6 / 18
#6 ヘラ星人
しおりを挟む
「入れよ」
茂男がいった。
リコは長身をかがめてマンションの入口をくぐった。
ブーツを脱いでいると、茂男が明かりをつけた。
独身ニートの部屋にしては、中は意外にこぎれいに片付いていた。
2Kの間取りである。
キッチン備え付けの部屋と、その奥に炬燵のある畳敷きの部屋が見える。
壁にはアニメの戦闘少女たちの特大ポスター。
パソコンやテレビ、音響機器にはかなりお金がかかっているようだ。
「おまえ、CATの隊員だろ? どうして俺を助けた?」
キッチンでお湯を沸かしながら、茂男が訊いた。
「どうしても何も、あたしはうそつきや悪いやつが嫌いなんだよ」
テーブル備え付けの椅子に坐り、高々と長い脚を組むと、リコは答えた。
「でも、俺のこと宇宙人だって疑ってるんだろ?」
サイホンにコーヒーの粉をセットし、器用に蒸らしながらお湯を注ぐ。
「別にあんたが宇宙人だろうがなんだろうが、あたしは構わないよ。ただ、悪い宇宙人なら放っておけないと思ってね」
「誰にとっての『悪い』なんだ? バカでくだらないこの星の人間どもにとって、か?」
茂男の淹れてくれたコーヒーは、びっくりするほど美味だった。
リコは少しこのニートを見直した。
部屋も奇麗だし、割とまともな人間かもしれない、と思ったのだ。
「なんか自分はこの星の住人じゃないみたいなこと、いうね」
リコは煙草を取り出した。
「吸っていいかな?」
一応、訊いてみる。
「しようがないな」
キッチンの換気扇のスイッチを入れると、茂男がうなずいた。
「ありがと」
リコはテーブルの上に、肉の入った袋をどさっと置いた。
「はい、お肉。ってこれ、どうすんの? あんまりおいしそうじゃないけど」
「俺だって、ほんとはもっと上等な肉、食べさせてやりたいさ」
茂男が袋を持ち上げ、流しに置いてあったボウルの中に開けた。
生臭い匂いにリコは顔をしかめた。
「彼女とかいってたよね。でも、見たところ、誰も居ないじゃない」
「いるよ。こっちだ」
奇妙なことに、キッチンには冷蔵庫が2台あった。
独身者用のコンパクトサイズと、天井に届きそうなくらい大きいのと2つである。
リコは好奇心に駆られ、吸いかけの煙草を携帯灰皿の中に放り込んで、立ち上がった。
茂男が開いたのは、大きいほうの冷蔵庫のドアだった。
コンセントが抜いてあるらしく、中は暗い。
その上の段に、奇妙なものが入っていた。
直径30センチくらいの、緑色のドーナッツ状の物体である。
初めはバームクーヘンか、シフォンケーキかと思った。
が、よく見ると生き物らしかった。
小さな棘に覆われたそれは、質感が珊瑚とかヒトデに似ていた。
ドーナッツの真ん中の穴の部分の内側に、歯が生えている。
茂男はボウルから肉をつかみ出すと、その口とおぼしき開口部に少しずつ放り込んだ。
とたんに咀嚼がはじまった。
このドーナッツ、やはり生きているのだ。
「これが、”彼女”?」
リコが素っ頓狂な声を上げたときである。
ーあー
頭の中で"声”がした。
イオだった。
イオは、自称『木星第二衛星エウロパ超古代文明製のナノコンピュータ』とやらで、乳首に起動装置が融合するのと同時に、リコの頭の中に取りついてしまった。
太陽系に迫り来る”虚無の天使”の映像を見せてくれたのも彼女だし、変身について色々アドバイスをくれたりもする。
勝手に頭の中に住みつかれたのは気に入らないが、悪いやつではなさそうなので放置してあるのだ。
そのイオが、いった。
-これは、ヘラ星人・・・。なんでこんなところにいるのかしら?
