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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!
#29 海底原人④
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雨は少し小降りになっていたが、それでも車に辿り着くまでにはかなり濡れてしまった。
が、ナノ・カーボン製の戦闘服は水を弾くので、普段着のときよりは気持ち悪くなかった。
桜子がタイヤを軋らせ、ワゴンRをスタートさせる。
「教団の施設はこのビーチランドの隣です。去年まで、私立の中高一貫校の敷地だったところなんですが」
車は一度往来に出、そこから海岸沿いに東に向かう。
すぐに、左前方に斬新なデザインの建造物が見えてきた。
「うわあ、『スタートレック」のエンタープライズ号そっくり」
緋美子が歓声を上げる。
が、そのへんの知識に乏しいヒバナは、ただ、
「すごいねえ。UFOみたい」
とあいづちを打つに留めた。
「報告によると、教団のプライベート・ビーチに、信者が集まっているそうです」
「怪獣が出たとかいうのは?」
「うーん、それは行ってみないとわかりませんね」
堤防は教団の敷地を巻くようにして左手にカーブしている。
桜子はその手前に空き地を見つけてそこに車を止めると、
「ここからは砂浜沿いに徒歩で」
と指示を出し、外に出て雨合羽を頭からかぶった。
堤防には浜に下りる階段が設えられていた。
お通夜と桜子が階段を使い、ヒバナたち3人は軽く跳躍して、直接浜辺に飛び降りた。
風がけっこう強いため、波が荒い。
空も海も灰色なので、世界が闇に閉ざされる直前のようだ。
一キロほど歩くと、前方に高いコンクリートの塀が現れた。
あのむこうが教団のプライベート・ビーチなのだろう。
それにしても、こんな頑丈な塀で囲ってしまうとは、呆れるほどの閉鎖性だ。
「ヒバナ、玉ちゃん、変身、いい?」
緋美子がいった。
「うん」
うなずくと、ヒバナは額の宝玉に意識を集中した。
前頭葉を中心に何か熱いものが生まれ、体中に広がっていく。
見る見るうちに視点が高くなる。
背が伸びているのだ。
背中に翼が生え、右腕に剣が実体化する。
神剣、布都御魂(ふつのみたま)である。
変身が完了するのに、十秒とかからなかった。
見ると、緋美子も背中に朱雀の羽根を宿し、髪が第二の小翼に変わっていた。
腕に、実体化を完了したアマテラスの弓を持っている。
ふたりとも、身長は3m近くまで伸びていた。
「わあ、すごい!」
桜子が手を叩いて喜んだ。
「人間のときの美しさはそのままに、倍以上にスケールアップしたって感じですね」
事実、戦闘服は伸縮自在なので、翼を除けばふたりとも変身前と外見上、大きな変化は見られない。
初期の頃は神獣の影響がそのまま外観に現れたものだが、変身を繰り返すうちに次第にスマートなものになっていった。
そのことについては、ヒトと神獣のDNAのブレンドが進んだからではないか、とヒバナは思っている。
現に、神獣との融合歴も古いヒバナと緋美子は、すでに神獣の腕輪なしでも変身が可能なのだ。これが、まだ経験の浅い玉子と明日香はそうはいかない。今も玉子だけは左腕に白虎の腕輪を装着しており、それを使って変身を果たしていた。ただし、外見上は白虎というより、ムク犬のぬいぐるみである。
「それに比べて玉ちゃんの可愛いこと!」
桜子はひとりではしゃいで写メを撮りまくっている。
「空から行きますか。桜子さんたちは、ここで待っててください。危険かもしれないので」
美しい極彩色の翼を広げて、緋美子がいったときだった。
「つやも連れて行ってください」
お通夜が前に進み出た。
つきつめた表情をしている。
「お父さんが、いるかもしれないんです」
「そうだね」
ヒバナがその肩に手を置いた。
「つやちゃんはわたしが運ぶから、ひみちゃんは玉子を」
「くれぐれも気をつけて」
桜子がいった。
「怪獣が出たら逃げてください。あとは自衛隊にまかせましょ」
「状況次第かな。じゃ、またあとで」
緋美子が大きく羽ばたいた。
肩に弓を装備し、両腕に玉子を抱え、ふわりと舞い上がる。
ヒバナには助走が必要だ。
「つやちゃん、しっかりつかまっててね」
背中のお通夜にそう声をかけると、砂浜を全速力で走り出す。
皮膜でできた竜の翼が広がり、風をはらむ。
大地を蹴って、飛んだ。
力強く羽ばたき、飛翔の態勢に入る。
大きく百八十度旋回すると、針路を元に戻して立ちはだかるコンクリートの障壁を越えた。
宙で水平に体を安定させる。
「あ、あれ」
背中でお通夜がつぶやくのが聞こえた。
ヒバナの顔の横から身を乗り出し、前方を指差している。
同時にヒバナも気づいた。
浜辺に人の輪ができている。
ローブを頭からすっぽりかぶった、異様な風体の人々だ。
十人ほどの者が行列を成し、海へ向かって歩いている。
多くの信者たちが、それを取り囲んでいるのだ。
「ん?」
ヒバナは妙なものに気づいて、目を凝らした。
行列の進んで行く先に、巨大な"何か"がうずくまっている。
ラグビーボールのような形の銀色の頭部。
鰐を思わせる濃い緑色の胴体。
「か、怪獣!」
それは、全長50メートルは優に超えていそうな、まさしく化け物だった。
しかも、頭が異様にでかい。
体の半分以上が、銀色の光沢を放つ頭部なのだ。
ダゴン、と貢がいっていた、アレなのだろうか。
クトゥルーの眷属、古きものの一員、ダゴン。
ダゴンがぐわっと口を開けた。
鋭い歯に縁取られた、肉色の巨大なトンネルだ。
そこに向かって、信者たちの行列は、ためらうことのない足取りで進んでいく。
ヒバナが緋美子を追って更に高度を上げようとしたときだった。
「降りて!」
突然、お通夜が叫んだ。
「お父さん! お父さんがいる!」
「え? そ、そんな・・・」
迷った末、ヒバナは高度を下げ、着地することにした。
怪獣に接近すると、怪獣の後頭部に透明のコクピットみたいな部分があり、中に誰か乗っているのが見えた。
ツインテールの色素の薄い髪。
銀縁眼鏡。
茶色のブレザーの制服。
ナミだ。
怪獣を操っているのに違いない。
信者たちの輪の外側に着地した。
行列は、今しも怪獣の口の中に入ろうとしていた。
「お父さん!」
お通夜が飛び出した。
「待って!」
人垣を掻き分けて、ヒバナは後を追った。
よろめきながら駆けて行くお通夜。
その声が届いたのか、行列の中のひとりが振り向いた。
色黒の、中肉中背の初老の男だった。
男が、驚いたように目を見開いた。
何かいいかけるように唇が動いた。
そのときだった。
怪物の口が、閉じた。
信者十人が、その中にかき消える。
「やめて!」
お通夜が絶叫し、その場に崩れ落ちた。
大量の海水を撒き散らしながら、怪物が巨大な頭を垂直にもたげ、ごくりと喉を鳴らして生贄たちを飲み込んだ。
「ひどい・・・」
ヒバナは立ち竦んだ。
お通夜は泣き続けている。
信者たちの間から、半透明のローブを身に纏ったスタイルのいい女が歩み出た。
麗奈だった。
「ひさしぶりね。子猫ちゃん」
妖艶に微笑んで、麗奈がいった。
「何したのよ?」
ヒバナはなじった。
「あの人たちを、どうしたの?」
「見ての通りよ」
麗奈が怪物を指差した。
「あれに、餌をあげただけ」
えさ・・・?
つやちゃんの父さんが、あれの、えさだって・・・?
「許せない」
ヒバナの中で、怒りが点火した。
「お手並み拝見ね」
麗奈はからかうようにいうと、怪物のほうを振り向いた。
そして、高らかな声で叫んだ。
「わだつみの王、ダゴン、この小娘たちを、喰っておしまい!」
が、ナノ・カーボン製の戦闘服は水を弾くので、普段着のときよりは気持ち悪くなかった。
桜子がタイヤを軋らせ、ワゴンRをスタートさせる。
「教団の施設はこのビーチランドの隣です。去年まで、私立の中高一貫校の敷地だったところなんですが」
車は一度往来に出、そこから海岸沿いに東に向かう。
すぐに、左前方に斬新なデザインの建造物が見えてきた。
「うわあ、『スタートレック」のエンタープライズ号そっくり」
緋美子が歓声を上げる。
が、そのへんの知識に乏しいヒバナは、ただ、
「すごいねえ。UFOみたい」
とあいづちを打つに留めた。
「報告によると、教団のプライベート・ビーチに、信者が集まっているそうです」
「怪獣が出たとかいうのは?」
「うーん、それは行ってみないとわかりませんね」
堤防は教団の敷地を巻くようにして左手にカーブしている。
桜子はその手前に空き地を見つけてそこに車を止めると、
「ここからは砂浜沿いに徒歩で」
と指示を出し、外に出て雨合羽を頭からかぶった。
堤防には浜に下りる階段が設えられていた。
お通夜と桜子が階段を使い、ヒバナたち3人は軽く跳躍して、直接浜辺に飛び降りた。
風がけっこう強いため、波が荒い。
空も海も灰色なので、世界が闇に閉ざされる直前のようだ。
一キロほど歩くと、前方に高いコンクリートの塀が現れた。
あのむこうが教団のプライベート・ビーチなのだろう。
それにしても、こんな頑丈な塀で囲ってしまうとは、呆れるほどの閉鎖性だ。
「ヒバナ、玉ちゃん、変身、いい?」
緋美子がいった。
「うん」
うなずくと、ヒバナは額の宝玉に意識を集中した。
前頭葉を中心に何か熱いものが生まれ、体中に広がっていく。
見る見るうちに視点が高くなる。
背が伸びているのだ。
背中に翼が生え、右腕に剣が実体化する。
神剣、布都御魂(ふつのみたま)である。
変身が完了するのに、十秒とかからなかった。
見ると、緋美子も背中に朱雀の羽根を宿し、髪が第二の小翼に変わっていた。
腕に、実体化を完了したアマテラスの弓を持っている。
ふたりとも、身長は3m近くまで伸びていた。
「わあ、すごい!」
桜子が手を叩いて喜んだ。
「人間のときの美しさはそのままに、倍以上にスケールアップしたって感じですね」
事実、戦闘服は伸縮自在なので、翼を除けばふたりとも変身前と外見上、大きな変化は見られない。
初期の頃は神獣の影響がそのまま外観に現れたものだが、変身を繰り返すうちに次第にスマートなものになっていった。
そのことについては、ヒトと神獣のDNAのブレンドが進んだからではないか、とヒバナは思っている。
現に、神獣との融合歴も古いヒバナと緋美子は、すでに神獣の腕輪なしでも変身が可能なのだ。これが、まだ経験の浅い玉子と明日香はそうはいかない。今も玉子だけは左腕に白虎の腕輪を装着しており、それを使って変身を果たしていた。ただし、外見上は白虎というより、ムク犬のぬいぐるみである。
「それに比べて玉ちゃんの可愛いこと!」
桜子はひとりではしゃいで写メを撮りまくっている。
「空から行きますか。桜子さんたちは、ここで待っててください。危険かもしれないので」
美しい極彩色の翼を広げて、緋美子がいったときだった。
「つやも連れて行ってください」
お通夜が前に進み出た。
つきつめた表情をしている。
「お父さんが、いるかもしれないんです」
「そうだね」
ヒバナがその肩に手を置いた。
「つやちゃんはわたしが運ぶから、ひみちゃんは玉子を」
「くれぐれも気をつけて」
桜子がいった。
