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第297話 死神のいる街(前編)
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『私の街には死神がいます』
そのメールは、そんなふうに始まっていた。
私は思わず身を乗り出し、画面を見つめた。
続きは、こうだ。
『死神は、真っ黒なフード付きのマントを頭からかぶっていて背が高く、とても不気味です。
よく見かけるのは、信号のない交差点や、車の通りが多いのに、歩道のない危険な道です。
そういう場所では当然交通事故が多いのですが、私にはいつ事故が起こるか、すぐにわかります。
事故が起こる時刻が近くなると、あちこちから死神が集まってきて、そこここに佇むようになるからです。
おそらく彼らは、交通事故を予知することができるのだと思います。
不思議なのは、事故が起きた後です。
ひき逃げ事故の場合、必ずと言っていいほど、被害者の死体がなくなるのです。
この前もそうでした。
死神を見かけたのでついていくと、人気のない道で老人がトラックにはねられたのです。
トラックが止まりもせず走り去ると、物陰から黒い影が一斉に湧き出てきて、倒れている老人に群がりました。
数分経つと、何事もなかったかのように影たちはいずこへともなく消えていきます。
そしてその後には、アスファルトに沁みついたわずかな血痕しか残らないのです。
いったい、何が起こったのでしょうか。
私が見たのが本当なら、この街ではニュースになっていない交通事故がもっとたくさん起きているのかもしれません。それをあの死神たちが、あんなふうに逐一隠ぺいしているのだとしたら…』
「ねえ、零、ちょっと見てくれない? こんなメールが、交通安全課のホームページに届いてたんだけど」
私の言葉に、黒野零が迷惑そうに長い髪をかき上げた。
ドラキュラ並みに低血圧の彼女は、朝はたいてい不機嫌だ。
「はあ? だめでしょ、そういうの。あたしは一般人なんだから」
「HPは公共のものだよ。それに、零はこういうの、強いじゃない」
「そうやってすぐ、人を利用しようとする。杏里の悪い癖だよ。だいたいあんた、今日非番じゃなかったの」
ため息をつき、私が差し出したタブレットの画面に切れ長の目を向けた。
「どう?」
何も言わないのでしびれを切らして訊くと、
「これ、死神なんかじゃないよ」
興味なさげに、ぼそりと言った。
「え? じゃ、何?」
いつものことながら、私は目を丸くする。
零は、”この世のものではない存在”、いわゆる”外道”を探知して、時によってはそれを狩る。
そのことが、数年前マヨイガから降りてくる時に彼女に与えられた使命だから。
ひょんなことからA県警交通安全課勤務の警察官、私こと笹原杏里26歳と同居することになったのだけれども、彼女の異能力は本物である。
「教えない。あたしはもう寝る」
ふらりと立ち上がった。
窓から差し込む陽光に、ほとんど裸に近いエルフのようなにスレンダーな肢体がくっきりと浮かび上がる。
「もう寝るって、今起きたばかりじゃない!」
「そんなの、あたしの案件じゃないから」
「待って。ご褒美なら上げるから。久しぶりに吸いたいでしょ。新鮮な人間の生き血」
「ああ?」
寝室の入口で立ち止まり、振り向いた。
私はブラウスの前ボタンを外し、首筋を露わにすると、零によく見えるよう、身体の向きを変え、続けた。
「貧血起こさない程度なら、吸っていいよ。その代わり」
「わかった」
あっさりと、零が戻ってきた。
「それはちょうどいい。考えてみれば、朝食、まだだったしね」
わずかに微笑んだかに見えるその美しい顔では、色のない唇の端がめくれ上がり、鋭い犬歯が覗いていた。
そのメールは、そんなふうに始まっていた。
私は思わず身を乗り出し、画面を見つめた。
続きは、こうだ。
『死神は、真っ黒なフード付きのマントを頭からかぶっていて背が高く、とても不気味です。
よく見かけるのは、信号のない交差点や、車の通りが多いのに、歩道のない危険な道です。
そういう場所では当然交通事故が多いのですが、私にはいつ事故が起こるか、すぐにわかります。
事故が起こる時刻が近くなると、あちこちから死神が集まってきて、そこここに佇むようになるからです。
おそらく彼らは、交通事故を予知することができるのだと思います。
不思議なのは、事故が起きた後です。
ひき逃げ事故の場合、必ずと言っていいほど、被害者の死体がなくなるのです。
この前もそうでした。
死神を見かけたのでついていくと、人気のない道で老人がトラックにはねられたのです。
トラックが止まりもせず走り去ると、物陰から黒い影が一斉に湧き出てきて、倒れている老人に群がりました。
数分経つと、何事もなかったかのように影たちはいずこへともなく消えていきます。
そしてその後には、アスファルトに沁みついたわずかな血痕しか残らないのです。
いったい、何が起こったのでしょうか。
私が見たのが本当なら、この街ではニュースになっていない交通事故がもっとたくさん起きているのかもしれません。それをあの死神たちが、あんなふうに逐一隠ぺいしているのだとしたら…』
「ねえ、零、ちょっと見てくれない? こんなメールが、交通安全課のホームページに届いてたんだけど」
私の言葉に、黒野零が迷惑そうに長い髪をかき上げた。
ドラキュラ並みに低血圧の彼女は、朝はたいてい不機嫌だ。
「はあ? だめでしょ、そういうの。あたしは一般人なんだから」
「HPは公共のものだよ。それに、零はこういうの、強いじゃない」
「そうやってすぐ、人を利用しようとする。杏里の悪い癖だよ。だいたいあんた、今日非番じゃなかったの」
ため息をつき、私が差し出したタブレットの画面に切れ長の目を向けた。
「どう?」
何も言わないのでしびれを切らして訊くと、
「これ、死神なんかじゃないよ」
興味なさげに、ぼそりと言った。
「え? じゃ、何?」
いつものことながら、私は目を丸くする。
零は、”この世のものではない存在”、いわゆる”外道”を探知して、時によってはそれを狩る。
そのことが、数年前マヨイガから降りてくる時に彼女に与えられた使命だから。
ひょんなことからA県警交通安全課勤務の警察官、私こと笹原杏里26歳と同居することになったのだけれども、彼女の異能力は本物である。
「教えない。あたしはもう寝る」
ふらりと立ち上がった。
窓から差し込む陽光に、ほとんど裸に近いエルフのようなにスレンダーな肢体がくっきりと浮かび上がる。
「もう寝るって、今起きたばかりじゃない!」
「そんなの、あたしの案件じゃないから」
「待って。ご褒美なら上げるから。久しぶりに吸いたいでしょ。新鮮な人間の生き血」
「ああ?」
寝室の入口で立ち止まり、振り向いた。
私はブラウスの前ボタンを外し、首筋を露わにすると、零によく見えるよう、身体の向きを変え、続けた。
「貧血起こさない程度なら、吸っていいよ。その代わり」
「わかった」
あっさりと、零が戻ってきた。
「それはちょうどいい。考えてみれば、朝食、まだだったしね」
わずかに微笑んだかに見えるその美しい顔では、色のない唇の端がめくれ上がり、鋭い犬歯が覗いていた。
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