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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!
#53 待機
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「ねえ、ブッチャー、おなかすかない?」
あたりが静まり返ってきたのを見計らって、ヒバナはいった。
公園の前の道を、消防自動車が戻っていく。
どうやら消火活動は終了したようだ。
車のダッシュボードのデジタル時計は夜の7時を示している。
作戦決行まで、あと3時間。
なんとか食事を摂る余裕くらいありそうだ。
「そうだな。マックくらいなら、俺がおごるよ」
明日香が身を起こし、ギアをDに入れた。
「そんなんじゃ、足りないでしょ?」
ヒバナがいうと、
「いいんだ。今ダイエット中だから」
そんなことをいって、笑った。
「一応、古墳の様子、見てこようか」
「OK。公園の中の道を通れば、かなり近づける」
芝生の間をうねる細い道に、明日香が車を乗り入れた。
2,3分で古墳を見晴るかすところまで辿り着いた。
古墳は予想通り、丸裸になっていた。
周囲の芝生にも、広範囲にわたって焼け跡が広がっている。
木々が一本もなくなった古墳の端に、石灰でできた巨大な塔のようなものが屹立している。
なんとなく大きな蟻塚のように見えるそれが、ショゴスロードのなれの果てのようだった。
「念には念を入れておくか」
明日香は車の後部からバットを持ち出すと、街路灯に照らし出された塔に歩み寄った。
バットを振りかざし、充分に腰を入れたフォームで殴りつける。
最初の一撃で、あっけなく塔は崩れた。
「なんだ、グズグズになってやがる。こりゃ、完全に死んでるな」
足元に散らばった石灰のような物質を、ごつい編み上げ靴の底で踏みにじりながら、つぶやいた。
「ヒバナ、あのプラズマボールだけどさ」
車のほうを振り返って、いった。
「誤射だけは勘弁してくれよな。俺、こんなふうに灰になっちまうの、いやだからさ」
公園の近所にマクドナルドを見つけ、ふたりは店の中でたらふくハンバーガーとポテトにありついた。
さすがにこの冬の最中に戦闘服では目立ちすぎるので、ヒバナは上からコートを羽織っている。
下はショートパンツから出た生脚のままだが。これは仕方がなかった。
明日香の戦闘服はいつものパンクロッカーファッションそのままであるため、こちらはもともと問題はない。
「あのさ、ヒバナ」
ハンバーガーを4つほど一気に平らげると、満足げにげっぷをひとつ漏らして、明日香がいった。
「前々から訊きたいと思ってたんだけど、おまえ、緋美子とつきあってるんだって?」
「え」
ヒバナはチーズバーガーを口の中に押し込んだまま、凍りついた。
「きのうも貢がそれでからかってたしな。おまえ、けっこうムキになって怒ってたし」
「そ、それは・・・」
ヒバナは目を白黒させた。
食べかけのハンバーガーをトレイに戻すと、悄然とうなだれた。
「いや、別に責めてるわけじゃない。単なる好奇心っていうか、その、女同士の恋愛って、どんなものなのかなって思って。男相手の場合と、どう違うのか、とかさ」
明日香があわてて弁解する。
「そんなこと訊かれても、わからないよ。わたし、男の人とつきあったこと、ないし・・・」
「そうなのか? まじで?」
明日香が意外そうに目を見開く。
「うん。中学、高校と、わたし幽霊みたいに存在感のない子でさ。クラスメートどころか、担任の先生にも名前覚えてもらえなくって」
そうだった。
ヒバナは思わず遠い目をして、ガラス窓に映った自分の顔を見た。
あれからまだそんなに経っていないのだ。
なのに、何もかもが変わってしまった・・・。
「信じられないな。おまえ、そんなに可愛いのに」
ヒバナをまじまじと見つめ、明日香がまじめな表情でいった。
「そ、そんなことないよ。ひみちゃんに比べたら、わたしなんて・・・」
自然と頬が熱くなってくる。
なぜだか唇に、緋美子の甘いくちづけの味が蘇った。
「まあ、ひみは特別製の美少女だからなあ。でも、おまえはまた別の方向で可愛いと思う。ほんと、似合いのカップルだよ」
「あ、ありがとう」
「恋愛に、男も女もないのかもしれないな」
明日香はそうひとりごちると、ぬるくなったコーヒーをがぶりと飲んだ。
「俺はこんな外見だから、はなっからそういうの諦めてるんだが、想像するのはなんだか楽しくっててさ。あ、もちろん、エッチな意味じゃなくてね」
そこで明日香が少し赤くなったので、ヒバナはぷっと吹き出した。
「変なの。きょうのブッチャーったら、なんか変だよ」
