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第5部 ヒバナ、インモラルナイト!

#13 ひずみ、打ち明ける

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 ヒバナからスマホに連絡があったのは、3日経った夕刻のことだった。
「ヒバナ、霊界端末を見つけたって」
 通話を切ると、ひずみはソファに寝そべっているミミに教えた。
「おお、やったか」
 ミミが鎌首をもたげる。
「すごく喜んでた」
 言いながら、ひずみの顔色は冴えない。
「ヒバナに会うのがつらい?」
 ミミが訊く。
 ひずみはうつむいたまま答えない。
「ヒバナの本当の気持ちがわかってしまって、それがつらいんだろ?」
「ミミはストレートすぎるよ」
 ひずみがぼそりと言った。
「この前だってそうだよ、ナミとの会話、わざとヒバナに聞かせたでしょ? ヒバナ、すごくショック受けてた。顔が真っ青で、見ててかわいそうだったよ」
「そうだね」
 ミミが頭部をかすかにうなずかせた。
「でも、ヒバナにわからせる必要があったんだ。あの子をあのままイザナミの奴隷にするわけにはいかなかった」
「奴隷?」
「ああ、もし真実を知らないままだったら、確実にヒバナは緋美子、いやイザナミの言うことなら何でも聞く奴隷になってたに違いないのさ。恋は盲目ってやつだよ」
「恋・・・」
「それが気に入らないんだね」
 ミミは容赦ない。
「なぜなら、ひずみ、おまえのほうが先にヒバナに恋してたから。そうなんだろ?」
「だからミミはストレートすぎるっていうの!」
 ひずみが拳を握り、テーブルをどん、と叩いた。
「不思議だな。あんたたち、三人ともオンナなのに」
 ミミが半ばあきれたようにつぶやく。
「そんなの、関係ないんだよ」
 ひずみが小声で言った。
「男とか女とか、年上だとか年下だとか・・・。好きになっちゃったものは、もうどうにもならないんだよ」

 源造じいさんは、ひずみを養女にしたとき、記念に車を買い替えていた。
 あの二人しか乗れない超骨董品のオート三輪車『ミゼット』をネットオークションに出品し、そこで得たけっこうな利益で大型のワゴン車を購入したのだ。
 それが功を奏することになった。
 寝たきり状態の緋美子の肉体を後部座席に寝かせ、ひずみを助手席に乗せると、88歳のドライバーが車を発進させた。
 太平洋戦争でゼロ戦に乗っていたときのものだという迷彩色の空帽と、ゴーグルをつるはげの頭に装着している。
「真珠湾を思い出すのう」
 それだけ妙に新しい入れ歯を光らせて、カカと笑う。
「大げさなじいさんだね。ただあたしんちに行くだけだってのに」
 後部座席から、緋美子の口を借りてナミが言う。
 行く先は、ナミが以前、『乾(いぬい)ナミ』という名の女子高生だった頃、彼女が双子の兄ナギと一緒に暮らしていた家だった。
「あたしの両親はどっちも外資系の大企業に勤めててね、半年は海外生活なんだ。だから今でも、子供が二人とも行方不明になってること、知らないと思う。家は定期的にハウスキーパーがメンテナンスに来てるから、今でも使えるはずさ。で、地下にあたし専用のラボがあるから、そこにこの子を運んでほしいの」
 ひずみはナミに言われるまま、ヒバナに電話をかけてその家の住所を伝え、現地で合流することにした。
 源造の運転は、かなり荒っぽかった。
 メカに触れるとゼロ戦乗りだった頃の血が騒ぐのか、信号も一方通行の標識も関係なく、ひたすら最短距離を突っ走った。
 パトカーに見つからなかったのが奇跡だった。
 何度も肝の冷える思いをしながら、ひずみは早くヒバナに運転免許を取らせようと思った。
 このままではいつか、じいさんと一緒に昇天する。
 そう確信したからである。

