369 / 434
#345話 施餓鬼会⑩
しおりを挟む
「何してるって、見りゃわかるだろ」
冷蔵庫にぐるぐるガムテープを巻きつけながら、母が言った。
「勇樹のやつに、勝手につまみ食いされないようにしてんだよ。さっき、中身補充したばっかだからね」
このへんにスーパーなどないから、宅配業者にでも来てもらったのだろうか。
「それにしても、大げさだな。これじゃ、不便でしょうがない」
梱包用のテープで巻かれた冷蔵庫を見て、私は呆れてため息をついた。
「お昼ごはんのそうめんなら前もって作ってあるよ。飲み物やデザートは井戸で冷やしてある。あとは晩御飯の準備の時にテープはがして、用が済んだら張り直すだね」
「肝心の勇樹はどうしてるんだ? 直接あいつに言い聞かせるほうが早そうだが」
私が言うと、母の顔に珍しく動揺の色が浮かんだ。
「わからん。わしにはできん」
「は?」
「行ってみればわかる。できるならおまえがやれ」
小さな背中を向けるなり、作業を再開した。
もう答えるつもりはないらしい。
仕方なく、離れに向かうことにした。
離れと言っても母屋の東側に増築した簡易な建物で、上がり框をあがると中には部屋が三つあるだけだ。
入口は母屋の土間にじかに面しているので、玄関に戸などというものはない。
亜季だけ連れて、病院に行ったのだろうか。
居間に妹の姿はなかった、
そういえば、さっき見た時、ガレージに彼女の車はなかった気がする。
「おい、居るか?」
入ったとたん、「う」と手で鼻を覆ってしまった。
臭い。
なんだ、この匂いは?
それに、異様なほど、蒸し暑い。
八月の午後だから確かに気温は高いが、屋外や母屋の中より明らかに湿度が高い気がする。
三和木の正面は、四畳半の狭い居間で、六畳の部屋が二つ、それぞれ左右に隣接している。
居間と部屋の境はすりガラスのはまった格子戸で仕切られていて、向かって右手の部屋から臭気は漏れてくる。
直感的に、勇樹が居るのはここだ、と思った。
むせ返るほどケモノ臭い空気が、格子戸の隙間から漏れ出てきているようなのだ。
勇樹は幼い頃から扱いの難しい子供だった。
従順な姉に比べ、ひどく癇癪もちで、多動癖があり、伯父の私にもあまりなつかなかった。
気に入らないことがあると暴れ出し、上目遣いにこちらを睨んでくるその眼が陰湿だった。
そんなことを思い出しながら、居間に上がって、格子戸に手をかけた。
「大丈夫か? 開けるぞ」
隙間が大きくなるにつれ、まるで液体のようにむっとした空気が溢れ出た。
畳の上に布団が敷かれ、人の形に盛り上がっている。
が、何かが変だ。
違和感の正体がつかめぬまま部屋の中に入ると、
グルルルルル…。
布団の中から怒った猫が上げる唸り声のようなものが、床を這うようにして私の耳に届いてきた。
冷蔵庫にぐるぐるガムテープを巻きつけながら、母が言った。
「勇樹のやつに、勝手につまみ食いされないようにしてんだよ。さっき、中身補充したばっかだからね」
このへんにスーパーなどないから、宅配業者にでも来てもらったのだろうか。
「それにしても、大げさだな。これじゃ、不便でしょうがない」
梱包用のテープで巻かれた冷蔵庫を見て、私は呆れてため息をついた。
「お昼ごはんのそうめんなら前もって作ってあるよ。飲み物やデザートは井戸で冷やしてある。あとは晩御飯の準備の時にテープはがして、用が済んだら張り直すだね」
「肝心の勇樹はどうしてるんだ? 直接あいつに言い聞かせるほうが早そうだが」
私が言うと、母の顔に珍しく動揺の色が浮かんだ。
「わからん。わしにはできん」
「は?」
「行ってみればわかる。できるならおまえがやれ」
小さな背中を向けるなり、作業を再開した。
もう答えるつもりはないらしい。
仕方なく、離れに向かうことにした。
離れと言っても母屋の東側に増築した簡易な建物で、上がり框をあがると中には部屋が三つあるだけだ。
入口は母屋の土間にじかに面しているので、玄関に戸などというものはない。
亜季だけ連れて、病院に行ったのだろうか。
居間に妹の姿はなかった、
そういえば、さっき見た時、ガレージに彼女の車はなかった気がする。
「おい、居るか?」
入ったとたん、「う」と手で鼻を覆ってしまった。
臭い。
なんだ、この匂いは?
それに、異様なほど、蒸し暑い。
八月の午後だから確かに気温は高いが、屋外や母屋の中より明らかに湿度が高い気がする。
三和木の正面は、四畳半の狭い居間で、六畳の部屋が二つ、それぞれ左右に隣接している。
居間と部屋の境はすりガラスのはまった格子戸で仕切られていて、向かって右手の部屋から臭気は漏れてくる。
直感的に、勇樹が居るのはここだ、と思った。
むせ返るほどケモノ臭い空気が、格子戸の隙間から漏れ出てきているようなのだ。
勇樹は幼い頃から扱いの難しい子供だった。
従順な姉に比べ、ひどく癇癪もちで、多動癖があり、伯父の私にもあまりなつかなかった。
気に入らないことがあると暴れ出し、上目遣いにこちらを睨んでくるその眼が陰湿だった。
そんなことを思い出しながら、居間に上がって、格子戸に手をかけた。
「大丈夫か? 開けるぞ」
隙間が大きくなるにつれ、まるで液体のようにむっとした空気が溢れ出た。
畳の上に布団が敷かれ、人の形に盛り上がっている。
が、何かが変だ。
違和感の正体がつかめぬまま部屋の中に入ると、
グルルルルル…。
布団の中から怒った猫が上げる唸り声のようなものが、床を這うようにして私の耳に届いてきた。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる