破滅招来乙女リコ ~怪獣使いとニート~

戸影絵麻

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#6 ヘラ星人

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「入れよ」
 茂男がいった。
 リコは長身をかがめてマンションの入口をくぐった。
 ブーツを脱いでいると、茂男が明かりをつけた。
 独身ニートの部屋にしては、中は意外にこぎれいに片付いていた。
 2Kの間取りである。
 キッチン備え付けの部屋と、その奥に炬燵のある畳敷きの部屋が見える。
 壁にはアニメの戦闘少女たちの特大ポスター。
 パソコンやテレビ、音響機器にはかなりお金がかかっているようだ。
「おまえ、CATの隊員だろ? どうして俺を助けた?」
 キッチンでお湯を沸かしながら、茂男が訊いた。
「どうしても何も、あたしはうそつきや悪いやつが嫌いなんだよ」
 テーブル備え付けの椅子に坐り、高々と長い脚を組むと、リコは答えた。
「でも、俺のこと宇宙人だって疑ってるんだろ?」
 サイホンにコーヒーの粉をセットし、器用に蒸らしながらお湯を注ぐ。
「別にあんたが宇宙人だろうがなんだろうが、あたしは構わないよ。ただ、悪い宇宙人なら放っておけないと思ってね」
「誰にとっての『悪い』なんだ? バカでくだらないこの星の人間どもにとって、か?」
 茂男の淹れてくれたコーヒーは、びっくりするほど美味だった。
 リコは少しこのニートを見直した。
 部屋も奇麗だし、割とまともな人間かもしれない、と思ったのだ。
「なんか自分はこの星の住人じゃないみたいなこと、いうね」
 リコは煙草を取り出した。
「吸っていいかな?」
 一応、訊いてみる。
「しようがないな」
 キッチンの換気扇のスイッチを入れると、茂男がうなずいた。
「ありがと」
 リコはテーブルの上に、肉の入った袋をどさっと置いた。
「はい、お肉。ってこれ、どうすんの? あんまりおいしそうじゃないけど」
「俺だって、ほんとはもっと上等な肉、食べさせてやりたいさ」
 茂男が袋を持ち上げ、流しに置いてあったボウルの中に開けた。
 生臭い匂いにリコは顔をしかめた。
「彼女とかいってたよね。でも、見たところ、誰も居ないじゃない」
「いるよ。こっちだ」
 奇妙なことに、キッチンには冷蔵庫が2台あった。
 独身者用のコンパクトサイズと、天井に届きそうなくらい大きいのと2つである。
 リコは好奇心に駆られ、吸いかけの煙草を携帯灰皿の中に放り込んで、立ち上がった。
 茂男が開いたのは、大きいほうの冷蔵庫のドアだった。
 コンセントが抜いてあるらしく、中は暗い。
 その上の段に、奇妙なものが入っていた。
 直径30センチくらいの、緑色のドーナッツ状の物体である。
 初めはバームクーヘンか、シフォンケーキかと思った。
 が、よく見ると生き物らしかった。
 小さな棘に覆われたそれは、質感が珊瑚とかヒトデに似ていた。
 ドーナッツの真ん中の穴の部分の内側に、歯が生えている。
 茂男はボウルから肉をつかみ出すと、その口とおぼしき開口部に少しずつ放り込んだ。
 とたんに咀嚼がはじまった。
 このドーナッツ、やはり生きているのだ。
「これが、”彼女”?」
 リコが素っ頓狂な声を上げたときである。
 ーあー
 頭の中で"声”がした。
 イオだった。
 イオは、自称『木星第二衛星エウロパ超古代文明製のナノコンピュータ』とやらで、乳首に起動装置が融合するのと同時に、リコの頭の中に取りついてしまった。
 太陽系に迫り来る”虚無の天使”の映像を見せてくれたのも彼女だし、変身について色々アドバイスをくれたりもする。
 勝手に頭の中に住みつかれたのは気に入らないが、悪いやつではなさそうなので放置してあるのだ。
 そのイオが、いった。
 -これは、ヘラ星人・・・。なんでこんなところにいるのかしら?
「なんだって? こいつが宇宙人なのか?」
 -そうです。ヘラ星はこの太陽系から2万光年離れた恒星系にある惑星です。かなり高度な機械文明が発達していたはず。
「機械文明?」
 -ええ、あなたたち人類より、ずっと進んだ文明を持っています。
「このヒトデが?」
 -そうです。
「ふうん」
 しきりに首をかしげているリコに、
「おまえ、誰としゃべってるんだ?」
 気味わるそうに茂男がたずねた。
「いや、ちょっとした独り言だよ」
 リコは笑ってごまかすと、
「キミじゃなくて、こいつが宇宙人だったんだな」
「半年くらい前のことだ」
 茂男がいった。
「あの空き地に、でっかい隕石が落ちた。それに入ってたんだよ」
「隕石ねえ」
 リコは腕組みした。
「キミがあそこで探してたのは、ひょっとしてその隕石とか?」
「いや。隕石そのものじゃなくて」
 茂男が冷蔵庫の2段目から下を指差してみせた。
 複雑な機械やら導線やらがびっしりつまっている。
「彼女の体の部品だよ。墜落のショックで、体が壊れて部品が飛び散ってなくなっちゃったんだ」
 つまり、バームクーヘン状の部分が生きた頭で、その下のごちゃごちゃが、機械でできた身体ということなのだろう。
「でもこれがなんで"彼女”?」
 リコがそう訊いたときだった。
 バームクーヘンが、ふいに鳥のさえずるような可愛らしい声で鳴き始めた。
 聞きようによっては、少女のおしゃべりに聞こえないこともない。
 なるほど、そういうわけか。
 リコは納得した。
 しかし、さすがオタク。
 これを少女に見立てるとは、どんだけ想像力が豊かなことか。
 と、だしぬけにイオがいった。
 -彼女があなたと話をしたがっています。今、彼女の言葉を日本語に翻訳します。
「えー?」
 リコは目を剝いた。
「宇宙人があたしに何の用があるっていうんだよ?」
 
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