球体関節少女マナ

戸影絵麻

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#10 牽制

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「だから言ったでしょ。余計な災いを引き寄せるって」
 
 マナが言い、学ランの袖をめくりあげて、継ぎ目のある右手首を外に出した。

 その手の甲では、豆粒くらいの大きさのあの宝玉が青白い輝きを放っている。

「充、この子は?」

 マナを見上げて善次が訊いた。

 涼子も、呆気に取られた表情でこちらを見ている。

 あの怪異と違って、マナは一応現実の存在だ。

 弔問客のうちの何人かも突然のマナの出現に気づいたらしく、ちらちらとこちらに視線を送ってくるが、マナが学生服を着ているのが功を奏したのか、別段不審がってはいないようだった。

「えっと、こいつはマナ」

 その後、どう続けようかと迷っていると、マナの首がキッと動いた。

 つられて、つい目線を戻してしまった。

 怪異ーあの眼が、移動していた。

 真由美の母親の椅子の下から、泣きじゃくる妹の椅子の下へと場所を変えている。

 それだけでなく、縦に眼がふたつ並ぶという、極めて不自然な形を取っている。

 見ているうちに双眸は90度回転し、床すれすれの位置で静止した。

 あれに躰があるとしたら、いくら小さな子どもでも、絶対に不可能な体勢である。

「仕方ないわね」

 マナがすっと右手を水平に上げ、怪異に向かってまっすぐ人差し指を伸ばした。

 引き結んだ唇から気合のような声が漏れたかと思うと、その指先から半透明の”何か”が飛び出した。

 一瞬で会場を横切った”それ”が、狙いすましたように怪異の眉間にあたる位置に吸いこまれる。

 ぎゃあっ!

 悲鳴が聞こえた。

 つむじ風の擦過音にも似た、ほんのかすかな声だった。

 真由美の妹の椅子の下から双眸が消え、仔猫ほどの黒い影が祭壇に向けて走った。

 花輪の間を駆け抜けるその影を、マナの”指弾”が追いかける。

 バン、バン、バンッ!
 
 影が走り抜けた後に、次々と透明な飛沫が飛び散った。

 影は祭壇を飛び出ると、急角度で向きを変え、目にも留まらぬ速さで開いた奥の通用口に姿を消した。

 マナの”指弾”によって影がパイプ椅子の下から追い出されて通用口に消えるまで、時間にして、10秒と経っていないに違いない。

 その様子を見届けると、くるりと僕らのほうを振り向いて、マナが言った。

「今はこれぐらいしかできない。だって、この会場を水浸しにするわけにはいかないでしょ?」

 水か。

 僕はようやく腑に落ちた気がした。

 マナが指から発射したのは、水でできた弾丸だったのだ。

 これが、青の宝玉の魔法?

 つまり、あの宝玉は、水属性だったというわけか。
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