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第6章 アンアン魔界行
#63 アンアンバラバラ殺人事件②
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僕の時間遡行能力には限界がある。
なんせ、5秒間しか時の流れを巻き戻せないのだ。
だから、たとえ今僕がタームリープしたとしても、それは単に5秒前の僕ー現在と同様、安全バーのせいで身動きできない僕に戻るだけで、アンアンを救うことはとてもできないということだ。
バラバラにされた瞬間、巨大化していたアンアンは急速に元のサイズに戻ったらしく、今僕の膝の上に載っているのは等身大のアンアンの頭部だった。
最近髪の毛を切ってボブにしたアンアンの頭はほぼ球形に近く、ずっしりと重い。
顔面は鉄の処女のトゲで穴だらけにされ、噴き出る血で真っ赤だった。
なすすべもなくそのアンアンの頭部を抱え、茫然としていると、またしてもあの芝居がかった阿修羅の声が響いてきた。
「さあ、ショーも終わったことだし、観客のみなさんには、このへんで退場してもらいましょうか」
その言葉が合図だったかのように、僕らを乗せたコースターがじりじりと前へかたむき始めた。
軌道はすでに途切れていて、眼下に見えるのは切り立った崖の下の千じんの谷である。
はるか下方は濁流渦巻く川になっていて、真っ白な波が牙を剥いて積み重なった巨岩に襲いかかっている。
「ヤバい! このままじゃ、落っこちるぞ」
一ノ瀬が、今にも小便を漏らしそうな顔でつぶやいた。
「なんとか脱出の方法を考えましょう。3人寄れば文殊の知恵っていうじゃないですかあ。みんなで考えれば、きっといい知恵が浮かびますって」
玉はあくまで前向きである。
が、僕はもう、すべてがどうでもよくなっていた。
アンアンが死んでしまったのだ。
身体に力が入らない。
何もかもが、色あせて見える。
そう。
アンアンがいない世界なんて、僕にはは意味もない。
このまま谷底に落っこちて死ねるなら、もう僕はそれでいい。
どのみち、こんな魔界になんてくる気はなかったのだ。
かといって、元の世界に戻りたいかというと、そうでもない。
どちらの世界にも、もうアンアンはいないのだから…。
勝ち気で強くて、それでいて妙にナイーブなところが可愛かった魔界の王女、アンアン。
おまえを守ってやれなかったのだから、たとえ魔王の前に引き出されて処刑されることになったとしても、僕には文句など言えやしないのだ…。
そんなことを考えていると、
がくん。
ひと際大きくコースターがかたむいた。
衝撃で、危うくアンアンの頭が腕から飛び出しそうになった。
あわてて抱き留めた時である。
「くそ、ひどい目に遭っちまった」
突然、僕の腕の中で声がした。
「あんまり痛いんで、やっと目が覚めた」
「な、な、な」
見ると、アンアンがぱっちり目を開いている。
不思議なことに、ほんのわずかの間に傷口がふさがり、元のすべすべした肌を取り戻していた。
「阿修羅のやつ、人をなんだと思ってるんだ。ったく、乱暴にもほどがある」
「あ、アンアンが、しゃべった…」
一ノ瀬は座ったまま腰を抜かしてしまったようだ。
「い、生きてたのか…?」
僕はアンアンの頭部を抱え上げ、そのコケティッシュな顔をまじまじと見つめた。
「ぬらりひょんのおかげだ。あたしの中で増殖したぬっぺっぽうの細胞は、ほぼ不死身なのさ」
目だけ動かして僕らを見、首だけになったアンアンが、平然とした口調で言った。
なるほど、羅刹女たちとの戦いで深手を負ったアンアンは、ぬらりひょんの民間療法を受けたのだ。
あのぬっぺっぽうとぬりかべによる妖怪治療が、こんなところで役に立つだなんて…。
世の中、先のことはわからないものである。
「だからひとつお願いがある。みんなで、あたしの身体のパーツを探してきてくれないか」
