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第309話 深夜の産声(後編)

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 それから更に1週間ほど経った深夜のこと。
 取材とかで夫は不在で、家には私ひとりだった。
 梅雨の時期特有の寝苦しい夜で、ようやくうとうとし始めたと思った矢先ー。
 また聴こえたのだ。
 あの赤ん坊の声が。
 うそ…。
 私は押し入れの戸を見つめた。
 あれから、昼間の明るい時間に、押し入れの中は何度も調べ直してみた。
 やはり、何も見つからなかった。
 赤ん坊の死体もなければ、隠し扉みたいなものもない。
 なのに、どうして?
 その思いが強いだけに、今回は恐怖より、好奇心が勝った。
 部屋の明かりをつけ、いざという時のために、パジャマを普段着に着替えて、思い切って押し入れの襖を引き開けた。
 刹那ー。
 私は茫然と立ちすくんだ。
 そこは押し入れの中などではなかった。
 私が今いる場所とそっくりの、もうひとつの寝室が、鏡に映したように、目の前に広がっている。
 そしてー。
 そこに、赤ん坊を抱いた、もう一人の私が居た。
 なぜか、ひどくやつれ、悲しそうな表情をしている。
 私を見ると、そのもうひとりの私が口を開いた。
「逃げて。このままだと、あなたは殺される。この子とともに、あいつの手で」
「…あいつって?」
「あなたが夫だと思ってる、あの男」
「…え?」
「今も家にいないでしょ。それは、浮気相手の所に行ってるから。そのうち、あなたのことが邪魔になる。そしたら…」
「あなたは誰? なんでそんなことを知ってるの?」
 問い詰める私を、憐れみを浮かべた目で”彼女”が見返した。
「わからない? 私は、未来のあなた。正確には、2年後のあなたってことになるかしら」
「2年後の、私?」
「そう…。私は、殺される前に、過去の私に伝えたかった。この子に命を助けるためには、どうしても…。そうしたら、願いがかなったのか、こうして、押し入れを通じて、あなたと…」
「バカバカしい」
 私は鼻で笑った。
「第一、私には子供なんていない」
「気づいてないだけ。あなたはもう、妊娠してる」
「ま、まさか…」
 1週前の営みを思い出した。
 異様に感じた、あの時のことを。
 こんなの、幻覚だ。
 でなければ、悪い夢に違いない。
「もうたくさん!」
 無言で襖を閉めようとした時だった。
 襖が閉まる瞬間、私の視野に、信じがたい光景が飛び込んできた。
 ”もう一人の私”の背後で、寝室の戸が開きー。
 そこに、手にロープを持った、鬼のような形相の夫が、立っていたのである。

 
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