上 下
285 / 295
第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!

#62 クトウルー第二形態

しおりを挟む
 足元が激しく、波打つように揺れた。
 振り向いたヒバナは、見た。
 岩盤の割れ目、奈落の底から新たな無数の触手が湧き出している。
 太い腕が現れた。
 鉤爪のついた、巨大な腕だ。
 その向こうから、ほおずきのような形をした頭部がせり上がってきた。
 脳味噌が剝きだしになったような、見るからにおぞましい頭部である。
 さっきまでと違うのは、頭頂部に白い女の裸身が生えていることだった。
「麗奈・・・」
 ヒバナは唖然となった。
 クトゥルーの体から、麗奈の上半身が生えているのだ。
「ヒバナ」
 豊満な乳房を揺らしながら、麗奈がいった。
「また会ったわね。いいわ。今度こそ、殺してあげる」
 クトゥルーが、奈落から全身を現した。
 蛸のような頭部。
 触手だらけの胴体。
 鉤爪のある太い腕に、逆関節の太い脚。
 背中には蝙蝠のような翼が生え、臀部からは有刺鉄線を束ねたような長い尾が伸びている。
 高さ20メートル、全長30メートルはあろうかと思われる巨体だった。
「みんな、変身して!」
 額の宝玉に意識を集中しながら、ヒバナは叫んだ。
 バリバリと音を立てて体が大きくなる。
 背中に翼、右腕に神剣布都御魂(フツノミタマ)が実体化する。
「ここは私が」
 叫び返してきたのは、お通夜だった。
 岩のテラスの端に立つと、両腕を大きく広げた。
「出でよ、黄竜!」
 天に向かって叫ぶ。
 と、ふいにお通夜の周囲で空間が歪んだ。
 フラッシュを焚くように、眩い光が四方八方に広がった。
「つやちゃん!」
 ヒバナが名を呼んだときには。すでに長大な竜の姿が実体化しようとしていた。
 -逃げてください。ひずみちゃんたちが、すぐそこまで来ています。ここは私がくい止めます。
 咆哮とともに、黄竜が翼を広げ、飛翔した。
 長い体をくねらせながら、クトゥルーに向かっていく。
「殺せ!」
 麗奈の声に呼応するかのように、触手の群れが竜めがけて一斉に伸びた。
 先が鋭い爪になった触手が、竜の表皮に次々と突き刺さる。
 血だらけになりながら、黄竜がクトゥルーに巻きついた。
 肥大した頭部を幾重にも巻くと、渾身の力を込めて締めつけにかかった。
 -はやく!
 お通夜の”声”が響いた。
「ヒバナ、行こう」
 緋美子がヒバナの手を取った。
 その背後で、玉子を抱きかかえた明日香が立ち竦んでいる。
「先に行ってて。早くたまちゃんを、安全なところに連れてってあげて」
「ヒバナ・・・」
「つやちゃんを見殺しになんてできないよ」
 ヒバナはいった。
「わたし、ここに残る。元はといえば、彼女をあんなふうにしたのは、わたしたちなんだ」
「そうだね」
 緋美子がふうっと息を吐いた。
「OK。ブッチャー、玉ちゃんを連れて、安全な所まで退避して。私もヒバナと残るから」
「無理をするな。頃合いを見計らって、逃げて来い」
 あとずさりしながら、明日香がいった。
「あれはいくらなんでも、ヤバい。お通夜もそうするんだ。いいな?」
 明日香が岩の向こうに姿を消すのを見届けると、ヒバナは翼を開いた。
 隣で緋美子も極彩色の翼を広げ、弓を構えた。
「一気に行くよ」
 ヒバナがいった。
 うなずいて、緋美子がふわりと舞い上がる。
 クトゥルーが、鉤爪のついた腕で、巻きついた黄竜の胴をつかんでいる。
 みしみしと筋肉の断絶する音が鳴り響く。
 ヒバナが緋美子に続いて飛び上がったときだった。
 だしぬけに、クトゥルーが膨張した。
 一瞬にして、元の倍に膨れ上がったかのようだった。
 布を引き裂くような音とともに、竜が弾け飛んだ。
 ずたずたに引きちぎられた胴体が、金色の液体を撒き散らしながら宙に四散する。
 声にならぬ絶叫が、ヒバナの脳裏を突き抜けた。
「つやちゃん!」
 ヒバナは泣き叫んだ。
「そんな・・・」
 呆然とした緋美子のつぶやきが、聞こえてきた。

「カイよ」
 いつのまにか、貢のリュックから姿を現したエリマキトカゲがいった。
 カイの操るモーターボートは、今しもルルイエに着こうとしていた。
「おまえ、レオンか」
 操舵室から振り向いて、カイがいった。
「なんか形が変わったな。前はカメレオンだったと思ったが」
「こっちもあれから色々あってな」
 レオンがカイを見上げていった。
「とにかく、おまえが生きててくれてうれしいよ。俺のせいで・・・」
「昔のことはいい。おまえらしくないな」
 カイが苦笑いする。
「そんなことより、あれは新しいお仲間か?」
 ルルイエの切り立った岸壁に、申し訳程度の石段が刻まれている。
 そこを苦労しながら降りてくるのは、明日香である。
「ブッチャー、それに、玉子」
 ミミがつぶやいた。
「ここならなんとか停泊できそうだ」
 カイが狭い入り江にボートの舳先を突き入れて、エンジンを切った。
「ひずみ、ミミ、玉子を頼む」
 目の前まで降りてくると、明日香がいった。
「魔力を使いすぎて、虫の息だ。ふたりで蘇生してやってくれないか」
「あんたはどうするんだ?」
 ぐったりとした玉子を受け取りながら、貢が訊いた。
「ヒバナたちの元に戻る。俺が行かなきゃふたりがヤバい」
 明日香は傷だらけだった。
 血にまみれたごつい顔の中で、目だけがぎらぎら光っている。
「お通夜は?」
 貢の問いに、明日香は答えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