アンアンがそう口にした瞬間。
バランスをくずしたコースターが、真っ逆さまに谷底めがけてダイブした。
なんせ、5秒間しか時の流れを巻き戻せないのだ。
だから、たとえ今僕がタームリープしたとしても、それは単に5秒前の僕ー現在と同様、安全バーのせいで身動きできない僕に戻るだけで、アンアンを救うことはとてもできないということだ。
バラバラにされた瞬間、巨大化していたアンアンは急速に元のサイズに戻ったらしく、今僕の膝の上に載っているのは等身大のアンアンの頭部だった。
最近髪の毛を切ってボブにしたアンアンの頭はほぼ球形に近く、ずっしりと重い。
顔面は鉄の処女のトゲで穴だらけにされ、噴き出る血で真っ赤だった。
なすすべもなくそのアンアンの頭部を抱え、茫然としていると、またしてもあの芝居がかった阿修羅の声が響いてきた。
「さあ、ショーも終わったことだし、観客のみなさんには、このへんで退場してもらいましょうか」
その言葉が合図だったかのように、僕らを乗せたコースターがじりじりと前へかたむき始めた。
軌道はすでに途切れていて、眼下に見えるのは切り立った崖の下の千じんの谷である。
はるか下方は濁流渦巻く川になっていて、真っ白な波が牙を剥いて積み重なった巨岩に襲いかかっている。
「ヤバい! このままじゃ、落っこちるぞ」
一ノ瀬が、今にも小便を漏らしそうな顔でつぶやいた。
「なんとか脱出の方法を考えましょう。3人寄れば文殊の知恵っていうじゃないですかあ。みんなで考えれば、きっといい知恵が浮かびますって」
玉はあくまで前向きである。
が、僕はもう、すべてがどうでもよくなっていた。
アンアンが死んでしまったのだ。
身体に力が入らない。
何もかもが、色あせて見える。
そう。
アンアンがいない世界なんて、僕にはは意味もない。
このまま谷底に落っこちて死ねるなら、もう僕はそれでいい。
どのみち、こんな魔界になんてくる気はなかったのだ。
かといって、元の世界に戻りたいかというと、そうでもない。
どちらの世界にも、もうアンアンはいないのだから…。
勝ち気で強くて、それでいて妙にナイーブなところが可愛かった魔界の王女、アンアン。
おまえを守ってやれなかったのだから、たとえ魔王の前に引き出されて処刑されることになったとしても、僕には文句など言えやしないのだ…。
そんなことを考えていると、
がくん。
ひと際大きくコースターがかたむいた。
衝撃で、危うくアンアンの頭が腕から飛び出しそうになった。
あわてて抱き留めた時である。
「くそ、ひどい目に遭っちまった」
突然、僕の腕の中で声がした。
「あんまり痛いんで、やっと目が覚めた」
「な、な、な」
見ると、アンアンがぱっちり目を開いている。
不思議なことに、ほんのわずかの間に傷口がふさがり、元のすべすべした肌を取り戻していた。
「阿修羅のやつ、人をなんだと思ってるんだ。ったく、乱暴にもほどがある」
「あ、アンアンが、しゃべった…」
一ノ瀬は座ったまま腰を抜かしてしまったようだ。
「い、生きてたのか…?」
僕はアンアンの頭部を抱え上げ、そのコケティッシュな顔をまじまじと見つめた。
「ぬらりひょんのおかげだ。あたしの中で増殖したぬっぺっぽうの細胞は、ほぼ不死身なのさ」
目だけ動かして僕らを見、首だけになったアンアンが、平然とした口調で言った。
なるほど、羅刹女たちとの戦いで深手を負ったアンアンは、ぬらりひょんの民間療法を受けたのだ。
あのぬっぺっぽうとぬりかべによる妖怪治療が、こんなところで役に立つだなんて…。
世の中、先のことはわからないものである。
「だからひとつお願いがある。みんなで、あたしの身体のパーツを探してきてくれないか」
アンアンがそう口にした瞬間。
バランスをくずしたコースターが、真っ逆さまに谷底めがけてダイブした。
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