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第271話 闇に這うもの(中編)
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ネバネバを踏まないように2階に上がった。
廊下のガラスはかろうじてみんな残っているが、どれも蜘蛛の巣が張っていて外は見えない。
それでもかなり日が傾いているのがわかり、窓に映る建物を囲む森の木々の影が悪魔の節くれだった不気味な指先のようだ。
2階は入院患者用の病室になっていたようで、ドアの外れた部屋の中には埃だらけのベッドがあった。
所々腐って踏むとみしみし軋む床に注意を払いながら、長い廊下を歩いた。
壁にはずいぶん古いポスターやお知らせの類いが貼られているけど、大半が色褪せて何が書いてあるか読むことはできない。
気味が悪いのは湿度の高い地域性なのか、壁も床も天井も湿気のせいでヌルヌルし、あちこちに青や黒のカビが生えていることだった。
「おいおい、あれ、何だと思う?」
突き当り近くまで進んだところで、突然斉木が立ち止まって前方を指差した。
「え? 何?」
自撮り棒を掲げた石井がすかさず前に出る。
「人形?」
ふたりの間から身を乗り出して、山形さんがつぶやいた。
「きゃああ」
抱き合って悲鳴を上げるふたりの1年生。
無理もない。
僕も危うく叫び出すところだったのだ。
廊下の突き当りは、小窓のある壁なのだが、その前に椅子が置かれていて、誰かが座っている。
日が翳って薄暗いのでよくわからないが、華奢で小柄な体躯からしてどうやら女性のようだ。
「さあ、いよいよ怪異のおでましかあ?」
斉木が嬉々とした口調で言い、懐中電灯の光を”それ”に向けた瞬間ー。
ぞわっと背筋の産毛が一斉に総毛立つのがわかった。
人の形をしたものの表面で、夥しい数の”何か”がもぞもぞ蠢いている。
ぬらぬらと光沢を放つ、大人の小指ほどの大きさの生き物・・・。
蛞蝓だ。
椅子に座った人間の身体に、表面が見えないほど大量のナメクジが取り付いているのだ。
「や、やっべーっ!」
奇声を発して、斉木が飛びのいた。
「こ、これ、死体じゃないですか?」
とんでもないことを口にしながら、石井はそれでも撮影をやめようとしない。
「階段のネバネバの正体、これだったのかしら? ちょっと見せて」
山形さんが二人を押しのけ、進み出た。
「確かに、このナメクジたち、死体を食べてるように見えるわね」
「け、警察」
歯の根の合わないまま、僕は言った。
「ガチでヤバいって。警察に通報して、もう帰ろうよ」
「ぶっちゃけ、俺もそう思うけどさ。でも、せっかくの大スクープだ。もうちょっと調べようぜ」
いつものあっけらかんとした調子で、そう斉木が続けた時だった。
「あっ!」
だしぬけに山形さんが叫び、僕らの視界から消失した。
「ええっ? ちょ、ちょい、ま、真理ちゃん? どうした?」
素っ頓狂な声を上げる斉木に、石井が自撮り棒の先に付けたスマホで床を指し示した。
「あ、穴。そこ、穴が開いちゃってますよ」
廊下のガラスはかろうじてみんな残っているが、どれも蜘蛛の巣が張っていて外は見えない。
それでもかなり日が傾いているのがわかり、窓に映る建物を囲む森の木々の影が悪魔の節くれだった不気味な指先のようだ。
2階は入院患者用の病室になっていたようで、ドアの外れた部屋の中には埃だらけのベッドがあった。
所々腐って踏むとみしみし軋む床に注意を払いながら、長い廊下を歩いた。
壁にはずいぶん古いポスターやお知らせの類いが貼られているけど、大半が色褪せて何が書いてあるか読むことはできない。
気味が悪いのは湿度の高い地域性なのか、壁も床も天井も湿気のせいでヌルヌルし、あちこちに青や黒のカビが生えていることだった。
「おいおい、あれ、何だと思う?」
突き当り近くまで進んだところで、突然斉木が立ち止まって前方を指差した。
「え? 何?」
自撮り棒を掲げた石井がすかさず前に出る。
「人形?」
ふたりの間から身を乗り出して、山形さんがつぶやいた。
「きゃああ」
抱き合って悲鳴を上げるふたりの1年生。
無理もない。
僕も危うく叫び出すところだったのだ。
廊下の突き当りは、小窓のある壁なのだが、その前に椅子が置かれていて、誰かが座っている。
日が翳って薄暗いのでよくわからないが、華奢で小柄な体躯からしてどうやら女性のようだ。
「さあ、いよいよ怪異のおでましかあ?」
斉木が嬉々とした口調で言い、懐中電灯の光を”それ”に向けた瞬間ー。
ぞわっと背筋の産毛が一斉に総毛立つのがわかった。
人の形をしたものの表面で、夥しい数の”何か”がもぞもぞ蠢いている。
ぬらぬらと光沢を放つ、大人の小指ほどの大きさの生き物・・・。
蛞蝓だ。
椅子に座った人間の身体に、表面が見えないほど大量のナメクジが取り付いているのだ。
「や、やっべーっ!」
奇声を発して、斉木が飛びのいた。
「こ、これ、死体じゃないですか?」
とんでもないことを口にしながら、石井はそれでも撮影をやめようとしない。
「階段のネバネバの正体、これだったのかしら? ちょっと見せて」
山形さんが二人を押しのけ、進み出た。
「確かに、このナメクジたち、死体を食べてるように見えるわね」
「け、警察」
歯の根の合わないまま、僕は言った。
「ガチでヤバいって。警察に通報して、もう帰ろうよ」
「ぶっちゃけ、俺もそう思うけどさ。でも、せっかくの大スクープだ。もうちょっと調べようぜ」
いつものあっけらかんとした調子で、そう斉木が続けた時だった。
「あっ!」
だしぬけに山形さんが叫び、僕らの視界から消失した。
「ええっ? ちょ、ちょい、ま、真理ちゃん? どうした?」
素っ頓狂な声を上げる斉木に、石井が自撮り棒の先に付けたスマホで床を指し示した。
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