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第6章 アンアン魔界行
#66 アンアンバラバラ殺人事件⑤
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僕らが乗ってきたアトラクションのビーグルは、波の形に固まった氷山に乗り上げて止まっていた。
「大丈夫です。ちゃんと歩けますから」
氷の上で足踏みしていると、僕の疑問を読唇術で読み取ったかように、タイミングよく玉が口をはさんできた。
「絶対零度で対象を氷結した後、外界であれば気化熱でマイナス10度まで温度が上がるように、液体窒素の量を調整してあります。だから靴の裏が地面に貼りつくこともありません。まあ、スケートリンクと同じだと思ってください」
「スケートなんて、ガキの頃以来、やったことないんだけどな」
僕はウィンドブレーカーを逆に羽織り、胸の前に来たフードのなかにアンアンの首を入れて、ペンギンみたいな足取りで、よたよたと氷原の上を歩き出した。
幸い山肌は凍っていないし、50メートルほど先ですぐにゆるい斜面が始まっているようだ。
坂もそんなに急じゃないから、キャットウォークみたいに麓を取り巻くでっぱりに沿って登って行けば、たいして苦労しなくとも、目的の木のところまでは行けそうだ。
そんなわけで、氷原を渡り切るのに少し苦労したものの、僕はなんとか鬼たちより早く、アンアンの胴体の許に辿り着くことができた。
ぬっぺっぽうの不死細胞は当然ここでも威力を発揮していて、木の股にはさまったアンアンのセミヌードの胴体は、輝くばかりにつやつやと生気にあふれていた。
その芸術作品のような胸に目を奪われていると、
「そんなにじろじろ見ないでくれ。あたしのほうが恥ずかしくなる。できればブラをさせておいてほしいんだが」
恥じらうような口調で、アンアンが言った。
「ご、ごめん」
ずれて腰のあたりにからまっていたブラジャーを元の位置に戻し、おっぱいの上にかぶせてやる。
フロントホックなので、装着は思いのほか楽だった。
悩ましい特大サイズのプリンとイチゴのような乳首が隠れてほっとしていると、頭の上が騒がしくなってきた。
鬼たちが近づいてきている証拠だった。
「首をつけてくれ。早く」
叱りつけるように、アンアンが言った。
「断面と断面を、ズレのないようにぴったり合わせてくれればいい」
言われるまま、フードから慎重に首を取り出し、両手で持ち上げて、木の股にもたれている胴体の上にそうっと載せた。
「こうかな」
「もう少し右だ。うん、そう、それでいい」
断面がぴたりと合わさると、じゅるっと音がして、境目に透明な汁がにじみ出してきた。
おそらくそれが神秘の生体接着剤、ぬっぺっぽうの細胞なのだろう。
見る間に切り口が薄れ、皮膚がひとつにつながった。
「よし。うまくいった」
アンアンの口元に笑みが浮かぶ。
「でも、まだ、手と足が…。近くには見当たらないから、もしかしたら山の向こう側に落ちたのかも」
「平気だ。胴体さえ戻ればこっちのもんだ。後はあたしが」
アンアンがそこまで言った時である。
思いのほか近くで、ざざっと音がした。
音のほうを振り向いて、僕は悲鳴を上げた。
斜面を鬼どもが滑走してくるのだ。
鬼といっても、節分の日に遊園地のアトラクションに登場するような、着ぐるみのアレみたいな愛嬌のあるシロモノではない。
筋骨隆々とした体に剛毛を生やし、耳まで裂けた口から鋭い牙を剥き出した、正真正銘、本物の鬼である。
近くで見る生物としての鬼は、とんでもなく恐ろしかった。
大型肉食獣の迫力と、殺人鬼の不気味さを兼ね備えた怪物なのだ。
動物の皮でつくった腰布が、血と獣の匂いをまき散らしていて、これがまた生臭い。
「どうしよう」
アンアンの胴体を肩に担いで、僕は途方に暮れた。
おっぱいの柔らかな感触がもろに肩に当たるけど、それをゆっくり味わっている心の余裕は今の僕にはない。
いつの間にか、周囲を4人の鬼どもに囲まれてしまっているのだ。
鬼たちは、多少の大小はあるものの、いずれも身長2メートルは超えていそうな立派な体格をしている。
体重も100キロはあるだろうし、とてもじゃないけど、高校生としても標準以下の体格しかない僕のかなう相手ではない。
が、怯える僕とは反対に、アンアンは泰然自若を絵に描いたように平然としている。
「まあ見てろ」
唇の端をかすかに吊り上げた、その瞬間だった。
シュルシュルシュルッ!
