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#18 SOS
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翌日は朝から雨だった。
梅雨のさなかだから仕方ないにしても、コンビニまで買い出しに行く気にもなれないほどの大雨だ。
マナはきのう、この部屋に帰ってきてからずっと沈黙を保っていた。
定位置の壁にもたれ、両足を無造作に投げ出してまっすぐ前を見つめたまま、びくとも動かない。
何度か話しかけてみたのだが、あまりに反応がないので、ゆうべは放置して早々に寝てしまった。
奇妙な出来事が立て続けに起こり過ぎて、僕としてもかなり参っていたのである。
解凍した冷凍ピザとインスタントコーヒーで朝食を摂る。
ピザを齧りながら朝のニュース番組をいくつかはしごしてみた。
でも、ショッピングモールに巨大な顔が出現したというニュースはなかった。
それはネットの世界も同じで、どのSNSをチェックしてみても、それらしい情報は流れていなかった。
やはりあれは、僕とマナにしか見えなかったのだろうか。
ふたりだけに見える幻覚というものがあるとすれば、あの少女の顔がそうだったのか・・・。
そもそも、マナが動いてしゃべること自体が、僕の妄想だったのかもしれない。
マナが語った呪いの話も、葬儀場で見たあの気味の悪い影も、全部・・・。
こうもマナが動かないでいると、そんなふうに考えざるを得なくなってくる。
おとといの夜からの一連の出来事がすべて僕の妄想だとすれば、一応つじつまは合うからだ。
できればそうであってほしかった。
僕は出来心から、ゴミ捨て場から美少女の人形を持ち出してしまい、部屋に飾ることにした。
その結果、あらぬ幻想に囚われ・・・。
そこまで考えた時だった。
「リカの監視が消えた」
だしぬけにマナが口を開いたので、僕は危うくコーヒーにむせそうになった。
くそ。
痛いほど、思い知らされる気分だった。
これは現実だ。
妄想ではなかったのだ。
マナは人形のくせに生きていて、動くししゃべるし魔法も使う。
ということは、呪いの話もあの顔も、全部が全部リアルだということになる。
「今なら行動できる。リカの眼の届かない今ならね」
マナが滑らかな動きで起き上がる。
歩いてくると、僕の前に座った。
アイドル歌手が突然目の前に現れたようで、相手が人形だとわかっていてもどぎまぎした。
「な、なんだよ、急に。電池が切れて充電してたんじゃなかったのか」
「私をそのへんの安物の玩具と一緒にしないで」
アーモンド形の大きな眼が、じろりとにらんでくる。
「行動って、この大雨の日に、何する気なんだよ?」
「調べるの」
短くマナが言った。
「手遅れにならないうちに」
「だから、調べるって、何を?」
「失踪した真由美の弟。彼はきっと何か知っている」
「弟って、拓也のことか?」
「もう一度、福嶋涼子に会って、詳しい話を聞くの」
「やめろよ・・・迷惑だよ」
「今更何言ってるの。あなたが真由美の葬儀にまでのこのこ出かけて行ったのは、あの子に会いたかったからでしょ。隠したってダメ。さしずめ涼子はあなたの初恋の人とか、きっとそんな感じなんでしょ?」
「よ、余計なお世話だ」
痛い所を突かれて、しどろもどろになりかけた時だった。
マナーモードにしてあったスマホが、ふいにブーブー鳴り始めた。
これ幸いと拾い上げ、耳に当てると、地の底から響いてくるようなかすれ声が耳朶を打った。
「充か? やばいよ、俺・・・。もう、部屋から出られない・・・。外に、あいつが・・・」
「善次か? おい、どうした?」
思わず声を張り上げたその瞬間、スマホからあの不吉な音が漏れてきた。
キチキチキチキチ・・・。
虫の鳴くような、葬儀場で聴いたあの音がー。
梅雨のさなかだから仕方ないにしても、コンビニまで買い出しに行く気にもなれないほどの大雨だ。
マナはきのう、この部屋に帰ってきてからずっと沈黙を保っていた。
定位置の壁にもたれ、両足を無造作に投げ出してまっすぐ前を見つめたまま、びくとも動かない。
何度か話しかけてみたのだが、あまりに反応がないので、ゆうべは放置して早々に寝てしまった。
奇妙な出来事が立て続けに起こり過ぎて、僕としてもかなり参っていたのである。
解凍した冷凍ピザとインスタントコーヒーで朝食を摂る。
ピザを齧りながら朝のニュース番組をいくつかはしごしてみた。
でも、ショッピングモールに巨大な顔が出現したというニュースはなかった。
それはネットの世界も同じで、どのSNSをチェックしてみても、それらしい情報は流れていなかった。
やはりあれは、僕とマナにしか見えなかったのだろうか。
ふたりだけに見える幻覚というものがあるとすれば、あの少女の顔がそうだったのか・・・。
そもそも、マナが動いてしゃべること自体が、僕の妄想だったのかもしれない。
マナが語った呪いの話も、葬儀場で見たあの気味の悪い影も、全部・・・。
こうもマナが動かないでいると、そんなふうに考えざるを得なくなってくる。
おとといの夜からの一連の出来事がすべて僕の妄想だとすれば、一応つじつまは合うからだ。
できればそうであってほしかった。
僕は出来心から、ゴミ捨て場から美少女の人形を持ち出してしまい、部屋に飾ることにした。
その結果、あらぬ幻想に囚われ・・・。
そこまで考えた時だった。
「リカの監視が消えた」
だしぬけにマナが口を開いたので、僕は危うくコーヒーにむせそうになった。
くそ。
痛いほど、思い知らされる気分だった。
これは現実だ。
妄想ではなかったのだ。
マナは人形のくせに生きていて、動くししゃべるし魔法も使う。
ということは、呪いの話もあの顔も、全部が全部リアルだということになる。
「今なら行動できる。リカの眼の届かない今ならね」
マナが滑らかな動きで起き上がる。
歩いてくると、僕の前に座った。
アイドル歌手が突然目の前に現れたようで、相手が人形だとわかっていてもどぎまぎした。
「な、なんだよ、急に。電池が切れて充電してたんじゃなかったのか」
「私をそのへんの安物の玩具と一緒にしないで」
アーモンド形の大きな眼が、じろりとにらんでくる。
「行動って、この大雨の日に、何する気なんだよ?」
「調べるの」
短くマナが言った。
「手遅れにならないうちに」
「だから、調べるって、何を?」
「失踪した真由美の弟。彼はきっと何か知っている」
「弟って、拓也のことか?」
「もう一度、福嶋涼子に会って、詳しい話を聞くの」
「やめろよ・・・迷惑だよ」
「今更何言ってるの。あなたが真由美の葬儀にまでのこのこ出かけて行ったのは、あの子に会いたかったからでしょ。隠したってダメ。さしずめ涼子はあなたの初恋の人とか、きっとそんな感じなんでしょ?」
「よ、余計なお世話だ」
痛い所を突かれて、しどろもどろになりかけた時だった。
マナーモードにしてあったスマホが、ふいにブーブー鳴り始めた。
これ幸いと拾い上げ、耳に当てると、地の底から響いてくるようなかすれ声が耳朶を打った。
「充か? やばいよ、俺・・・。もう、部屋から出られない・・・。外に、あいつが・・・」
「善次か? おい、どうした?」
思わず声を張り上げたその瞬間、スマホからあの不吉な音が漏れてきた。
キチキチキチキチ・・・。
虫の鳴くような、葬儀場で聴いたあの音がー。
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