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#357話 施餓鬼会㉒

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「まさか…」
 住職の顔に不信の表情が浮かんだ。
「餓鬼が、実在するというのですか?」
「ええ」
 私はうなずいた。
「ただ、正確に言うと、餓鬼になりかけた人間、みたいな存在なのだと思います。まだ生きてますから」
 ここはなんとしてでも納得してもらわなければいけない。
 事態が手に負えなくなるまえに、理解者を増やすのだ。
「餓鬼になりかけた人間? 何です。それは」
「そのことなら、私も実は同様のこと、考えてました」
 と、たいして驚くでもなく、菜緒がまた、横から口をはさんだ。
「今、この地域で流行ってる感染症。まだ公表されていませんが、G大医学部の友人に聞いたところによると、この病気にかかると、患者によっては、重篤の場合、体形の変化、知能の低下、慢性的な飢餓状態が生じるということです。確かにこれって、餓鬼の特徴に一致しますよね」
 さっき菜緒が口にした”とんでもない仮説”というのは、そのことだったのだ。
 奇しくも私の推測と一致していたというわけか。
「じゃ、じゃあ、感染症の患者を、罠にかけて捕獲しようと…?」
「ためらわれるのはわかります。人権侵害と言われても仕方のない行為ですからね。でも、早いうちに何が起きているのか世間に知らしめないと、このままでは大変なことになる」
 私の脳裏に、昔見たゾンビ映画がフラッシュバックした。
 あのゾンビたちが、全部餓鬼に置き換わったとしたら…。
「しかし、なぜうちなんですか?」
 住職が泣きそうな顔になる。
「いくら施餓鬼会をやってるからって、うちの寺は本物の餓鬼を捕まえる算段なんて持ってないし、そんな義務もないはずですよ」
「むろん義務なんてそんなものはありませんが、ただ、満更無関係でもないのです」
「どういうことです?」
 住職が色めき立った。
「野沢さん、その貝を住職に見せてあげて」
 私は頭一つ分背の低い菜緒に言った。
「これですか?」
 菜緒が例の貝が入った携帯水槽を掲げてみせる。
「なんです?」
 眼鏡を額に押し上げ、住職が裸眼で中を覗き込んだ。
「タニシですか? いや、細長いから、カワニナかな」
「新種だと思います。実はこれが今回の感染症の中間宿主じゃないかと、私は睨んでいます」
 得意げに菜緒が言う。
「中間宿主? じゃあ、あの病気は、日本住血吸虫症みたいな、寄生虫によるものってことですか?」
「たぶん、です。これも、新種のミヤイリガイみたいなものではないかと」
「ミヤイリガイ…あの、絶滅したはずの?」
「正確に言えば」
 ここで私は二人の会話に割り込んだ。
 いよいよ推理を披露する時だ。
「新種ではなく、こっちのほうが先なんじゃないかと思います。この貝が、ミヤイリガイの祖先、というか」
「え?」
 菜緒が眼鏡の奥で目をまん丸にして私を見た。
「なんでそんなことが言えるんですか?」
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