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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!
#16 嵐の前①
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翌日、お通夜は寝坊した。
起きるとなんだか体がだるく、熱っぽかった。
せんべい布団から這い出して机の引き出しから体温計を捜し出し、熱を測ると38度を超えていた。
ふだんから低体温のお通夜には、これは高熱の部類に入る。
大学は休むことにした。
蒲団に入り直し、ぼんやりと天井を見る。
ボロ下宿の、染みだらけの天井である。
ぼうっと眺めていると、木目の模様が人の顔に見えてきた。
竜に似ているのもある。
竜・・・。
お通夜は昨日の"会議”の内容を思い出した。
最後の神獣、黄竜。
それに、この私が・・・?
ヒバナや緋美子が"人ならぬもの"に変身して、魔物と戦う姿は何度も目にしていた。
だから、神獣の存在を疑っているわけではない。
しかし、自分がそういった存在になるべきのか、というとそれはまた話が別だった。
第一、運動は大の苦手である。
特技はカラオケとパソコンだけなのだ。
いくら神獣の力を授かったところで、ダゴンだのクトゥルーだのに勝てるわけがない。
考えていると、余計に熱が上がってくるようだった。
寝床から這い出し、昨夜の残りのご飯でおじやを作って食べた。
ついでに玉子酒をつくり、ちびちびと飲みながら寝床に入ったままDVDを鑑賞することにした。
大好きな『指輪物語』三部作を見ていると、最後の『王の帰還』の真ん中あたりでスマホが鳴った。
むっとして出ると、貢だった。
大学を休んだのを心配してかけてきたのだ、
風邪だ、と告げると、すぐ行く、というから、やめて、と断って切った。
無性にひとりになりたかった。
もう、魔物だの妖怪だの異世界からの侵略だのといった与太話は。当分聞きたくなかった。
だから、その方面にどっぷり足を突っ込んでいる貢と会う気分には、とうていなれなかったのだ。
『指輪物語』を見終わると、すっかり外は暗くなっていた。
熱は37度台まで下がっていたが、まだ体がだるかった。
どうしても夕食を作る気になれず、ぼんやりまた天井を眺めていると、眠気が襲ってきた。
9時間以上映画を見続けていたのだから、ある意味これは自然だった。
うとうとしていると、電話のベルで叩き起こされた。
今度は家電のほうだった。
嫌な予感がした。
家電にかけてくるのは、実家の誰かと決まっている。
放っておくといつまでも鳴っていてうるさいので、出ることにした。
母からだった。
「父さんがね」
元気? とも何とも訊かず、いきなりいった。
「あんたんとこ、行きたいっていって、聞かないのよ」
「ここへ?」
お通夜はあからさまに嫌そうな声を出した。
四畳半と六畳間の二部屋しかないボロアパートである。
「無理だよ。こんな狭いとこ」
「そういわないで、頼むから会ってあげてよ」
母はいつになく、強行姿勢を崩さない。
「やだ」
「この前ね、精密検査の結果が出たんだけどさ」
「精密検査? 誰の?」
「だから、お父さんの、だよ」
「ああ」
思い出した。
1ケ月ほど前、父が入院した、と母から電話がかかってきたことがある。
幸い、一週間ほどで退院したらしいのだが、まだ何かあるのだろうか。
「それがさ、癌みたいなんだよ」
「え・・・?」
「肝臓癌。お父さんにはまだ言ってないんだけど、かなり大きくなってて、手術は無理なんだって」
「無理って・・・どういうこと?」
背筋が寒くなった。
嫌な予感の正体は、これだったのだ。
お通夜の『嫌な予感』はよく当る。
『いい予感』は一度も当ったことがないのに、『嫌な予感』のほうは百発百中である。
「余命半年、だってさ」
泣いてこそいないが、さすがに母の声は沈んでいた。
実家は飛騨高山で喫茶店を営んでいる。
父が居なくても、妹と母とで店はなんとか切り盛りできるだろうが、これはそれだけの問題ではなかった。
「本人もなんとなく気づいてるんじゃないかと思ってさ」
母がため息混じりにいった。
「急にあんたに会いたいだなんて、珍しいこと言い出すから」
明るく愛嬌のある年子の妹と違い、読書好きで内向的なお通夜は子供の頃から父とそりが合わなかった。
根っからのスポーツマンでアウトドア派の父は、自分に似た妹には甘く、得体の知れない長女にはひどく厳しく、辛くあたるのが常だったのだ。
お通夜が大学入学と同時に家を出たのはそのせいでもある。
「そんな・・・」
お通夜は何をいっていいかわからなくなった。
完全に混乱してしまっていた。
「そんなこと、今頃いわれても・・・」
あんなに私には冷たかったのに。
本やマンガばっかり読んでたら、一生嫁にいけないぞ。
よくそういわれた。
その度に、嫁になんか誰が行くもんか。
と決意を新たにしてここまで生きてきたのだ。
「実はさ、もう家を出ちゃったんだよ」
申し訳なさそうに、母がいう。
「あと、一時間もすれば、父さん、そこに着くと思う」
「それ、早くいってよね!」
電話を切り、お通夜は茫然と部屋の中を見回した。
どうしたらいいのだろう?
余命半年の父が、今からここに来る?
心の準備も何もできていない。
泣けばいいのか喜べばいいのか、それすらもわからない。
とにかく、寝ている場合ではないことだけは確かだった。
お通夜は、よろめきながら立ち上がった。
パジャマのままではまずい。
とりあえず、着替えよう。
そう思ったのだ。
起きるとなんだか体がだるく、熱っぽかった。
せんべい布団から這い出して机の引き出しから体温計を捜し出し、熱を測ると38度を超えていた。
ふだんから低体温のお通夜には、これは高熱の部類に入る。
大学は休むことにした。
蒲団に入り直し、ぼんやりと天井を見る。
ボロ下宿の、染みだらけの天井である。
ぼうっと眺めていると、木目の模様が人の顔に見えてきた。
竜に似ているのもある。
竜・・・。
お通夜は昨日の"会議”の内容を思い出した。
最後の神獣、黄竜。
それに、この私が・・・?
ヒバナや緋美子が"人ならぬもの"に変身して、魔物と戦う姿は何度も目にしていた。
だから、神獣の存在を疑っているわけではない。
しかし、自分がそういった存在になるべきのか、というとそれはまた話が別だった。
第一、運動は大の苦手である。
特技はカラオケとパソコンだけなのだ。
いくら神獣の力を授かったところで、ダゴンだのクトゥルーだのに勝てるわけがない。
考えていると、余計に熱が上がってくるようだった。
寝床から這い出し、昨夜の残りのご飯でおじやを作って食べた。
ついでに玉子酒をつくり、ちびちびと飲みながら寝床に入ったままDVDを鑑賞することにした。
大好きな『指輪物語』三部作を見ていると、最後の『王の帰還』の真ん中あたりでスマホが鳴った。
むっとして出ると、貢だった。
大学を休んだのを心配してかけてきたのだ、
風邪だ、と告げると、すぐ行く、というから、やめて、と断って切った。
無性にひとりになりたかった。
もう、魔物だの妖怪だの異世界からの侵略だのといった与太話は。当分聞きたくなかった。
だから、その方面にどっぷり足を突っ込んでいる貢と会う気分には、とうていなれなかったのだ。
『指輪物語』を見終わると、すっかり外は暗くなっていた。
熱は37度台まで下がっていたが、まだ体がだるかった。
どうしても夕食を作る気になれず、ぼんやりまた天井を眺めていると、眠気が襲ってきた。
9時間以上映画を見続けていたのだから、ある意味これは自然だった。
うとうとしていると、電話のベルで叩き起こされた。
今度は家電のほうだった。
嫌な予感がした。
家電にかけてくるのは、実家の誰かと決まっている。
放っておくといつまでも鳴っていてうるさいので、出ることにした。
母からだった。
「父さんがね」
元気? とも何とも訊かず、いきなりいった。
「あんたんとこ、行きたいっていって、聞かないのよ」
「ここへ?」
お通夜はあからさまに嫌そうな声を出した。
四畳半と六畳間の二部屋しかないボロアパートである。
「無理だよ。こんな狭いとこ」
「そういわないで、頼むから会ってあげてよ」
母はいつになく、強行姿勢を崩さない。
「やだ」
「この前ね、精密検査の結果が出たんだけどさ」
「精密検査? 誰の?」
「だから、お父さんの、だよ」
「ああ」
思い出した。
1ケ月ほど前、父が入院した、と母から電話がかかってきたことがある。
幸い、一週間ほどで退院したらしいのだが、まだ何かあるのだろうか。
「それがさ、癌みたいなんだよ」
「え・・・?」
「肝臓癌。お父さんにはまだ言ってないんだけど、かなり大きくなってて、手術は無理なんだって」
「無理って・・・どういうこと?」
背筋が寒くなった。
嫌な予感の正体は、これだったのだ。
お通夜の『嫌な予感』はよく当る。
『いい予感』は一度も当ったことがないのに、『嫌な予感』のほうは百発百中である。
「余命半年、だってさ」
泣いてこそいないが、さすがに母の声は沈んでいた。
実家は飛騨高山で喫茶店を営んでいる。
父が居なくても、妹と母とで店はなんとか切り盛りできるだろうが、これはそれだけの問題ではなかった。
「本人もなんとなく気づいてるんじゃないかと思ってさ」
母がため息混じりにいった。
「急にあんたに会いたいだなんて、珍しいこと言い出すから」
明るく愛嬌のある年子の妹と違い、読書好きで内向的なお通夜は子供の頃から父とそりが合わなかった。
根っからのスポーツマンでアウトドア派の父は、自分に似た妹には甘く、得体の知れない長女にはひどく厳しく、辛くあたるのが常だったのだ。
お通夜が大学入学と同時に家を出たのはそのせいでもある。
「そんな・・・」
お通夜は何をいっていいかわからなくなった。
完全に混乱してしまっていた。
「そんなこと、今頃いわれても・・・」
あんなに私には冷たかったのに。
本やマンガばっかり読んでたら、一生嫁にいけないぞ。
よくそういわれた。
その度に、嫁になんか誰が行くもんか。
と決意を新たにしてここまで生きてきたのだ。
「実はさ、もう家を出ちゃったんだよ」
申し訳なさそうに、母がいう。
「あと、一時間もすれば、父さん、そこに着くと思う」
「それ、早くいってよね!」
電話を切り、お通夜は茫然と部屋の中を見回した。
どうしたらいいのだろう?
余命半年の父が、今からここに来る?
心の準備も何もできていない。
泣けばいいのか喜べばいいのか、それすらもわからない。
とにかく、寝ている場合ではないことだけは確かだった。
お通夜は、よろめきながら立ち上がった。
パジャマのままではまずい。
とりあえず、着替えよう。
そう思ったのだ。
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