上 下
328 / 431

第304話 離島怪異譚⑯

しおりを挟む
 源蔵老人はだんだんと口数が少なくなり、舟をこぎ出したかと思うと、途中から眠り込んでしまった。
 様子を見に来た晴馬が苦笑しながら老人を連れて行き、また戻ってくると、
「どうだい? 何か役に立ったかい?」
 私の前に胡坐をかいてそう訊いた。
「ええ、とっても興味深いお話でした」
 お世辞ではなく、私は答えた。
「それに、あの学識の深さはすごいですね。『古事記』『日本書紀』から太平洋戦争まで、学者さんみたいでした」
「じっちゃは網元の座を退いてから、その頃、島に来ていたアマチュア郷土史家のおっさんと仲良くなったらしくて、その人について色々勉強したらしい。ヒルコとか捨て神とか俺にはよくわからんけど、まあ、海魔の起源が相当古いってのは確かみたいだな」
「その郷土史家の方は、今も島にいらっしゃるんですか? もしそうなら、一度お話をうかがいたいんですけど」
 私が身を乗り出すと、晴馬は困惑したように目をしばしばさせて、
「それが、死んじまったんだ。今からもう、10年以上前のことだけど」
「死んだ? どうして?」
「この先の、天狗岩から身を投げて。子供の頃聞いた話じゃから、細かいとこはよう覚えとらんけど、自殺ってことになったんじゃなかったかなあ」
「そうなんですか…」
 怪しい。
 海魔に殺されたという可能性は十分ある。
 源蔵老人はこの大きな網元屋敷の中にかくまわれているから安全だが、他の人々はそうではない。
 海魔に目をつけられたら、逃れることは不可能なのではないだろうか。
 あの蛸少女が、執念深く私たちを追ってきたように。
 そこまで考えた時、
「それにしても、遅いな」
 晴馬がぽつりとつぶやいた。
「え?」
 顔を上げると、
「あんたの連れだよ。風呂に行ってから、もう一時間以上経ってる。中でのぼせてなけりゃいいが」
「ここのお風呂、混浴だって言ってましたよね」
「ああ」
「なら、私、見てきます」
「俺も行くよ。こっちだ」
 長い廊下を庭に沿って歩くと、”湯”とだけ大書された暖簾があった。
 なるほど、従業員も入るからなのか、ちょっとした大浴場になっているらしい。
「混浴ちゅうても、うちに居る女は高齢者ばかりじゃがな」
 引き戸を開けて晴馬が笑った。
「野崎君、いるの?」
 スリッパを脱いで、脱衣場に上がった。
 棚に並んだ籠のひとつに、野崎が身に着けていた衣服らしきものが入っている。
「開けるよ」
 浴場との境のすりガラスの戸を引き開けると、もわっと湯けむりが溢れ出してきた。
 白い湯気が薄れていくと、中の様子が見えてきた。
「なんじゃありゃ?」
 晴馬が素っ頓狂な声を上げたのは、その時だ。
「見ろ。湯船の中」
「ひっ」
 それを目にしたとたん、私は小さく悲鳴を上げた。
 プールみたいに広い、瓢箪型の湯船の端っこに、奇怪なものが浮いている。
 ぽかんと口を開け、白目をむいた、野崎の顔…。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

意味がわかると怖い話ファイル01

永遠の2組
ホラー
意味怖を更新します。 意味怖の意味も考えて感想に書いてみてね。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

処理中です...