、一ノ瀬が裏切られたような表情になる。
おいおい、この期に及んで、三角関係かよ!
「ほんとだ。揺れてる」
ようやく我に返った阿修羅が、ぼそりとつぶやいたのは、その時だ。
「やばいよ、みんな。この島、マジで沈みかけてるって!」
規模の割に鎮火が早かったのは、おそらく都市全体が石でできていて、燃えるものが少なかったからに違いない。
安全を確認して、地上に降りたアンアンが肩から僕を下ろして等身大に戻ると、がれきの下から楽器ケースを背負った玉と灰で頭を真っ白にした一ノ瀬が、仲良く這い出してきた。
「ふええ、マジ死ぬかと思ったっす」
「あーあ、阿修羅さまったら、ああなるともう手がつけらないですから」
その阿修羅はといえば、こちらも等身大モードに戻り、石畳の広場の真ん中にちょこんと正座している。
ただでさえチリチリだった髪の毛はよりいっそう短くなり、あれじゃまるでパンチパーマである。
セーラー服とスカートは完全に塵埃と化し、白いスポーツブラと木綿のパンツしか身に着けていないようだ。
「あ、みんな」
振り向いた顔は、幸いなことに、第1人格の美少女阿修羅に戻っていた。
エネルギーを使い果たして、第3人格である阿修羅王は眠ってしまったのかもしれなかった。
「これは何だ?」
阿修羅の前に鶏の卵のようなものが転がっている。
その球体を指さして、アンアンがたずねた。
「さあ、何かしら」
うわのそらで阿修羅が応えた時である。
パリンと殻が割れて、中からくちばしのある青黒いタコの子どもみたいな生き物がニョロっと這い出してきた。
タコは僕らを見上げて、ひと声、「きゅう」と鳴くと、驚くべきすばしっこさで倒れた塔の残骸の中に消えていってしまった。
「クトゥルフですよ。力を使い果たして、極限まで縮んでしまったのでしょう」
玉と一ノ瀬の間から顔をのぞかせたのは、あのナイアルラトホテップである。
「さあ、早く陸に戻りましょう。さっきの戦いで、海面の温度が急上昇し、あちこちで氷河が溶け始めています。このままでは、いずれルルイエは海中に沈んでしまう。その前に退散しないと」
「それはいいけど、まさかおまえもついてくる気じゃないだろうな?」
不審者を見るような眼で、アンアンがイケメン邪神をにらみつけた。
「え? いけませんか? こう見えて、私、まだまだみなさんのお役に立てると思いますよ」
いかにも心外そうな顔で、アンアンを見返すナイアルラトホテップ。
「だっておまえも旧支配者じゃないか」
「それはそうですが、はっきり言って、そのクリスタルを奪われたらこの世界は滅びます。熱源を失って、元の凍てついた氷の世界に戻ってしまうのです。そんな無味乾燥な所に、未練などこれっぽっちもありません」
「なら、力ずくで奪えばいいじゃないか」
豊満な胸の間にはさんだ宝石を指さして、アンアンが挑発するように言った。
「ご冗談を。今の戦いを見て、そんな気は一切失せてしまいましたよ。どうやら、あなた方の敵に回るくらいなら、水先案内人として行動を共にしたほうがよさそうだ。そう私は判断したのです」
ナイアルラトホテップは、トリックスター的なキャラだと何かで読んだ記憶がある。
なるほど、その通り、調子のいいやつである。
「案内人なんていらないぞ。あとは地獄界に殴りこむだけなんだから」
「そう簡単にはいきませんよ。邪神はなにもクトゥルフ1匹ではないのです。そのクリスタルを取り返すために、すでにほかの者たちが動き出している頃です。無事、あなた方の乗り物に辿り着くためには、どうしたって私の協力が必要不可欠でしょう」
「まだ邪神がいるのか。やれやれだな」
アンアンが、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「いいじゃないですかあ。イケメンがひとりぐらい居たほうが、パーティの士気も上がるってものですよぉ」
「た、玉ちゃん」
玉のはしゃいだ声に、一ノ瀬が裏切られたような表情になる。
おいおい、この期に及んで、三角関係かよ!
「ほんとだ。揺れてる」
ようやく我に返った阿修羅が、ぼそりとつぶやいたのは、その時だ。
「やばいよ、みんな。この島、マジで沈みかけてるって!」
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