「なんだって? こいつが宇宙人なのか?」
-そうです。ヘラ星はこの太陽系から2万光年離れた恒星系にある惑星です。かなり高度な機械文明が発達していたはず。
「機械文明?」
-ええ、あなたたち人類より、ずっと進んだ文明を持っています。
「このヒトデが?」
-そうです。
「ふうん」
しきりに首をかしげているリコに、
「おまえ、誰としゃべってるんだ?」
気味わるそうに茂男がたずねた。
「いや、ちょっとした独り言だよ」
リコは笑ってごまかすと、
「キミじゃなくて、こいつが宇宙人だったんだな」
「半年くらい前のことだ」
茂男がいった。
「あの空き地に、でっかい隕石が落ちた。それに入ってたんだよ」
「隕石ねえ」
リコは腕組みした。
「キミがあそこで探してたのは、ひょっとしてその隕石とか?」
「いや。隕石そのものじゃなくて」
茂男が冷蔵庫の2段目から下を指差してみせた。
複雑な機械やら導線やらがびっしりつまっている。
「彼女の体の部品だよ。墜落のショックで、体が壊れて部品が飛び散ってなくなっちゃったんだ」
つまり、バームクーヘン状の部分が生きた頭で、その下のごちゃごちゃが、機械でできた身体ということなのだろう。
「でもこれがなんで"彼女”?」
リコがそう訊いたときだった。
バームクーヘンが、ふいに鳥のさえずるような可愛らしい声で鳴き始めた。
聞きようによっては、少女のおしゃべりに聞こえないこともない。
なるほど、そういうわけか。
リコは納得した。
しかし、さすがオタク。
これを少女に見立てるとは、どんだけ想像力が豊かなことか。
と、だしぬけにイオがいった。
-彼女があなたと話をしたがっています。今、彼女の言葉を日本語に翻訳します。
「えー?」
リコは目を剝いた。
「宇宙人があたしに何の用があるっていうんだよ?」
茂男がいった。
リコは長身をかがめてマンションの入口をくぐった。
ブーツを脱いでいると、茂男が明かりをつけた。
独身ニートの部屋にしては、中は意外にこぎれいに片付いていた。
2Kの間取りである。
キッチン備え付けの部屋と、その奥に炬燵のある畳敷きの部屋が見える。
壁にはアニメの戦闘少女たちの特大ポスター。
パソコンやテレビ、音響機器にはかなりお金がかかっているようだ。
「おまえ、CATの隊員だろ? どうして俺を助けた?」
キッチンでお湯を沸かしながら、茂男が訊いた。
「どうしても何も、あたしはうそつきや悪いやつが嫌いなんだよ」
テーブル備え付けの椅子に坐り、高々と長い脚を組むと、リコは答えた。
「でも、俺のこと宇宙人だって疑ってるんだろ?」
サイホンにコーヒーの粉をセットし、器用に蒸らしながらお湯を注ぐ。
「別にあんたが宇宙人だろうがなんだろうが、あたしは構わないよ。ただ、悪い宇宙人なら放っておけないと思ってね」
「誰にとっての『悪い』なんだ? バカでくだらないこの星の人間どもにとって、か?」
茂男の淹れてくれたコーヒーは、びっくりするほど美味だった。
リコは少しこのニートを見直した。
部屋も奇麗だし、割とまともな人間かもしれない、と思ったのだ。
「なんか自分はこの星の住人じゃないみたいなこと、いうね」
リコは煙草を取り出した。
「吸っていいかな?」
一応、訊いてみる。
「しようがないな」
キッチンの換気扇のスイッチを入れると、茂男がうなずいた。
「ありがと」
リコはテーブルの上に、肉の入った袋をどさっと置いた。
「はい、お肉。ってこれ、どうすんの? あんまりおいしそうじゃないけど」
「俺だって、ほんとはもっと上等な肉、食べさせてやりたいさ」
茂男が袋を持ち上げ、流しに置いてあったボウルの中に開けた。
生臭い匂いにリコは顔をしかめた。
「彼女とかいってたよね。でも、見たところ、誰も居ないじゃない」
「いるよ。こっちだ」
奇妙なことに、キッチンには冷蔵庫が2台あった。
独身者用のコンパクトサイズと、天井に届きそうなくらい大きいのと2つである。
リコは好奇心に駆られ、吸いかけの煙草を携帯灰皿の中に放り込んで、立ち上がった。
茂男が開いたのは、大きいほうの冷蔵庫のドアだった。
コンセントが抜いてあるらしく、中は暗い。
その上の段に、奇妙なものが入っていた。
直径30センチくらいの、緑色のドーナッツ状の物体である。
初めはバームクーヘンか、シフォンケーキかと思った。
が、よく見ると生き物らしかった。
小さな棘に覆われたそれは、質感が珊瑚とかヒトデに似ていた。
ドーナッツの真ん中の穴の部分の内側に、歯が生えている。
茂男はボウルから肉をつかみ出すと、その口とおぼしき開口部に少しずつ放り込んだ。
とたんに咀嚼がはじまった。
このドーナッツ、やはり生きているのだ。
「これが、”彼女”?」
リコが素っ頓狂な声を上げたときである。
ーあー
頭の中で"声”がした。
イオだった。
イオは、自称『木星第二衛星エウロパ超古代文明製のナノコンピュータ』とやらで、乳首に起動装置が融合するのと同時に、リコの頭の中に取りついてしまった。
太陽系に迫り来る”虚無の天使”の映像を見せてくれたのも彼女だし、変身について色々アドバイスをくれたりもする。
勝手に頭の中に住みつかれたのは気に入らないが、悪いやつではなさそうなので放置してあるのだ。
そのイオが、いった。
-これは、ヘラ星人・・・。なんでこんなところにいるのかしら?
「なんだって? こいつが宇宙人なのか?」
-そうです。ヘラ星はこの太陽系から2万光年離れた恒星系にある惑星です。かなり高度な機械文明が発達していたはず。
「機械文明?」
-ええ、あなたたち人類より、ずっと進んだ文明を持っています。
「このヒトデが?」
-そうです。
「ふうん」
しきりに首をかしげているリコに、
「おまえ、誰としゃべってるんだ?」
気味わるそうに茂男がたずねた。
「いや、ちょっとした独り言だよ」
リコは笑ってごまかすと、
「キミじゃなくて、こいつが宇宙人だったんだな」
「半年くらい前のことだ」
茂男がいった。
「あの空き地に、でっかい隕石が落ちた。それに入ってたんだよ」
「隕石ねえ」
リコは腕組みした。
「キミがあそこで探してたのは、ひょっとしてその隕石とか?」
「いや。隕石そのものじゃなくて」
茂男が冷蔵庫の2段目から下を指差してみせた。
複雑な機械やら導線やらがびっしりつまっている。
「彼女の体の部品だよ。墜落のショックで、体が壊れて部品が飛び散ってなくなっちゃったんだ」
つまり、バームクーヘン状の部分が生きた頭で、その下のごちゃごちゃが、機械でできた身体ということなのだろう。
「でもこれがなんで"彼女”?」
リコがそう訊いたときだった。
バームクーヘンが、ふいに鳥のさえずるような可愛らしい声で鳴き始めた。
聞きようによっては、少女のおしゃべりに聞こえないこともない。
なるほど、そういうわけか。
リコは納得した。
しかし、さすがオタク。
これを少女に見立てるとは、どんだけ想像力が豊かなことか。
と、だしぬけにイオがいった。
-彼女があなたと話をしたがっています。今、彼女の言葉を日本語に翻訳します。
「えー?」
リコは目を剝いた。
「宇宙人があたしに何の用があるっていうんだよ?」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる