325 / 419
第301話 古井戸
しおりを挟む
Kと俺は高校時代からの親友で、大学生になって暇ができると、ふたりで廃墟めぐりをするようになった。
とはいっても、動画を撮ってユーチューブにあげるとか、そんなに本格的なものではなく、せいぜいがインスタに写真をアップするくらいのレベルである。
これは、昨年の夏休みの話。
Kが見つけてきたのは、同じ県内にある廃村だった。
村全体が過疎化して、今は住む人もいないという。
さっそく行ってみることにした。
小さな山と山の間にあるその土地は、見るからにさびれており、家々の大半は壊れて傾いていた。
昔は目抜き通りだったと思われる道を上がっていくと、突き当りが廃寺の山門だった。
ここも人気がなく、本堂の中は泥棒でも入ったのか、仏像ひとつ見当たらない始末である。
その本堂の裏に、井戸があった。
「なんか変な匂い、しないか?」
Kが言って、井戸に近づいた。
「やめようぜ。写真もたくさん撮ったし、もう帰ろう」
嫌な予感がして、俺は言った。
ここまで人気のない場所に長時間いると、さすがに精神が病んできそうな気がした。
よく晴れた午後で、頭上にはさわやかな夏空が広がっているのだけれど、なぜだかこのあたり一帯だけ、薄いベールでもかかったように景色が黒ずんでいる。
「中に水がある」
よせばいいのに、井戸を覗き込んでKが言う。
「不思議だな、とっくに涸れ井戸になっててもおかしくないはずなのに」
「よ、よせよ」
僕が思わず叫んだのは、Kがその後、中に石ころを投げ落としたからだった。
ぽちゃん。
遠くで水音がしたかと思ったその瞬間である。
「うわっ!」
Kが悲鳴を上げた。
見ると、井戸の中から赤黒い液体に濡れた腕が伸びて、Kの手首をつかんでいる。
「た、助けて!」
必死の形相で俺に助けを求めるK。
俺は凍りついた。
恐怖で身体が動かない。
それでも、なんとか気力をふり絞って、Kの背中に抱きついた。
もみ合うこと数分。
ふいに引っ張る力が緩んで、俺はKを抱きかかえたまま、後ろにひっくり返った。
「びびった」
Kが泣き笑いの表情で俺を見た。
「助かったよ。ありがとう」
その右手首にははっきり指の痕とわかる青黒い痣ができ、腕は肘のあたりまで赤茶色の液体に濡れている。
血だった。
井戸の底には、なぜか大量の血がたまっていたのだ。
その後、古い郷土史を調べて、俺はその村の秘密を知った。
村には、廃村になる寸前まで、ある忌まわしい風習があったのだという。
間引き、である。
ほとんどが公的扶助の対象である村人たちには生活に余裕がなく、赤ん坊や高齢者たちを殺していたというのだ。
そう。
邪魔者をすべて、あの井戸に放り込むことで…。
あの体験を機に、俺とKは疎遠になった。
Kが原因不明の病気で死んだと聞いたのは、それから1年経った、つい先日のことである。
とはいっても、動画を撮ってユーチューブにあげるとか、そんなに本格的なものではなく、せいぜいがインスタに写真をアップするくらいのレベルである。
これは、昨年の夏休みの話。
Kが見つけてきたのは、同じ県内にある廃村だった。
村全体が過疎化して、今は住む人もいないという。
さっそく行ってみることにした。
小さな山と山の間にあるその土地は、見るからにさびれており、家々の大半は壊れて傾いていた。
昔は目抜き通りだったと思われる道を上がっていくと、突き当りが廃寺の山門だった。
ここも人気がなく、本堂の中は泥棒でも入ったのか、仏像ひとつ見当たらない始末である。
その本堂の裏に、井戸があった。
「なんか変な匂い、しないか?」
Kが言って、井戸に近づいた。
「やめようぜ。写真もたくさん撮ったし、もう帰ろう」
嫌な予感がして、俺は言った。
ここまで人気のない場所に長時間いると、さすがに精神が病んできそうな気がした。
よく晴れた午後で、頭上にはさわやかな夏空が広がっているのだけれど、なぜだかこのあたり一帯だけ、薄いベールでもかかったように景色が黒ずんでいる。
「中に水がある」
よせばいいのに、井戸を覗き込んでKが言う。
「不思議だな、とっくに涸れ井戸になっててもおかしくないはずなのに」
「よ、よせよ」
僕が思わず叫んだのは、Kがその後、中に石ころを投げ落としたからだった。
ぽちゃん。
遠くで水音がしたかと思ったその瞬間である。
「うわっ!」
Kが悲鳴を上げた。
見ると、井戸の中から赤黒い液体に濡れた腕が伸びて、Kの手首をつかんでいる。
「た、助けて!」
必死の形相で俺に助けを求めるK。
俺は凍りついた。
恐怖で身体が動かない。
それでも、なんとか気力をふり絞って、Kの背中に抱きついた。
もみ合うこと数分。
ふいに引っ張る力が緩んで、俺はKを抱きかかえたまま、後ろにひっくり返った。
「びびった」
Kが泣き笑いの表情で俺を見た。
「助かったよ。ありがとう」
その右手首にははっきり指の痕とわかる青黒い痣ができ、腕は肘のあたりまで赤茶色の液体に濡れている。
血だった。
井戸の底には、なぜか大量の血がたまっていたのだ。
その後、古い郷土史を調べて、俺はその村の秘密を知った。
村には、廃村になる寸前まで、ある忌まわしい風習があったのだという。
間引き、である。
ほとんどが公的扶助の対象である村人たちには生活に余裕がなく、赤ん坊や高齢者たちを殺していたというのだ。
そう。
邪魔者をすべて、あの井戸に放り込むことで…。
あの体験を機に、俺とKは疎遠になった。
Kが原因不明の病気で死んだと聞いたのは、それから1年経った、つい先日のことである。
3
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる