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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!
#27 海底原人②
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「ひえ~、こんな天気になるなんて、聞いてないよ」
揺れるフェリーを降りながら、ヒバナが悲鳴を上げた。
横殴りに叩きつけてくる雨に、あっというまに全身ずぶ濡れになる。
「足元、気をつけてね」
緋美子がヒバナの肘を支えた。
頬が触れ合い、ヒバナはちょっと赤くなる。
「雷、鳴らないですよね。鳴ったらつや、死んでしまいます」
後ろからついてきたお通夜が、涙声でいう。
「玉ちゃんが暴れなければ、大丈夫だと思うけど」
ヒバナがお通夜に手を貸して、揺れるフェリーから桟橋に降ろしてやる。
ヒバナと緋美子はおそろいのダウンジャケットにジーンズ、お通夜は長いコートに長いスカートといった出で立ちだが、フェリーから降りて一分と経たぬうちに、すでに三人ともびしょぬれの状態だった。
波止場では玉子が待っていた。
傍らに、作業着の上にビニールの雨合羽をかぶった若い女性が立っている。
いつかテレビで見た、水族館の職員だ。
玉子の知り合いで、確か望月桜子とかいう名前だったはずだ。
「さ、こちらへ。車、用意してありますから」
おさげ髪の桜子がいって、三人分のビニール傘を差し出した。
眼鏡が真っ白に曇っている。
「急に降ってきたから、皆さん、傘持っていらっしゃらないでしょ」
「わあ、ありがとう」
ヒバナは喜んだが、実際には傘などほとんど役に立たなかった。
五人はひとかたまりになって、駐車場に走った。
オレンジ色の派手な軽自動車が、桜子の愛車だった。
年代もののワゴンRである。
「狭くてごめんなさい」
五人がほうほうの体(てい)で中に乗り込むと、運転席に座った桜子がいった。
「いえ、狭いの慣れてますから」
ヒバナがいうと、
「そんなことないです。素敵なお車ですね」
すかさず緋美子が言葉を添える。
「私、望月桜子っていいます。南三河ビーチランドの水族館の、職員をしています」
ワイパーを作動させ、車を出しながら、桜子が自己紹介した。
「玉ちゃんには、いつもお世話になってるんですよ」
「まあな」
助手席にふんぞり返って、玉子がうなずく。
「桜子はおっちょこちょいだから、あたいがついててやらないとな」
「なにいばってるのよ、この不良小学生」
ヒバナが後ろから玉子の頭をこつんとぶった。
「玉ちゃんからお話はうかがってたんですけど、皆さん、すっごく可愛いですね。ひと目見て、アイドルかと思いました」
イルカショーで営業力を磨いているのか、桜子は口が上手い。
「いやあ、それほどでも」
真に受けて照れるヒバナに、
「ひみねえはそうだけど、あとのふたりはどうかな」
玉子が聞こえよがしにつぶやいた。
「ヒバゴンはちょっとまぬけなツラしてるし、お通夜は元『貞子』だし」
「間抜け面で悪かったわね! それに、ヒバゴンっていうな」
ヒバナがまた玉子の頭をこづく。
「つやちゃんだって、髪型変えて可愛くなってるでしょ」
「いてえなあ、おまえみたいにバカになっちまったら、どうしてくれんだよ」
「んもう」
怒り心頭に達して腕組みしたヒバナの横で、緋美子がくすくす笑う。
「仲がいいんですね」
桜子が、同じく笑いながら口を挟む。
「ご冗談を。ただの腐れ縁ですよ」
ヒバナが抗議すると、いつまでもこの調子では埒が明かないと思ったのか、緋美子が口を挟んだ。
「ところで玉ちゃん、お通夜さんのお父さんの件は?」
「ああ、あれ」
玉子が真面目な顔に戻った。
「やっぱ、思った通りだった。『天国への階段』の本部に入ってったよ」
「いつの間に信者になってたんだろう」
お通夜がつぶやいた。
「病気のことで気が弱くなってるところを、お父さん、つけこまれたのかな」
「つやちゃんの実家って、飛騨だよね」
ヒバナがいった。
「ええ。そこで喫茶店、やってるんです」
「てことは、けっこう手広く布教活動してるってことだねえ」
「まあ、今はインターネットで入信できちゃいますから」
と、ハンドルを巧みに操りながら、桜子がいった。
「最近では、新興宗教の勧誘も、メールで来るそうですよ」
「へーえ、何でもネットでできちゃうんだ」
ヒバナが感心したようにつぶやいた。
「それよか、おまいら。腕輪盗られたんだって?」
ふいに玉子が話題を変えた。
とたんに緋美子の表情が曇る。
「ごめんなさい」
苦渋に満ちた声で、謝った。
「ん? なんでひみねえが謝るの?」
「実はね、またうちの安奈が・・・」
ヒバナは夕べの騒動を思い出した。
ひずみからの電話に驚いて極楽湯に駆けつけると、すでに緋美子が来ていて、
「安奈が誰かに頼まれて、金庫開けて盗んだらしいの」
そう、泣き出しそうな表情でいったのだ。
緋美子の妹、安奈には腕輪盗難の前科がある。
ひずみからの連絡を受け、まさかと思って問い詰めると、安奈はあっさり罪を告白したのだという。
「お兄ちゃんに頼まれたんだよ」
と。
「誰だよ、その『お兄ちゃん』って」
「たぶん」
緋美子が大きな切れ長の目で宙を睨んだ。
「乾(いぬい)ナギ。前の前の世界で、安奈、彼に遊んでもらったことがあるの」
「ナギって、双子のあの影の薄い男のほうか」
玉子が馬鹿にしたようにいう。
「そりゃ、ナミと比べたらかわいそうだよ」
ヒバナが庇う。
ナギとは、先回の『酒呑童子事件』のとき、一時行動をともにした。
見るからにちゃらんぽらんで何を考えているかわからないところがあるが、そんなに悪い子じゃないと思う。
少なくとも、双子の妹のナミと比べれば。
「ナギも今回の件に一枚噛んでるのは間違いないから、おそらく麗奈のところにいるとは思うけど」
「『天国への階段」本部ね」
「うん。だからおそらく、奪われた腕輪もそこにあるんじゃないかな」
緋美子の言葉に、ヒバナはうなずいた。
「だったら、つやちゃんのお父さんを救い出すついでに、取り返せばいいよね」
「そんなにうまくいくかよ」
異議を唱えたのは玉子だ。
「ナギがいるならナミもいるだろうし、そうなるとかなりやっかいだぜ」
ヒバナと緋美子は沈黙した。
玉子に指摘されるでもなく、それが最大の難問だったからだ。
揺れるフェリーを降りながら、ヒバナが悲鳴を上げた。
横殴りに叩きつけてくる雨に、あっというまに全身ずぶ濡れになる。
「足元、気をつけてね」
緋美子がヒバナの肘を支えた。
頬が触れ合い、ヒバナはちょっと赤くなる。
「雷、鳴らないですよね。鳴ったらつや、死んでしまいます」
後ろからついてきたお通夜が、涙声でいう。
「玉ちゃんが暴れなければ、大丈夫だと思うけど」
ヒバナがお通夜に手を貸して、揺れるフェリーから桟橋に降ろしてやる。
ヒバナと緋美子はおそろいのダウンジャケットにジーンズ、お通夜は長いコートに長いスカートといった出で立ちだが、フェリーから降りて一分と経たぬうちに、すでに三人ともびしょぬれの状態だった。
波止場では玉子が待っていた。
傍らに、作業着の上にビニールの雨合羽をかぶった若い女性が立っている。
いつかテレビで見た、水族館の職員だ。
玉子の知り合いで、確か望月桜子とかいう名前だったはずだ。
「さ、こちらへ。車、用意してありますから」
おさげ髪の桜子がいって、三人分のビニール傘を差し出した。
眼鏡が真っ白に曇っている。
「急に降ってきたから、皆さん、傘持っていらっしゃらないでしょ」
「わあ、ありがとう」
ヒバナは喜んだが、実際には傘などほとんど役に立たなかった。
五人はひとかたまりになって、駐車場に走った。
オレンジ色の派手な軽自動車が、桜子の愛車だった。
年代もののワゴンRである。
「狭くてごめんなさい」
五人がほうほうの体(てい)で中に乗り込むと、運転席に座った桜子がいった。
「いえ、狭いの慣れてますから」
ヒバナがいうと、
「そんなことないです。素敵なお車ですね」
すかさず緋美子が言葉を添える。
「私、望月桜子っていいます。南三河ビーチランドの水族館の、職員をしています」