山の稜線を超えて、ブーメランのようなものが回転しながら飛んできた。
そして、襲いかかろうとした鬼に背後から接近すると、だしぬけにその頭部を横殴りに弾き飛ばしたのだ。
「拾え。あれはあたしの右腕だ」
短くアンアンが言った。
「ほかのパーツも呼んである。飛んできたら、片っ端から拾ってつけてくれ」
「大丈夫です。ちゃんと歩けますから」
氷の上で足踏みしていると、僕の疑問を読唇術で読み取ったかように、タイミングよく玉が口をはさんできた。
「絶対零度で対象を氷結した後、外界であれば気化熱でマイナス10度まで温度が上がるように、液体窒素の量を調整してあります。だから靴の裏が地面に貼りつくこともありません。まあ、スケートリンクと同じだと思ってください」
「スケートなんて、ガキの頃以来、やったことないんだけどな」
僕はウィンドブレーカーを逆に羽織り、胸の前に来たフードのなかにアンアンの首を入れて、ペンギンみたいな足取りで、よたよたと氷原の上を歩き出した。
幸い山肌は凍っていないし、50メートルほど先ですぐにゆるい斜面が始まっているようだ。
坂もそんなに急じゃないから、キャットウォークみたいに麓を取り巻くでっぱりに沿って登って行けば、たいして苦労しなくとも、目的の木のところまでは行けそうだ。
そんなわけで、氷原を渡り切るのに少し苦労したものの、僕はなんとか鬼たちより早く、アンアンの胴体の許に辿り着くことができた。
ぬっぺっぽうの不死細胞は当然ここでも威力を発揮していて、木の股にはさまったアンアンのセミヌードの胴体は、輝くばかりにつやつやと生気にあふれていた。
その芸術作品のような胸に目を奪われていると、
「そんなにじろじろ見ないでくれ。あたしのほうが恥ずかしくなる。できればブラをさせておいてほしいんだが」
恥じらうような口調で、アンアンが言った。
「ご、ごめん」
ずれて腰のあたりにからまっていたブラジャーを元の位置に戻し、おっぱいの上にかぶせてやる。
フロントホックなので、装着は思いのほか楽だった。
悩ましい特大サイズのプリンとイチゴのような乳首が隠れてほっとしていると、頭の上が騒がしくなってきた。
鬼たちが近づいてきている証拠だった。
「首をつけてくれ。早く」
叱りつけるように、アンアンが言った。
「断面と断面を、ズレのないようにぴったり合わせてくれればいい」
言われるまま、フードから慎重に首を取り出し、両手で持ち上げて、木の股にもたれている胴体の上にそうっと載せた。
「こうかな」
「もう少し右だ。うん、そう、それでいい」
断面がぴたりと合わさると、じゅるっと音がして、境目に透明な汁がにじみ出してきた。
おそらくそれが神秘の生体接着剤、ぬっぺっぽうの細胞なのだろう。
見る間に切り口が薄れ、皮膚がひとつにつながった。
「よし。うまくいった」
アンアンの口元に笑みが浮かぶ。
「でも、まだ、手と足が…。近くには見当たらないから、もしかしたら山の向こう側に落ちたのかも」
「平気だ。胴体さえ戻ればこっちのもんだ。後はあたしが」
アンアンがそこまで言った時である。
思いのほか近くで、ざざっと音がした。
音のほうを振り向いて、僕は悲鳴を上げた。
斜面を鬼どもが滑走してくるのだ。
鬼といっても、節分の日に遊園地のアトラクションに登場するような、着ぐるみのアレみたいな愛嬌のあるシロモノではない。
筋骨隆々とした体に剛毛を生やし、耳まで裂けた口から鋭い牙を剥き出した、正真正銘、本物の鬼である。
近くで見る生物としての鬼は、とんでもなく恐ろしかった。
大型肉食獣の迫力と、殺人鬼の不気味さを兼ね備えた怪物なのだ。
動物の皮でつくった腰布が、血と獣の匂いをまき散らしていて、これがまた生臭い。
「どうしよう」
アンアンの胴体を肩に担いで、僕は途方に暮れた。
おっぱいの柔らかな感触がもろに肩に当たるけど、それをゆっくり味わっている心の余裕は今の僕にはない。
いつの間にか、周囲を4人の鬼どもに囲まれてしまっているのだ。
鬼たちは、多少の大小はあるものの、いずれも身長2メートルは超えていそうな立派な体格をしている。
体重も100キロはあるだろうし、とてもじゃないけど、高校生としても標準以下の体格しかない僕のかなう相手ではない。
が、怯える僕とは反対に、アンアンは泰然自若を絵に描いたように平然としている。
「まあ見てろ」
唇の端をかすかに吊り上げた、その瞬間だった。
シュルシュルシュルッ!
山の稜線を超えて、ブーメランのようなものが回転しながら飛んできた。
そして、襲いかかろうとした鬼に背後から接近すると、だしぬけにその頭部を横殴りに弾き飛ばしたのだ。
「拾え。あれはあたしの右腕だ」
短くアンアンが言った。
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