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#373話 施餓鬼会㊳

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 投網の設置は、意外に苦労した。
 特に難しかったのは、網を引き揚げる4本のロープを四囲の樹々にセットすることだった。
 竹に直接釘で滑車を打ち付けるのは不可能なので、竹ではなく、その間に生えている杉の木を使うことになった。
 私も手伝ったが、ここで最も活躍したのは老人の一人が連れてきた孫の青年である。
 その手際の良さに驚いていると、それもそのはず、本職は大工の見習いであるとのことだった。
 浅い穴の中に敷かれた投網。
 その上にばらまかれた夥しい量の生肉。
 投網の四隅はロープに繋がれ、そのロープの端は木々の葉むらの中に消えている。
 都合のいいことに、罠をセットした空き地のすぐ近くに大きな岩があり、猟友会の3人がそこに身を隠した。
 私と住職、そして菜緒の3人は、そこから少し離れた所に建っている壊れかけた東屋に隠れて、事の成り行きを見守ることにした。
 午後7時をすぎるとさすがにあたりも暗くなり、虫の音や蛙の鳴き声が耳につき始めた。
 それでも、竹林の入口に飾られた盆提灯のせいで、視界はそんなに悪くない。
 木製のテーブル状の台の下に大人3人潜り込んでまんじりともせず時を過ごすのは、かなりの苦痛だった。
 菜緒の持っていた虫よけスプレーを3人で使い回しながら、空き地のほうに目を凝らす。
 とにかく、勇樹を捕らえて、母や妹、そして亜季の居場所を聞き出さねばならない。
 私の推測通り、3人が例の遺構の中に閉じ込められているなら、中を勇樹に案内させるのだ。
 そのほうが、迷路のようになった秘密の通路をやみくもに探すより、きっと早いに違いない。
「本当に来るんですかね」
 10時を回ると、ため息混じりに住職がつぶやいた。
「餓鬼といっても、感染症の患者さんたちは、姿かたちが似ているというだけで、実際は人間なんでしょう?」
「まあ、そうですが…。ただ、彼らのあの食欲が尋常でないことは確かです。食べても食べても満腹にならず、しまいには人や家畜まで襲い出すわけですから…」
「ですよね」
 と、これは菜緒。
「試験場の牛にしたって、1頭で100人分ぐらいの肉が取れるって話でしたし」
「つまりは彼らはそれほど常に飢えていて、食料になるものを探し回っていると…?」
「ええ。たぶんそれだけが、この病に冒された者たちが考えることなんじゃないでしょうか」
「だとしたら、まさしく、餓鬼そのものということか…」
 住職がぼそりとそうつぶやいた、その時だった。
「しっ」
 やにわに菜緒が唇に立てた人差し指を当て、空き地のほうを尖った顎で示してみせた。
 ほとんど同時に、私も気づいていた。
 ざわざわざわ…。
 風もないのに、周囲の下草が揺れている。
 そして、草むらの奥に光る、不気味な目、目、目…。
 息詰まる時間が流れ、やがて黒い影が、提灯に照らされた空き地の中へ、するりと抜け出してきた。
 まん丸に膨れ上がった胴体を支える、逆関節の節くれ立った4本の脚。
 禿げ上がった頭部には、わずかばかりの髪の毛がこめかみのあたりに残っているばかり。
 眼窩から飛び出した眼球には黒い部分がなく、尖った口吻からは鋭い犬歯が見えている。
 その顔を見た瞬間、私は胃の中から酸っぱいものがこみ上げてくるのを感じ、思わず小さく呻いていた。
「そ、そんな、馬鹿な…」

 
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