球体関節少女マナ

戸影絵麻

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#28 溶解するリアル

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 厨房の奥に開いた戸口から、もうひとつの部屋の一部が見えている。

 涼子が”従業員食堂”と呼んだスペースだ。

 その戸口の向こうから、可愛らしいハミングの声が聞こえてくる。

 涼子が歌っているのだ。

 その歌声に引かれるように、マナが動いた。

 Tバックの下着で強調された、丸い白桃のような尻が戸口の向こうに消えていく。

 マナの後ろ姿が矩形の空間に消えると同時に、涼子のハミングがやんだ。

「マナ!」

 得体の知れぬ違和感を覚えて、僕はあわててマナの後を追った。

 次の部屋に足を踏み入れると、長テーブルをはさんでマナと涼子が向かい合っていた。

 花柄のテーブルクロスの上には、3人分のティーカップ。

 そのひとつひとつに、涼子が陶製のポットから紅茶を注いでいる。

 考えてみれば、異様な光景だった。

 壁一枚隔てた屋敷の中では、何十人もの人間が血まみれになって死んでいるのだ。

 なのに涼子ときたら、幸せそうな顔をして、、まるで賓客を前にしたかのように、いそいそと飲み物の準備にいそしんでいるー。

「ふたりとも、いつまでもそんなところに立っていないで、どうぞ座ってくださいな」

 僕らに笑みを振りまいて、歌うような口調で涼子が言った。

「警察には、落ち着いたら電話しますから。その前に、少し休憩しましょ」

「そんなことより、ちょっと説明してくれない?」

 テーブルを回り込み、涼子の前に立つと、マナが詰問した。

「あの冷蔵庫の中の死体。あれは何? 篠田拓也じゃないかと思うんだけど、本当はどうなの?」

「会ったこともないのに、よくわかったわね」

 マナより頭ひとつ背の高い涼子が、マナを見下ろして静かな声で言った。

「そうよ、あれは拓也君。彼はね、私のストーカーだったの。あんまりしつこいから、真由美に文句を言ったら、真由美のご両親が、あの子をおじいちゃんの家に預けてくれた。なのにまたこっちに出てきてつきまとうから、やむを得ず・・・」

「ちょっと待てよ」

 びっくりして僕は口をはさんだ。

「拓也が家を出された理由は、福島へのストーカー行為だったっていうのか? おまえ、そんなこと全然・・・」

 涼子は僕たちをだましていたのか。

 自分は部外者のような顔をして、あたかも噂を耳にしただけのような口ぶりで、僕や善次を・・・。

 僕の問いはあっさり無視された。

「やむを得ず、殺したっていうの?」

 僕を遮るように、マナが衝撃のひと言を涼子にぶつけたからだ。

「福島涼子。あなたはいったい何者なの? この呪いの正体は、もしかして・・・」

 マナの追及に、涼子の唇の端が、奇妙な角度に吊り上がった。

「今頃気づいたの? 呪われているのは、マナ、あなた自身。ふふ、相変わらずおめでたいお人形さんね」

 そして、いつのまに後ろに回ったのかー。

 その言葉が終わると同時に、涼子が背後からマナを羽交い絞めにしていた。

 顔が、変わっていた。

 あの寂しそうな美少女の顔から、どこかで見た西洋人形のように整った顔に・・・。

「おまえは・・・」

 マナが苦しげな息の下から言った。

「リカ・・・?」
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