 那古野市の東にある高級住宅街に、その豪邸は位置していた。
 こんもりした森に囲まれた丘の上に建つ、3階建ての洋館である。
 時計塔とバルコニーを備えた、小型のお城のような外観をしていた。
 正門の前まで来ると、すでにヒバナが待っていた。
 少し見ないうちに、ずいぶん日焼けしている。
 白いノースリーブのセーラー服とマイクロショートパンツに、小麦色の肌がよく似合っている。
「ひずみちゃん!」
 大輪の花が咲いたような笑顔で、笑った。
 大股に駆けて来る。
 いきなり、ぎゅっと抱きしめられた。
 弾力のあるヒバナの体は、汗とほこりと太陽のにおいがした。
「痛いよ」
 ひずみはわざとそっけなくヒバナを押しのけた。
「会いたかったよ、元気してた?」
 めげずに抱きついてくるヒバナ。
 やめてよ、ヒバナ。
 あたし、泣いちゃうよ・・・。
 身動きできずにヒバナのぬくもりに包まれ、ひずみが心の中でそうつぶやいたとき、車の中からナミの声がした。
「こら、ヒバナ! とっととこの子の体を中に運ぶんだよ! もう時間がない。 ひずみ、正門のロック解除のパスワード教えるから、急いでこっちに来な!」
 相変らず高飛車な、上から目線の物言いである。
 ヒバナが緋美子を背負い、ひずみが門柱のパネルにコードを打ち込んで、鉄の扉を開けた。
 源造じいさんが車を車寄せに乗り入れ、ガレージにバックで駐車した。
 玄関のドアを同じくパネルで操作して、開く。
 自動的に建物の中の明かりが点り、映画のセットのようなきらびやかな空間が目の前に現れた。
 ひずみは息を呑んだ。
 真紅のカーペット。
 二階に伸びる螺旋階段。
 輝く大きなシャンデリア。
 壁面を埋め尽くすレリーフと絵画。
 こんな家、本当に存在するんだ。
 ある意味、感動だった。
「階段の下にラボへのエレベーターがある、それに乗るんだ」
 ヒバナの背中でナミが指示を出す。
 円筒形のエレベーターに乗りこみ、地下に降りる。
 ドアが開く。
 大学の研究室のような広い空間に出た。
 真ん中に手術台、奥にガラス張りの監視ルームが見える。
「なあ、イザナミ、ちょっと思ったんだけどさ」
 ひずみのショルダーバッグから顔を出して、ミミが緋美子の中に居るナミに話しかけた。
「おまえ、3Dプリンターとやらで霊界端末を複製して、緋美子にくっつけたって言ってただろ? なら、もう一回同じことをすれば話が早かったんじゃないの? わざわざヒバナに本物を取りに行かせなくても、もう一つ端末のコピーをつくって、取り替えればよかったんじゃないのかい」
「それがダメなんだよ」
 明らかにいらついた口調で、ナミが言う。
「動物のクローンも同じだけど、複製には生殖能力がないんだ。この場合、緋美子から壊れた端末を取り外すことはできないから、新しい端末とうまく融合させて再生させてやる必要がある。それが、複製にはできないんだよ。正真正銘の珪素生物でないとね」
「なるほど。そうすると、神獣の御霊のレプリカのほうも、長持ちしそうにないということだね」
「ああ。所詮、3Dプリンターなんて、人間が作ったおもちゃだからね。あたしはこの子を、本物の戦士にしてやりたいんだよ」
「でも」
 そこで間に割って入ったのは、ヒバナだった。
「緋美ちゃんが、それを望んでなかったら、どうするの?」
「望むも望まないもないよ。緋美子はもう何度も変身している。御霊の影響を強く受けすぎてしまっているんだ。ここで完全に御霊をアンインストールしてしまったら、おそらくこの子は緩慢な死を迎えることになる。ヒバナ、おまえもね。御霊は麻薬みたいなものだ。おまえと緋美子はジャンキーなんだ。おまえたちふたりは、もう、御霊なしではやっていけない身体のつくりになってしまってるのさ」

 浴衣姿の緋美子を中央に運び、手術台に横たえると、
「よし、あとはオレに任せろ」
 ふいにレオンが意識の表層に出てきて、そう言った。
「ヒバナ、さっきの要領で、一部だけ、変身しろ。上半身だけでいい」
 ーうんー
 ヒバナは上体だけ竜人の姿になった自分をイメージした。
 ぶん、と体がぶれ、変身が始まった。
 徐々に視界がクリアになってくる。
 どちらかといえば近眼気味のヒバナの視力が、竜化によって一気に跳ね上がったのだ。
「ヒ、ヒバナ、おまえ・・・。腕輪を使わずに、変身できるのか」
 ナミが驚いたように言う。
 ーこれ、もういらないねー
 ヒバナは左手首から腕輪をはずした。
 緋美子の左手首から、オロチのブレスで半ば溶けかけている同型の腕輪をはずしてやり、自分がしていた本物をはめてやる。
「いいのか」
 レオンが警告するように言った。
「その腕輪には、全部の神獣に変身できるコードが内蔵されてるんだぞ。もし青竜がやられても、おまえがその気にさえなれば、玄武や白虎、朱雀に変身できるかもしれない秘密のコードが」
 ーわたしは竜だけでいいの。あとはひみちゃんにあげるー
「物分りがいいじゃないか」
 ナミが満足げに言った。
「おまえを殺してでも奪い取ろうと思ってたけど、その手間が省けたよ」

 ヒバナの体を操ってレオンが手術台に登り、装置のスイッチをオンにした。
 レオンの工房にもあった、歯医者のドリルのような不気味極まりないマシンである。
「壊れた端末の真ん中に穴を開ける。そしたら、そこに、ひずみ、新しい結晶を置いてくれ。ああ、心配するな。そっと、置いてくれるだけでいい」
 ヒバナから青い宝石を受け取って、ひずみが真剣な表情でうなずく。
「あとは、結晶生命が自分から融合を始めるはずだ。これ、生きがよさそうだから、きっとうまくいく」
 ーレオン、頼んだよ。きっと、ひみちゃんを、助けてあげてねー
 ヒバナは祈った。
 グイーンと、ドリルがうなりをあげ、高速で回転を始める。
                   ◇
 島の夜は深い。
 周囲の民宿が明かりを落とすと、真の闇がやってくるからだ。
 傾きかけた駄菓子屋の中、裸電球の下で老人と娘が向かい合っている。
「じじい、あたい、旅に出ることにしたよ」
 刈り上げ、おかっぱの少女が言う。
 トヨタマヒメ、玉子である。
「今朝、変なオンナが来たろ? あいつ、ガチでむかつくんだ」
「ヒバナか」
 ひからびたような老人が訊く。
「竜人の娘だな」
「ああ。あたいをだまして、宝玉を巻き上げていきやがった」
「おまえが、勝負に負けただけじゃろうが」
 クフクフと、老人が笑う。
「それに、もともと、あんな石、もう用済みだとか言っておったじゃろうに」
「石なんてどうでもいい」
 玉子がただでさえ細い目を怒らせる。
「リベンジ、してえんだよ」
「相変らずじゃのう」
「だから、汐満珠(しおみつたま)と汐乾珠(しおふるたま)、あれ、借りてくぜ」
「って、おんし、あれは、海幸彦にやったはずでは?」
「ただでやるわけねーじゃんかよ。あのあと、ちゃんと取り返して、うちの神棚に祀ってあるよ。って、それ、何千年も前に説明したじゃんか」
「はて、そうじゃったかのう」
「これだからボケ老人は困る」
「一万年も生きておるのじゃ、そんなつまらんこと、いちいち覚えてられるか」
「それもそうだな。とにかく、あたいは行くよ」
 ランドセルを背負って、玉子が立ち上がる。
「気をつけろ」
 ふいに老人が真面目な声色になる。
「鬼が蠢いておる」
「わかってるって」
 玉子がニっと笑った。
「だからおもしれーんじゃねーか」
 小学生の外見に似合わぬ、ひどくふてぶてしい笑いだった。
 
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