上 下
60 / 295
第3部 ヒバナ、デッド・オア・アライブ!

#17 ヒバナ、ファイナルアタック!

しおりを挟む
 胃の中が次第に温かくなる。
 絶え間なく続いていた痛みが嘘のように引いていく。
 ひずみは立ち上がった。
 体から放射状に伸びていた無数の黒い触手が陽炎のように揺らいだかと思うと、次の瞬間、跡形もなくかき消えた。
 そのかわりに、ひずみのか細い両の肩から、何本もの光の糸が現れた。
 それは上空で大きな花のように広がると、複雑に絡み合い、輝く光の網となってヒバナの体の上にゆっくり舞い降りていった。
 癒しのオーラに包まれ、ミイラのごとくひからびかけていたヒバナの横顔に生気が戻っていく。
 半ば乾きかけていた目に、光が宿った。
 ううう…。
 ひずみは懸命に念を込めた。
 ここでやめるわけにはいかない。
 せめて、ヒバナの出血を止めなければ・・・。
 だが、効果は長くは続かなかった。
 自分でも、力が急速に弱まっていくのがわかる。
 食べた肉片が小さすぎたのだ。
 でも、ミミの体はほとんど真っ黒で、ひずみが切り取った部分以外、もう無事なところは残っていなかった・・・。
 必死の面持ちで見守るひずみの視線の先で、ヒバナが壊れたぜんまい仕掛けの人形のように、のろのろともがいていた。
 両腕のない状態で、立ち上がろうとしているのだった。
 額を支点にして体をねじり、なんとか座った姿勢になると、今度は脚だけで、何度も転びそうになりながら、立ち上がった。
 そして、歩き出した。
 腕の切断面からぼたぼたと血の塊を落としながら、レオンのほうに向かってよろよろと近づいていく。
 気配を感じたのか、レイナが振り向いた。
「お、おまえ・・・!」
 目を見開いた。
 さすがに驚いているようだった。
 珍しく、形相が変わっている。
 が、ヒバナの歩みはあまりにも遅かった。
 体を右に左にぎこちなく振りながら、生きる屍のような足取りで、少しずつレオンに歩み寄っていく。
 あまりに痛々しい姿だった。
 「ヒバナ!」
 見ていられなくなり、ひずみは走り出した。
 せめて体を支えてやろうと思ったのだ。
 そのとき、レイナが怒声を放った。
「くそっ、死ね!」
 鞭がうなる。
 空中に大きくXの字を描くように、凶器と化した鞭がヒバナを襲う。
 強烈な一撃だった。
 ヒバナの体が、腹のあたりで真っ二つに分断された。
 上半身がぐらりと前のめりに傾き、
 ふいに内側から爆発したように皮膚が裂け、肉が飛び散り、血にまみれたあばら骨が飛び出した。
 内臓と血液を撒き散らし、ヒバナの上半分がレイナの足元に重い音を立てて落下する。
 血だるまの下半身が、氷の上をひずみの目の前まで滑ってきた。
 ひずみは嘔吐した。
 切断面から背骨と肋骨をあらわにして横たわるヒバナの後頭部を、レイナが尖ったヒールの踵で思いっきり踏みつける。
 頭蓋が割れ、血と脳漿がヒバナの頬を伝う。
「くらえ!」
 ヒールの踵を傷口から引き抜き、レイナがもう一度、ヒバナの割れた頭部を渾身の力で踏みつけようとした、そのときだった。
 誰かが、レイナのくびれた腰に後ろからしがみついた。
「やめろ!」
 いつの間にそこにいたのか。
 光男だった。
 全裸の光男が、腰にしっかりしがみつき、完全にレイナの動きを封じている。
「グッジョブ!」
 レオンが叫んだ。
「亜空間の入り口、移動させておいて正解だったな」
 ヒバナたちが入ってきたあの次元の開口部。
 それが今はちょうどレイナの死角に当たる位置に開いている。
 レオンの仕業だった。
 かなり根気の要る作業だったが、レイナの拷問であの"力”が目覚めた今なら造作ない。
 レイナと禅問答して時間を稼いでいる間に、レオンはレオンなりに策をめぐらせていたのだった。
 動く前脚を使って、切断されたヒバナの上半身のほうににじり寄る。
 血の海の中、ヒバナは開いた瞳孔でうつろに虚空を見つめている。
 ・・・間に合ってくれ。
 レオンは生まれて初めて、神に祈った。
 ヒバナが完全にこと切れたら、すべてが終わってしまうのだ。
「痛かったな、ヒバナ。ごめんな」
 元気だった頃のヒバナの笑顔が脳裏をよぎる。
 目立たない平凡な少女だった。
 でも、一生懸命、彼女なりに生きていたのだ。
 その人生を、このオレが、台無しにしてしまった・・。
 ヒバナの額の中央に光る青い宝石に、そっと鼻先の角を触れさせる。
 ガラス玉のようなヒバナの瞳の奥で、ふと何かが揺れたようだった。
「お待たせ、ヒバナ。オレが第三の竜だ。この命、おまえにくれてやる」
 レオンの体が突然発光した。
 めくるめく輝きが、ヒバナを包み込む。
 レイナが何か叫んだ。
 そして。
 "それ"が現れた。
 
 見上げるほど、巨大な竜だった。
 体中が青銅色のうろこで覆われ、黄金色の瞳のない目でじっとレイナを見下ろしている。
「青竜・・・」
 金縛りにあったように立ち尽くしたまま、頭上の竜を見つめ、レイナは放心したようにつぶやいた。
 レオンが、青竜だったのか。
 うかつだった。
 あの、どうしても破れなかったレオンの心の奥の殻。
 あれは、四神獣、青竜としての隠れた自我だったのだ。
 黒子を使ってカイを潰し、ミミを拉致して治癒能力を猛毒体質に変えてやった。
 光男を性の奴隷として操り、ヒバナにGPS代わりのイヤリングをつけさせ、腕輪を盗み、変身できなくした。そしてレオンを囮にここ根の国におびき出し、ほとんど瀕死の状態にまで追い込んだのだ。
 完璧な計画だったはずである。
 それが、まさかこんなことになろうとは・・・。
「許さない」
 巨大な竜が、ヒバナの声で言った。
「な、何をする気・・・?」
 レイナの言葉が、ふいに途切れた。
 竜が首を横に振り、その耳まで避けた顎で、
 レイナの頭を一瞬にして食いちぎったのだった。
 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...