超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

第299話 死神のいる街（後編）

　その夜。
　まさかパトカーを使うわけにもいかず、泣く泣く愛車の軽を駆り出した私は、待ち合わせ場所へと向かった。
　そこは信号のない交差点で、過去に数件交通事故が起きているヤバい場所である。
　車を走らせながら、それにしても無謀だ、と思う。
　こんなの上司に知られたら、絶対にクビになるに決まっている。
　ここはもう、零の超常体力に賭けるしかない。
　でも、大丈夫だろうか。
　時間帯からして空に月は見えないが、月齢は三日月を過ぎて新月に近い。
　零とて万全な体調には程遠いのだ。
　前方に問題の交差点が見えてきた。
　歩道に人影はないが、気のせいか、時々、黒っぽいものが視界の隅をよぎる気がする。
「手加減はダメ。ヤラセだとバレるから」
　零の言葉を思い出し、ほとんど減速せずに交差点に突っ込んだ。
　と、右から忽然と現れたオートバイ。
　乗っているのは体にフィットした黒革のライダースーツを着た零だ。
　軽い衝撃があり、あっと思った時にはオートバイが吹っ飛び、回転しながら交差点の真ん中に飛び出していた。
　零！
　さすがに蒼白になった。
　でも、ここで車を止めるわけにはいかない。
　死神をおびき出すためには、あくまでも”ひき逃げ”の形をとらねばならないのだ。
　零の立てた無謀な計画、というのがこれだった。
　零が囮になって、私が車で彼女を轢く。
　そして少し離れた所まで車を走らせ、それから戻って死神を確保するー。
　こんな無茶が可能なのも、およそ人間離れした存在である黒野零が居てこそである。
　交差点から見えないところまで行き、手近なコインパークに車を止めた。
　幸い、愛車にはほとんど傷らしい傷はついていなかった。
　運動神経抜群の零が、ぶつかる寸前にハンドルを切って、自分から倒れていったからに違いない。
　道理で衝撃が軽かったはず。
　あれは零が、ブーツの底で私の愛車を蹴った時のものだったのだ。
　でも、もし、零が怪我をしてたりしたら…。
　心配でたまらなくなり、全速力で駆けた。
　再び例の交差点が見えてくる。
　真ん中にオートバイが倒れ、その横にライダースーツ姿の女性が投げ出されている。
　とー。
　周囲の雑居ビルの蔭や電柱の後ろから、わらわらと黒いものが湧いてきた。
　頭からフードをかぶり、マントで全身を覆った見るからに怪しい影たちー。
　あれが、死神？
　零はぴくりとも動かない。
　まずい。
　脳震盪でも起こしているのだろうか。
　やはり、月齢の低い今の時期に決行するのは、間違いだったのかも…。
　物陰から様子を見守る私の前で、四体の死神が倒れた零を取り囲んだー。

　（解決編に続く）