上 下
377 / 388

#353話 施餓鬼会⑱

しおりを挟む
「それは、変ですね」
「ええ、5月にこの近辺の川や用水路を調査した折には、一匹も見つからなかったのに…」
「つまり、このちっぽけな貝は、梅雨の前後くらいから、急に現れたと…」
「そういうことになります」
 何かがひっかかった。
 梅雨の頃といえば、2か月ほど前ということになる。
 その頃、他に何か…。
 記憶の片隅で、蠢くものがあった。
 もう少しで思い出せそうな気がしたところで、ふいに、菜緒の携帯が鳴った。
「し、失礼します」
 作業服の尻ポケットから取り出したスマホを耳に当てる菜緒。
「はい、野沢ですが。え? そうなんですか? わ、わかりました。すぐ行きます」
「どうしたんです?」
 電話の途中から相手の顔色が変わったのを見とがめて、私は尋ねた。
「研究室の同僚からです。うちの酪農実験場が、何ものかに襲われて、大変なことになってるそうです。それで、後片付けとか、色々、人手がいるそうで、召集されちゃいました」
「酪農実験場、ですか?」
「実はこの近くにあるんです。以前からここG県でも酪農を始める計画がありまして、その先駆けとして数年前に」
「ついて行ってもいいですか?」
 思い切って頼んでみた。
 このまま実家に帰る気にはとてもなれなかった。
 亜季と顔を合わせるのは気まず過ぎる。
 お盆が終わる前にひとり暮らししているN市のマンションに戻ったほうがいいような気さえするほどだ。
 ただ、この村で何が起きているのか、それを見届けたいという思いも強かった。
 それが、今の台詞となって口をついて出たというわけだ。
「別にいいですけど、あの、あなた、どういう…?」
 ここまで来て初めて私という存在に疑問を抱いたかのように、少し怯えた表情で菜緒が訊いてきた。
 嘘をついても始まらないので、ありのまま答えた。
 昔、この村に住んでいたこと。
 今はN市でサラリーマンをやっているということ。
 たまたま盆休みに実家に帰ってきて、今度の事件に遭遇したということ。
 甥の様子が川遊び以来おかしいこと、ふと気づくと勢いで昨夜父を襲った黒い影の一件まで打ち明けていた。
 むろん、亜季のことには一切触れずに、である。
「そういうわけだったんですね」
 何を納得したのかわからないが、菜緒は深々とうなずくと、
「私周りからよく妄想が過ぎるって言われちゃうんですけど、実は一つ考えがあるんです」
 眼鏡越しに真正面から私の顔を見つめて話し出した。
「今この村で起きてる色々な事件って、この貝と何か関係があるんじゃないでしょうか」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

【完結】後悔していると言われても・・・ねえ?今さらですよ?

kana
恋愛
王子妃教育により、淑女の鏡と言われる私はディハルト公爵家長女ヴィクトリア・ディハルト。 今日も第三王子は周りにたくさんの女性を侍らして楽しそうにしている。 長かった・・・やっと婚約者候補の肩書きを捨てられるわ。 肩書きさえ外れれば後は自由! 私を溺愛するお父様とお兄様達と嫁に行かずずっと一緒にいることがわたしの希望。 私だって分かっているのよ? 高位貴族令嬢ですもの、いつかはお嫁に行かなければならないことを・・・ でもギリギリまでは実家から出て行くつもりはないの。 だから何人たりとも邪魔をしないでね? 特にアンタ! 今さら態度を入れ替えても遅いのよ! 10年たっても忘れていないわよ? 『デブでブス』って言われたことを! 誤字脱字が多い作者ですが最後までお付き合い下さい。 他サイトにも投稿しています。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

飛竜誤誕顛末記

タクマ タク
BL
田舎の中学校で用務員として働いていた俺は、何故か仕事中に突然異世界の森に迷い込んでしまった。 そして、そこで出会ったのは傷を負った異国の大男ヴァルグィ。 言葉は通じないし、顔が怖い異人さんだけど、森を脱出するには地元民の手を借りるのが一番だ! そんな訳で、森を出るまでの道案内をお願いする代わりに動けない彼を家まで運んでやることに。 竜や魔法が存在する世界で織りなす、堅物将軍様とお気楽青年の異世界トリップBL 年上攻め/体格差/年の差/執着愛/ハッピーエンド/ほのぼの/シリアス/無理矢理/異世界転移/異世界転生/ 体格が良くお髭のおじさんが攻めです。 一つでも気になるワードがありましたら、是非ご笑覧ください! 第1章までは、日本語「」、異世界語『』 第2章以降は、日本語『』、異世界語「」になります。 *自サイトとムーンライトノベルズ様にて同時連載しています。 *モブ姦要素がある場面があります。 *今後の章でcp攻以外との性行為場面あります。 *メインcp内での無理矢理表現あります。 苦手な方はご注意ください。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

処理中です...