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第325話 離島怪異譚(26)
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深い水底から水面に浮かび上がるように、徐々に意識が戻っていく。
手首と足首に結束バンドで縛られた感覚が蘇り、私は顔をしかめた。
呼吸が苦しい気がして胸いっぱいに息を吸うと、空気に混じって異様な臭気が鼻孔をついた。
生臭さと鉄錆の匂いが混じり合ったようなこれは…?
嫌な予感がした。
たまらなく嫌な予感に、胸がざわついてならなかった。
目を開くのが怖かった。
耳を澄ますが、あたりは静まり返っているようだ。
欲情を隠そうともしないあの髑髏男のハアハア言う喘ぎ声も、耳障りな魚面看護師の忍び笑いも聞こえない。
どうなったのだろう?
手術は、終わったのだろうか?
結局、恐怖に勝ったのは、好奇心だった。
おそるおそる目を開ける。
まぶたの間から見える視界が、縦方向にだんだん広くなっていく。
最初に見えたのは、正面の壁だった。
壁にかかった役立たずの古いカレンダーに、ペンキをぶちまけたように何やら赤い液体が飛び散っている。
その赤い模様はどうやら壁を伝い落ち、床にまで続いているようだ。
視線を下げていくと、壁と床の境目に、あの魚面の看護師が座り込んでいた。
そのさまをひと目見るなり、猛烈な吐き気が込み上げてきた。
魚面女は、死んでいた。
頭部がスイカのように潰れて、壁にめり込んでいたのだ。
割れた額から溢れる灰色の脳漿と赤黒い血液が、恨めしげな老婆の顔をまだらに染めている。
そしてー。
更に視線を動かすと、”鉄の処女”のちょうど足元あたりに、その血まみれの肉塊が落ちていた。
ズタズタの白衣が絡みついていることから、かろうじて乾医師の死体だということがわかった。
死体とすぐにわかったのは、その肉塊がほとんど人間の形をとどめていなかったからだ。
肩や股関節の所で、無造作に引きちぎられた手足。
胸には大きな穴が開き、鳥籠みたいな肋骨が肺や心臓を中に収めたまま、身体の外に引きずり出されている。
顏も悲惨極まりない状態だった。
潰されて赤い血だまりと化したふたつの眼窩。
口は牙ごと左右に引き裂かれて、伸び切って破れたゴムマスクみたいになってしまっている。
「な、なに、これ?」
震えが止まらなかった。
ふたりが何者かに殺されたことは、もう、間違いない。
でも、誰が…?
手術室の窓には、みんな内側からクレセント錠が降りている。
出入口のドアにも、私を招き入れた直後、看護師が閂錠をかけていたのを見た気がする。
だとすると、まさか、この私が…?
あり得なかった。
私はまだ、全裸で鉄の処女に拘束されたままなのだ。
両手首と両足首には結束バンド。
挙句の果てには、上半身を鉄の処女の檻みたいな肋骨に左右から抱きしめられている…。
気を失う直前、何かを見た気がした。
けれど、今となっては、頭に霧がかかったようになって、そのあたりだけ、記憶が飛んでいる。
「誰か、誰か、助けて…」
どうしようもなく心細くなり、ついそんな泣き言を口にのぼせた、その時だった。
ふいに、カーテンの向こうで、ドアがガタガタ鳴る音がした。
「大丈夫か? まだ生きてるなら返事をしろ!」
あ…。
目の前がパッと明るくなる気がした。
あの声は…?
手首と足首に結束バンドで縛られた感覚が蘇り、私は顔をしかめた。
呼吸が苦しい気がして胸いっぱいに息を吸うと、空気に混じって異様な臭気が鼻孔をついた。
生臭さと鉄錆の匂いが混じり合ったようなこれは…?
嫌な予感がした。
たまらなく嫌な予感に、胸がざわついてならなかった。
目を開くのが怖かった。
耳を澄ますが、あたりは静まり返っているようだ。
欲情を隠そうともしないあの髑髏男のハアハア言う喘ぎ声も、耳障りな魚面看護師の忍び笑いも聞こえない。
どうなったのだろう?
手術は、終わったのだろうか?
結局、恐怖に勝ったのは、好奇心だった。
おそるおそる目を開ける。
まぶたの間から見える視界が、縦方向にだんだん広くなっていく。
最初に見えたのは、正面の壁だった。
壁にかかった役立たずの古いカレンダーに、ペンキをぶちまけたように何やら赤い液体が飛び散っている。
その赤い模様はどうやら壁を伝い落ち、床にまで続いているようだ。
視線を下げていくと、壁と床の境目に、あの魚面の看護師が座り込んでいた。
そのさまをひと目見るなり、猛烈な吐き気が込み上げてきた。
魚面女は、死んでいた。
頭部がスイカのように潰れて、壁にめり込んでいたのだ。
割れた額から溢れる灰色の脳漿と赤黒い血液が、恨めしげな老婆の顔をまだらに染めている。
そしてー。
更に視線を動かすと、”鉄の処女”のちょうど足元あたりに、その血まみれの肉塊が落ちていた。
ズタズタの白衣が絡みついていることから、かろうじて乾医師の死体だということがわかった。
死体とすぐにわかったのは、その肉塊がほとんど人間の形をとどめていなかったからだ。
肩や股関節の所で、無造作に引きちぎられた手足。
胸には大きな穴が開き、鳥籠みたいな肋骨が肺や心臓を中に収めたまま、身体の外に引きずり出されている。
顏も悲惨極まりない状態だった。
潰されて赤い血だまりと化したふたつの眼窩。
口は牙ごと左右に引き裂かれて、伸び切って破れたゴムマスクみたいになってしまっている。
「な、なに、これ?」
震えが止まらなかった。
ふたりが何者かに殺されたことは、もう、間違いない。
でも、誰が…?
手術室の窓には、みんな内側からクレセント錠が降りている。
出入口のドアにも、私を招き入れた直後、看護師が閂錠をかけていたのを見た気がする。
だとすると、まさか、この私が…?
あり得なかった。
私はまだ、全裸で鉄の処女に拘束されたままなのだ。
両手首と両足首には結束バンド。
挙句の果てには、上半身を鉄の処女の檻みたいな肋骨に左右から抱きしめられている…。
気を失う直前、何かを見た気がした。
けれど、今となっては、頭に霧がかかったようになって、そのあたりだけ、記憶が飛んでいる。
「誰か、誰か、助けて…」
どうしようもなく心細くなり、ついそんな泣き言を口にのぼせた、その時だった。
ふいに、カーテンの向こうで、ドアがガタガタ鳴る音がした。
「大丈夫か? まだ生きてるなら返事をしろ!」
あ…。
目の前がパッと明るくなる気がした。
あの声は…?
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