我ガ奇ナル日常譚 〜夢とリアルと日々ホラー〜

羽瀬川璃紗
ホラー
不可解以上心霊体験未満の、ちょっと不思議な出来事のお話。 オカルト好きな家族に囲まれ育った、作者のホラーエッセイ。 実話のため一部フィクション、登場人物・団体名は全て仮名です。 霊的な夢ネタ多し。時系列バラバラです。注意事項はタイトル欄に併記。 …自己責任で、お読みください。 現在更新休止中。

血を吸うかぐや姫

小原ききょう
ホラー
「血を吸うかぐや姫」あらすじ 高校生の屑木和也の家の近くには、通称お化け屋敷と呼ばれる館があった。 大学生が物置に使っているという噂だが、どうもおかしい。 屑木の友人がある日、屋敷に探検に行ったその日から、屑木の日常が崩れ始める。 友人の体の異変・・体育教師の淫行・・色気を増す保険医 それら全てが謎の転校生美女、伊澄瑠璃子が絡んでいるように思われた。 登場人物 葛木和也・・主人公 小山景子・・お隣のお姉さん 小山美也子・・景子さんの妹 伊澄瑠璃子・・転校生 伊澄レミ・・瑠璃子の姉 神城涼子・・委員長 君島律子・・元高嶺の花 佐々木奈々・・クラスメイト 松村弘・・主人公の友達 黒崎みどり・・伊澄瑠璃子の取り巻き 白山あかね・・伊澄瑠璃子の取り巻き 吉田エリカ・・セクシー保険医

秋嵐の獄、狐狗狸けらけら

月芝
ホラー
終戦後、目まぐるしくうつろう世の中、復興に沸く巷にあって、 連日新聞紙面を賑わせていたのが、とある大店の蔵の床下から大量に発見された人骨のこと。 数、膨大にして推定二百体ほど。そのほとんどが赤子の骨。 どうやらここの女房の仕業らしい。 だが当人は行方をくらませており、当局の懸命な捜索にもかかわらず、 いまもって消息は不明であった。 そんなおり、ラジオが告げたのは季節外れの台風が列島を縦断するという情報。 ちょうど進路上に重なった和良簾村は、直撃を喰らい孤立することになる。 だが東北の山間部の深奥、僻地にあったこの村にとっては慣れたこと。 ゆえに慌てることもなくいつも通り。粛々と嵐が過ぎるのを待つばかり。 だがしかし、今回の嵐はいつもとはちがっていた。 村が嵐に閉ざされる前に、魔が入り込んでいたのである。 遠い対岸の火事であったことがなんら前触れもなく、 ふと我が身に降りかかってくることになったとき……。 仮面は剥され、克明に浮き彫りにされるのは人の本性。 嵐の夜、うっかり魔を招き入れてしまった駐在が味わう恐怖の一夜。 けれどもそれすらもが真の恐怖の序章に過ぎない。

こちら超常現象研究部

佐賀かおり
ホラー
一話完結の短編連作集です. 部員が三名となり部室をラクロス部に横取りされてしまった超常現象研究部は洋食屋マリアンヌにたむろするようになる。シェフが初代部長だったからだ。行き場のない彼らにシェフが出すのは美味しいキャラメルマキアートと一遍のお話。・・【第一話、祭りの夜に】その町には二人の美女がいた。祭りの日、どちらの浴衣姿が美しいか人々が注目する中、恐ろしい事が始まろうとしていた・・

食べたい

白真 玲珠
ホラー
紅村真愛は、どこにでもいそうなごく普通の女子高生、ただ一つ彼女の愛の形を除いては…… 第6回ホラー・ミステリー小説大賞応募作品 表紙はかんたん表紙メーカー様にて作成したものを使用しております。

隣人が有名ゲーム実況者なんだけど、最近様子がおかしい ~ネット配信者にガチ恋した少女の末路~

柚木崎 史乃
ホラー
柊木美玖は、隣人である諸麦春斗がストーカー被害に悩まされているのを目の当たりにしながらも、なかなか声をかけられず歯がゆい思いをしていた。 ある日、美玖は今を時めく人気ゲーム実況者・むぎはるの正体が春斗であることを知ってしまう。 そのうえ、配信中の彼の背後に怪しい人影を見てしまった。美玖は春斗を助けるためにコンタクトを取ろうと決意する。 だが、どうも美玖の行動はストーカーに筒抜けらしく、春斗を助けようとすると犯人と思しき少女・MiraiのSNSアカウントに釘を刺すようなツイートが投稿されるのだった。 平穏な生活を送っていた美玖は、知らず知らずのうちにSNSと現実が交差する奇妙な事件に巻き込まれていく──。

アヤカシバナシ『小説版』

如月 睦月
ホラー
恐怖・不条理・理不尽…もしかするとそれは、アヤカシの仕業かもしれません。漫画『アヤカシバナシ』の小説版:怪談奇談短編集

囚われの亡者

月夜
ホラー
それはひたすら黒く、淀んで、歪んだ物語

処理中です...