夜通しアンアン

戸影絵麻

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第6章 アンアン魔界行

#105 アンアンとアンダーバベルの恐怖⑲

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 怒髪天を衝くを地でいく阿修羅王は、髪の毛までが燃え盛る炎と化している。
 その背中でくるくる回転する火車が、彼女に無限の熱エネルギーを供給しているのだ。
 突如として目の前に出現した炎の巨人に、クトゥルフは一瞬、たたらを踏んだように動きを止めた。
 が、すぐに数十本の触腕を振りかざし、迎撃態勢に入った。
 そろって阿修羅王のほうを向いた触腕の先が、一斉にプラズマ火球を吐き出したのである。
 が、全身を紅蓮の炎でガードした阿修羅王に、火球攻撃は無意味だった。
 阿修羅王の周囲で、太陽のコロナみたいに火炎の舌が勢いを増しただけなのだ。
 おびただしい数の触手から放たれる毒ヘドロ弾も同様だ。
 阿修羅王に届く前に水分が蒸発し、ただの土くれとなって風に飛ばされてしまう。
 うおおおおおおおん!
 邪神が怒りの雄叫びを上げた。
「うわっ」
 僕は頭を抱えた。
 錐を揉み込まれたかのように、割れんばかりの頭痛がする。
 かなりの高度を取っているにもかかわらず、殺人音波がじかに耳を襲ってくる。
 ルルイエが浮上すると発狂する者が急増する。
 まさにラブクラフトが小説に書いた通りである。
 だが、それも人間を超越した阿修羅王には効かないようだった。
「うるさいやつだな」
 鬱陶しそうに、阿修羅王が言った。
 世界の隅々にまで響き渡る、ドスの効いた声だった。
「旧支配者かなんだか知らないが、おまえの力はそれだけか」
 うおおおおおおおん!
 打てば響くように、もう一度、邪神が吠えた。
 砂煙を巻き上げて、猛然と阿修羅王めがけて突進し始めた。
 そうして、触手が燃えて白煙を上げるのもかまわず、触腕の間の皮膜をいっぱいに広げると、巨体で一気に阿修羅王を包み込んだ。
 炎が消え、阿修羅王の姿が見えなくなる。
 ちょうど、毛布で包んでボヤを消すみたいな感じだった。
「面白くなってきましたね」
 意外なほど近くで声がしたので驚いて横を見ると、ナイアルラトホテップが宙で座禅を組み、浮かんでいた。
「これでさしもの阿修羅も一巻の終わりでしょうか」
「馬鹿な」
 アンアンが鼻で笑った。
「いやしくもミドル・バベルの支配者阿修羅が、あれしきのことでやられるもんか」
 そうだったのか。
 阿修羅って、可愛い顔して魔界第2層の支配者だったのか。
 道理で立派なお城に住んでたはずだ。
 今更ながらに仰天していると、
「ええい! 臭いったらありゃしない! おまえなぞ、灰にしてくれるわ!」
 クトゥルフに包み込まれた下で、阿修羅王が咆哮した。
 ゴオッ!
 炎がしぶいた。
 クトゥルフの下から噴き上がった紅蓮の炎の絨毯が、見る間に大地を覆い尽くしていく。
 ガウディの設計もかくやと思われるルルイエの異形の都市群が、燃え盛る悪魔の火炎に包まれ、次々に爆発する。
 その只中で、じゅうじゅうと脂を滴らせ、生きながらにして焼かれていく巨大な軟体動物。
「な、なんと!」
 絶句したのは、ナイアルラホテップである。
「だからいわんこっちゃない」
 空中をゆっくりと旋回しながら、アンアンが言った。
「阿修羅を本気で怒らせると、後始末が大変なんだって」




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