「怪獣が出たら逃げてください。あとは自衛隊にまかせましょ」
「状況次第かな。じゃ、またあとで」
緋美子が大きく羽ばたいた。
肩に弓を装備し、両腕に玉子を抱え、ふわりと舞い上がる。
ヒバナには助走が必要だ。
「つやちゃん、しっかりつかまっててね」
背中のお通夜にそう声をかけると、砂浜を全速力で走り出す。
皮膜でできた竜の翼が広がり、風をはらむ。
大地を蹴って、飛んだ。
力強く羽ばたき、飛翔の態勢に入る。
大きく百八十度旋回すると、針路を元に戻して立ちはだかるコンクリートの障壁を越えた。
宙で水平に体を安定させる。
「あ、あれ」
背中でお通夜がつぶやくのが聞こえた。
ヒバナの顔の横から身を乗り出し、前方を指差している。
同時にヒバナも気づいた。
浜辺に人の輪ができている。
ローブを頭からすっぽりかぶった、異様な風体の人々だ。
十人ほどの者が行列を成し、海へ向かって歩いている。
多くの信者たちが、それを取り囲んでいるのだ。
「ん?」
ヒバナは妙なものに気づいて、目を凝らした。
行列の進んで行く先に、巨大な"何か"がうずくまっている。
ラグビーボールのような形の銀色の頭部。
鰐を思わせる濃い緑色の胴体。
「か、怪獣!」
それは、全長50メートルは優に超えていそうな、まさしく化け物だった。
しかも、頭が異様にでかい。
体の半分以上が、銀色の光沢を放つ頭部なのだ。
ダゴン、と貢がいっていた、アレなのだろうか。
クトゥルーの眷属、古きものの一員、ダゴン。
ダゴンがぐわっと口を開けた。
鋭い歯に縁取られた、肉色の巨大なトンネルだ。
そこに向かって、信者たちの行列は、ためらうことのない足取りで進んでいく。
ヒバナが緋美子を追って更に高度を上げようとしたときだった。
「降りて!」
突然、お通夜が叫んだ。
「お父さん! お父さんがいる!」
「え? そ、そんな・・・」
迷った末、ヒバナは高度を下げ、着地することにした。
怪獣に接近すると、怪獣の後頭部に透明のコクピットみたいな部分があり、中に誰か乗っているのが見えた。
ツインテールの色素の薄い髪。
銀縁眼鏡。
茶色のブレザーの制服。
ナミだ。
怪獣を操っているのに違いない。
信者たちの輪の外側に着地した。
行列は、今しも怪獣の口の中に入ろうとしていた。
「お父さん!」
お通夜が飛び出した。
「待って!」
人垣を掻き分けて、ヒバナは後を追った。
よろめきながら駆けて行くお通夜。
その声が届いたのか、行列の中のひとりが振り向いた。
色黒の、中肉中背の初老の男だった。
男が、驚いたように目を見開いた。
何かいいかけるように唇が動いた。
そのときだった。
怪物の口が、閉じた。
信者十人が、その中にかき消える。
「やめて!」
お通夜が絶叫し、その場に崩れ落ちた。
大量の海水を撒き散らしながら、怪物が巨大な頭を垂直にもたげ、ごくりと喉を鳴らして生贄たちを飲み込んだ。
「ひどい・・・」
ヒバナは立ち竦んだ。
お通夜は泣き続けている。
信者たちの間から、半透明のローブを身に纏ったスタイルのいい女が歩み出た。
麗奈だった。
「ひさしぶりね。子猫ちゃん」
妖艶に微笑んで、麗奈がいった。
「何したのよ?」
ヒバナはなじった。
「あの人たちを、どうしたの?」
「見ての通りよ」
麗奈が怪物を指差した。
「あれに、餌をあげただけ」
えさ・・・?
つやちゃんの父さんが、あれの、えさだって・・・?
「許せない」
ヒバナの中で、怒りが点火した。
「お手並み拝見ね」
麗奈はからかうようにいうと、怪物のほうを振り向いた。
そして、高らかな声で叫んだ。
「わだつみの王、ダゴン、この小娘たちを、喰っておしまい!」
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