ワイパーを作動させ、車を出しながら、桜子が自己紹介した。
「玉ちゃんには、いつもお世話になってるんですよ」
「まあな」
助手席にふんぞり返って、玉子がうなずく。
「桜子はおっちょこちょいだから、あたいがついててやらないとな」
「なにいばってるのよ、この不良小学生」
ヒバナが後ろから玉子の頭をこつんとぶった。
「玉ちゃんからお話はうかがってたんですけど、皆さん、すっごく可愛いですね。ひと目見て、アイドルかと思いました」
イルカショーで営業力を磨いているのか、桜子は口が上手い。
「いやあ、それほどでも」
真に受けて照れるヒバナに、
「ひみねえはそうだけど、あとのふたりはどうかな」
玉子が聞こえよがしにつぶやいた。
「ヒバゴンはちょっとまぬけなツラしてるし、お通夜は元『貞子』だし」
「間抜け面で悪かったわね! それに、ヒバゴンっていうな」
ヒバナがまた玉子の頭をこづく。
「つやちゃんだって、髪型変えて可愛くなってるでしょ」
「いてえなあ、おまえみたいにバカになっちまったら、どうしてくれんだよ」
「んもう」
怒り心頭に達して腕組みしたヒバナの横で、緋美子がくすくす笑う。
「仲がいいんですね」
桜子が、同じく笑いながら口を挟む。
「ご冗談を。ただの腐れ縁ですよ」
ヒバナが抗議すると、いつまでもこの調子では埒が明かないと思ったのか、緋美子が口を挟んだ。
「ところで玉ちゃん、お通夜さんのお父さんの件は?」
「ああ、あれ」
玉子が真面目な顔に戻った。
「やっぱ、思った通りだった。『天国への階段』の本部に入ってったよ」
「いつの間に信者になってたんだろう」
お通夜がつぶやいた。
「病気のことで気が弱くなってるところを、お父さん、つけこまれたのかな」
「つやちゃんの実家って、飛騨だよね」
ヒバナがいった。
「ええ。そこで喫茶店、やってるんです」
「てことは、けっこう手広く布教活動してるってことだねえ」
「まあ、今はインターネットで入信できちゃいますから」
と、ハンドルを巧みに操りながら、桜子がいった。
「最近では、新興宗教の勧誘も、メールで来るそうですよ」
「へーえ、何でもネットでできちゃうんだ」
ヒバナが感心したようにつぶやいた。
「それよか、おまいら。腕輪盗られたんだって?」
ふいに玉子が話題を変えた。
とたんに緋美子の表情が曇る。
「ごめんなさい」
苦渋に満ちた声で、謝った。
「ん? なんでひみねえが謝るの?」
「実はね、またうちの安奈が・・・」
ヒバナは夕べの騒動を思い出した。
ひずみからの電話に驚いて極楽湯に駆けつけると、すでに緋美子が来ていて、
「安奈が誰かに頼まれて、金庫開けて盗んだらしいの」
そう、泣き出しそうな表情でいったのだ。
緋美子の妹、安奈には腕輪盗難の前科がある。
ひずみからの連絡を受け、まさかと思って問い詰めると、安奈はあっさり罪を告白したのだという。
「お兄ちゃんに頼まれたんだよ」
と。
「誰だよ、その『お兄ちゃん』って」
「たぶん」
緋美子が大きな切れ長の目で宙を睨んだ。
「乾(いぬい)ナギ。前の前の世界で、安奈、彼に遊んでもらったことがあるの」
「ナギって、双子のあの影の薄い男のほうか」
玉子が馬鹿にしたようにいう。
「そりゃ、ナミと比べたらかわいそうだよ」
ヒバナが庇う。
ナギとは、先回の『酒呑童子事件』のとき、一時行動をともにした。
見るからにちゃらんぽらんで何を考えているかわからないところがあるが、そんなに悪い子じゃないと思う。
少なくとも、双子の妹のナミと比べれば。
「ナギも今回の件に一枚噛んでるのは間違いないから、おそらく麗奈のところにいるとは思うけど」
「『天国への階段」本部ね」
「うん。だからおそらく、奪われた腕輪もそこにあるんじゃないかな」
緋美子の言葉に、ヒバナはうなずいた。
「だったら、つやちゃんのお父さんを救い出すついでに、取り返せばいいよね」
「そんなにうまくいくかよ」
異議を唱えたのは玉子だ。
「ナギがいるならナミもいるだろうし、そうなるとかなりやっかいだぜ」
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