「そうかな」
明日香が頭をかいて、照れたように笑った。
「ヒバナとふたりきりで、舞い上がってるんだよ。きっとな」
あたりが静まり返ってきたのを見計らって、ヒバナはいった。
公園の前の道を、消防自動車が戻っていく。
どうやら消火活動は終了したようだ。
車のダッシュボードのデジタル時計は夜の7時を示している。
作戦決行まで、あと3時間。
なんとか食事を摂る余裕くらいありそうだ。
「そうだな。マックくらいなら、俺がおごるよ」
明日香が身を起こし、ギアをDに入れた。
「そんなんじゃ、足りないでしょ?」
ヒバナがいうと、
「いいんだ。今ダイエット中だから」
そんなことをいって、笑った。
「一応、古墳の様子、見てこようか」
「OK。公園の中の道を通れば、かなり近づける」
芝生の間をうねる細い道に、明日香が車を乗り入れた。
2,3分で古墳を見晴るかすところまで辿り着いた。
古墳は予想通り、丸裸になっていた。
周囲の芝生にも、広範囲にわたって焼け跡が広がっている。
木々が一本もなくなった古墳の端に、石灰でできた巨大な塔のようなものが屹立している。
なんとなく大きな蟻塚のように見えるそれが、ショゴスロードのなれの果てのようだった。
「念には念を入れておくか」
明日香は車の後部からバットを持ち出すと、街路灯に照らし出された塔に歩み寄った。
バットを振りかざし、充分に腰を入れたフォームで殴りつける。
最初の一撃で、あっけなく塔は崩れた。
「なんだ、グズグズになってやがる。こりゃ、完全に死んでるな」
足元に散らばった石灰のような物質を、ごつい編み上げ靴の底で踏みにじりながら、つぶやいた。
「ヒバナ、あのプラズマボールだけどさ」
車のほうを振り返って、いった。
「誤射だけは勘弁してくれよな。俺、こんなふうに灰になっちまうの、いやだからさ」
公園の近所にマクドナルドを見つけ、ふたりは店の中でたらふくハンバーガーとポテトにありついた。
さすがにこの冬の最中に戦闘服では目立ちすぎるので、ヒバナは上からコートを羽織っている。
下はショートパンツから出た生脚のままだが。これは仕方がなかった。
明日香の戦闘服はいつものパンクロッカーファッションそのままであるため、こちらはもともと問題はない。
「あのさ、ヒバナ」
ハンバーガーを4つほど一気に平らげると、満足げにげっぷをひとつ漏らして、明日香がいった。
「前々から訊きたいと思ってたんだけど、おまえ、緋美子とつきあってるんだって?」
「え」
ヒバナはチーズバーガーを口の中に押し込んだまま、凍りついた。
「きのうも貢がそれでからかってたしな。おまえ、けっこうムキになって怒ってたし」
「そ、それは・・・」
ヒバナは目を白黒させた。
食べかけのハンバーガーをトレイに戻すと、悄然とうなだれた。
「いや、別に責めてるわけじゃない。単なる好奇心っていうか、その、女同士の恋愛って、どんなものなのかなって思って。男相手の場合と、どう違うのか、とかさ」
明日香があわてて弁解する。
「そんなこと訊かれても、わからないよ。わたし、男の人とつきあったこと、ないし・・・」
「そうなのか? まじで?」
明日香が意外そうに目を見開く。
「うん。中学、高校と、わたし幽霊みたいに存在感のない子でさ。クラスメートどころか、担任の先生にも名前覚えてもらえなくって」
そうだった。
ヒバナは思わず遠い目をして、ガラス窓に映った自分の顔を見た。
あれからまだそんなに経っていないのだ。
なのに、何もかもが変わってしまった・・・。
「信じられないな。おまえ、そんなに可愛いのに」
ヒバナをまじまじと見つめ、明日香がまじめな表情でいった。
「そ、そんなことないよ。ひみちゃんに比べたら、わたしなんて・・・」
自然と頬が熱くなってくる。
なぜだか唇に、緋美子の甘いくちづけの味が蘇った。
「まあ、ひみは特別製の美少女だからなあ。でも、おまえはまた別の方向で可愛いと思う。ほんと、似合いのカップルだよ」
「あ、ありがとう」
「恋愛に、男も女もないのかもしれないな」
明日香はそうひとりごちると、ぬるくなったコーヒーをがぶりと飲んだ。
「俺はこんな外見だから、はなっからそういうの諦めてるんだが、想像するのはなんだか楽しくっててさ。あ、もちろん、エッチな意味じゃなくてね」
そこで明日香が少し赤くなったので、ヒバナはぷっと吹き出した。
「変なの。きょうのブッチャーったら、なんか変だよ」
「そうかな」
明日香が頭をかいて、照れたように笑った。
「ヒバナとふたりきりで、舞い上がってるんだよ。きっとな」
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