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#24 闇に棲む者
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まるで、部屋の中に突然黒雲が湧きあがったような感じだった。
悪臭を放つ煙幕のようなものぐわっとが膨れ上がり、あっという間に僕らを呑み込んだ。
「気をつけて! 来る!」
マナが叫ぶのと、ほとんど同時だった。
らせん状に渦巻く靄の奥から、だしぬけに何本もの白い腕が現れた。
蛇のようにのたうちながら、すごい勢いで四方八方から僕らめがけて襲いかかってくる。
鉤爪が束になって襲来し、盾になったマナの上着を引き裂いた。
すだれのように引き裂かれた服とスカートが四散して、マナが裸に毟られていく。
「くううっ!」
マナの顔が歪んだ。
腕がマナの四肢を鷲掴みにして、宙吊りにする。
そして、雑巾でも絞るように、それぞれ逆方向にねじり始めたのだ。
ギシッ。
マナの身体中の球体関節が、嫌な音を立てた。
肩からはずれた左腕が、だらりと垂れ下がる。
やがて、一本の腕がマナの左腕を関節からもぎ取ると、畳の上に無造作に投げ落とした。
ごろごろ転がった腕が、僕の膝にぶつかって止まる。
別の腕が、マナの頭からウィッグをはぎ取った。
無毛の頭を五本の指で鷲掴みにすると、今度は首ごと頭部をねじ切りにかかった。
僕は畳の上に座り込み、ただ茫然とそんなマナの無残な姿を眺めていた。
信じられなかった。
あれほど強気で無敵に見えたマナが、僕の目の前で今しもバラバラにされようとしているのだ。
ちょうど、善次が自分の部屋でそうされたように。
「マナ・・・」
うめくようにつぶやいた時、部屋の奥から、あの幼女の人形がヨチヨチと近づいてくるのが眼に入った。
人形は、口を開けていた。
あり得ないことに、顔じゅうが乱喰い歯の並ぶ巨大な口と化してしまっている。
腕たちに絡めとられたマナが、徐々にその口のほうへと運ばれていく。
だめだ。
このままでは・・・。
マナがやられたら、僕の命も、そして奥の間に身を潜めている涼子の命も風前の灯だ。
意味もなく床を探った手に、はずれたマナの左腕が当たった。
マナの腕は、人間の少女の腕そっくりの柔らかさだった。
「くそっ」
僕は反射的にその腕を拾い上げていた。
怖かった。
失禁するほどの恐怖で、身体が震えてならなかった。
が、やるしかなかった。
マナを助けられる者は、ここにはもう僕しかいないのだからー。
キキキキ・・・・・・。
人形が、耳障りな声を立てた。
どうやら、嗤っているらしかった。
部屋に渦巻く黒い靄の中心に、人形の真っ赤な口だけが見えている。
墓石のような歯に縁取られた血まみれの肉の空洞の奥で、ナマコそっくりの分厚い舌が蠢いていた。
人形は、すっかりマナに気を取られているようだ。
文字通り、御馳走を前にした幼児のように。
やるなら、今だった。
僕はもげたマナの左腕を右手に握り、人形に気取られぬよう、そっと腰を上げた。
悪臭を放つ煙幕のようなものぐわっとが膨れ上がり、あっという間に僕らを呑み込んだ。
「気をつけて! 来る!」
マナが叫ぶのと、ほとんど同時だった。
らせん状に渦巻く靄の奥から、だしぬけに何本もの白い腕が現れた。
蛇のようにのたうちながら、すごい勢いで四方八方から僕らめがけて襲いかかってくる。
鉤爪が束になって襲来し、盾になったマナの上着を引き裂いた。
すだれのように引き裂かれた服とスカートが四散して、マナが裸に毟られていく。
「くううっ!」
マナの顔が歪んだ。
腕がマナの四肢を鷲掴みにして、宙吊りにする。
そして、雑巾でも絞るように、それぞれ逆方向にねじり始めたのだ。
ギシッ。
マナの身体中の球体関節が、嫌な音を立てた。
肩からはずれた左腕が、だらりと垂れ下がる。
やがて、一本の腕がマナの左腕を関節からもぎ取ると、畳の上に無造作に投げ落とした。
ごろごろ転がった腕が、僕の膝にぶつかって止まる。
別の腕が、マナの頭からウィッグをはぎ取った。
無毛の頭を五本の指で鷲掴みにすると、今度は首ごと頭部をねじ切りにかかった。
僕は畳の上に座り込み、ただ茫然とそんなマナの無残な姿を眺めていた。
信じられなかった。
あれほど強気で無敵に見えたマナが、僕の目の前で今しもバラバラにされようとしているのだ。
ちょうど、善次が自分の部屋でそうされたように。
「マナ・・・」
うめくようにつぶやいた時、部屋の奥から、あの幼女の人形がヨチヨチと近づいてくるのが眼に入った。
人形は、口を開けていた。
あり得ないことに、顔じゅうが乱喰い歯の並ぶ巨大な口と化してしまっている。
腕たちに絡めとられたマナが、徐々にその口のほうへと運ばれていく。
だめだ。
このままでは・・・。
マナがやられたら、僕の命も、そして奥の間に身を潜めている涼子の命も風前の灯だ。
意味もなく床を探った手に、はずれたマナの左腕が当たった。
マナの腕は、人間の少女の腕そっくりの柔らかさだった。
「くそっ」
僕は反射的にその腕を拾い上げていた。
怖かった。
失禁するほどの恐怖で、身体が震えてならなかった。
が、やるしかなかった。
マナを助けられる者は、ここにはもう僕しかいないのだからー。
キキキキ・・・・・・。
人形が、耳障りな声を立てた。
どうやら、嗤っているらしかった。
部屋に渦巻く黒い靄の中心に、人形の真っ赤な口だけが見えている。
墓石のような歯に縁取られた血まみれの肉の空洞の奥で、ナマコそっくりの分厚い舌が蠢いていた。
人形は、すっかりマナに気を取られているようだ。
文字通り、御馳走を前にした幼児のように。
やるなら、今だった。
僕はもげたマナの左腕を右手に握り、人形に気取られぬよう、そっと腰を上げた。
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